第9話
屋敷に精鋭の家臣らと護衛以外、使役女たちしかいない意味が分かった。志願者が多い、金持ち貴族の勤めでも、誰も残ってないのも分かった。
(バケモノだ。バケモノもバケモノ)
バケモノという決定的な瞬間を見た久子は、理解した。あれはさすがに大勢が逃げ出す。
(女子供、弱者には、居続けるのは難所だ。これから、どんどん見るだろう。すると大抵の人は、首元、締まって来る。バケモノ感がしんどくなって来る。そうなると、近くの荘園やまっとうな家へ行く。大勢の奉公人が同じ道を取ったのは、無理のないことだ)
でもまだ、久子はここから出たいとは思わない。
(一式揃って売る話は、これでおじゃんになった)
翌朝。
朝餉の用意。昼餉の用意、夜のお酒の用意など、毎日忙しく働く女たちに混じって、久子も元気に働いていた。
「お前、ちょっと来なさい」
ぞうきん掛けで簀子縁を拭いていた時、若様に呼ばれた。
ついていくと、若様が上座に座り、久子は対面に座らされる。
「お前、銅製の器、売ったか?」
「はい。資金が欲しくて」
大人しく地味な若様が脇息にもたれて座っていた。目元は涼しく、少々怪しいが、優雅な佇まいだ。
「あの・・あれは、売ってはいけないものでしたか?何か問題を起こしたでしょうか?」
「いや、いい。だが、あれは、妖が作ったものだ」
真顔で真剣な若様は、大人しい地味な優しいだけの男性ではない。時に一瞬で表と裏が翻す。鋭い眼光、非情な冷たさを放ち、傲岸不遜。まるで別人だ。
「え・・・?」
「だが、お前の鑑定眼は確かだ。あれは逸品。貴族の屋敷に飾られて、ちょうどいいものだ。さすが目利きだな」
「いえあの、磨いたわけではなく、生活費を稼ぐために働いていたら、自然と身についたのです」
「だが、ここはバケモノが出る一帯」
「はい」
「私のバケモノを退治したのを見ただろう?なら、もう分かっているだろう。ここは普通のところではない」
若様の目がぎらりと光る。絵巻の巻子を見ていた時の若様ではない。獰猛さを発し、目つきはぎらぎらと野蛮なまでに高まり、ひやりとする残忍さがある。
「私は鬼を封魔された身」
びくり、と久子は反応した。
「大きな戦いもある。何年も、何十年も前からな。洛外のこの地でも、晴明は怨霊を退治する。それで、安倍晴明が怨霊退治をした後、その怨霊はどうなると思う?」
「どうなる・・・・とは、その、地獄へ行く、のでないですか?」
「怨霊が地獄などへ行けばいいが、そうすぐ地獄や天国へ成仏できるものでもない。阿修羅丸はああして、復活し、復讐に走ってるし、数々の怨霊も、この世で有名になるほど出て来ている。怨霊はとにかくしぶとい。晴明も次から次へと、魔物相手に戦っている。そのため、いったん放り込む場所がある。それがここだ。洛外で、方替えの宮があるとは知ってるな?城南宮だ。都の邪気を反転させ、邪気を払う。ここでは、妖魔も変転する。それで、大人しくなったり、地上で暮らせる農民になる」
「城南宮で、都の邪気を反転させる・・・?」
「そう。怨霊なども能力を失って、無害化する。ここはそういうところ。だから、怨霊も人間となって暮らしたり、妖魔らが安穏と過ごしたりしている。怨霊や妖魔らは、また妖魔大戦などで、晴明らに召喚される。そういう安倍晴明が捕まえたり使ったりした怨霊や式神、召喚術で動かした魔獣や聖獣、妖怪などが、放り込まれる場所だ」
久子はぽかんとした。
「それで、怨霊などはどうなるのですか?」
「それでどうなるか?ここでしばらくいたら、晴明に呼ばれるか、そのうち成仏なり、昇華されて消える。中でも悪さが消えない怨霊や魔物もいるが、それが悪さをし始めたら、私の出番。私が出て行って、そいつらを食うのだ」
「食う・・・?」
最初の日見たのは、やはり、あれは若様だったのか。
「ここはそういうところ。
安倍晴明、賀茂忠行保憲親子によって、結界が張られ、魔が出ていかぬようにされている。
もともとここは、宮城の方替えの地。城南宮もあり、方向神が置かれ、都の悪い気運を止め、変え、封鎖する地としてある。
晴明らはそれを使い、都の魔を退治し、封じ込め、浄化させる。
その一役を、私も買っているというわけだ。まあ、そもそも、私こそが、封じられた鬼だ」
「若様も?」
「私の体のためとして、ここが用意されたが、私も鬼として、晴明に封印されているのに変わりはないだろう」
何事のないように返事しているけど、何事ないわけがない。若様は善良な方。鬼だけど、悪鬼ではない。若様が鬼を身に入れたのは、帝のためで、国のためだ。
それらもだが、すぐに久子は頭が回らなかった。何もかも、驚き過ぎて。
「と言って、拘束はされておらず、出入りや行き来は自由。ただ、体調悪化のために、私もここが必要なのだ」
確かに、鬼が暴走せぬようにするのは、若様のためであるだろう。
(なるほど)
「ここはそんな怨霊ばかりなのですか?村人は、人では?」
「とにかく、あいつの捕まえたものや使ったものが、ここに入れ込まれる。種類はなにせ、怨霊退治の後始末後のことだから、妖魔のそれぞれ・・・怨霊すなわち人。時には神も」
「神?神まで?」
「あいつも魔との戦いに忙しくて、どれほどのものを入れ込んでいるか、把握してない。私もどれほどいるのか、分からぬ。あいつがあとで使おうと思ってか、考えなしに、次々入れるし」
「え・・・あの、農村の人ら、皆、妖怪?」
「全員ではないが、混じっている。が。私も見た目からではなかなか分からぬ」
「安倍晴明と若様は、仲が悪かったのではないですか?」
「悪いが、そこは仕事は割り切って手を組むのだ。この仕組みを作ったのは晴明。私も鬼の力を封印せねばならぬから、仕方がない」
都でも有名な陰陽師の賀茂忠行の弟子は、世を救う戦いに出る陰陽師で、都などで怨霊が出ているのを、晴明らが退治している。今の世は、怨霊との戦いの時代でもある。各地から集う怨霊との戦いのため、陰陽師らは忙しい。都で騒ぎがあるのは、悪鬼や怨霊の類が出ているからだ。晴明や若様は、それを治めている。いろいろな方法で・・・
(つまりは、ここは安倍晴明が強い魔物を封じ込めて置く場でもある。また取り込んだ者を入れて置いて、また取り出す。召喚用の用地でもある。若様も中に入っている)
そう言えば、洛外の城南宮は、都の悪い気運を変える存在だ。誰もが知る、洛外の宮。方替えの宮だ。平安京が建設する時に立てられた、都を守る方替えの宮だ。
都の悪い気運を祓う。方替えで、曲げて返したり、追い払ったりする。都を守る番人の宮だ。
水気の多い、泉が湧き出る場で、じっとりしていて、鬱蒼とした森が広がり、と思った、最初も。この世ならざるところと思った。
(それが、まさか、こんなところで、このようにあるとは思わなかった)
「あの世ともつながり、あの世の者も暮らす隠れ世。小さいものなら無数。集まれば百鬼夜行となる。
次第に、浄化、昇天するのは、城南宮のように、ここが聖域となっており、次第に消えて行く。だが、間違いが起こった時には、私が出ていく、そういう感じだ」
そういう仕組みがあるなんて・・・思ってなかった。
想像以上のところだった。いや、また想像したものは、一切ない。
「だったら、売っては駄目だったものですか?」
「いやいい。うちも売れば資金が手に入る。まあ、村のものを売るのは、構わないよ。品は品だからね」
「高明殿もそう言っておられる」
そばに高明がいたのに、気づかなかった。
「あ・・・高明様も来ていらっしゃったんですか」
「今日はちょっとしたことがあって、都の警備のことで、相談に来てる」
高明は右衛門督という、都の警備を司る仕事。帥輔はさらに上の右大将、警備の長官だ。
若様は兵衛府監。中の良い兄弟で、二人して朝廷で権勢を保つ。そして、今は警護の役を得ており、都の警備を受け持つ。
二人は異母兄弟で、連携して都の警備を守ってる。帝のご兄弟だもの。帝のために力を合わせて、守っているのだ。
「しかし、妖の作ったもの、そんなものを都で売っても大丈夫ですか?」
「まあ、物はしょせんは物。確かに、物につく付喪神というものもあるが、それはモノに対してどこかから憑き物がついて来るというもの。作った物は所詮は、物。物体に過ぎない。物は物。それ以上でも、それ以下でもない。私も村の生産物で収益を得る。さすがにお前のような掘り出し物は見つけられなかったが、この世に出る、優れた逸品とは、はそういうものでないか?」
「そういうもの・・・」
久子の合点いってないのを、涼影はくすりと笑う。
「歴史に残る逸品はそんなところ、でないか。
その逸品は、とある貴族邸にあって、貴族の間では評判だそうな。
けれど、逸品といっても、出所は知れない。作った者は誰も知らない。名前を聞いて、世に一つだけしかないものとして、評判になる。あとは忘れ去られる」
「世の中に残る逸品。その影には、妖がいる。かもしれない、ね」
「そういうことだ」
高明と涼影が仲良さそうに笑い合うのを見て、久子は合点がいった。
「なーるほど、そうですね。世に出る逸品には実は背後に妖が隠れていた、なんて。ご主人様はそれを売って大儲け。都でも政治でも力を持つ。そういうわけですか」
久子は明るいのりで言ったが、涼影は笑っていない。
(えと・・・)
確かに若様は笑い話をしたわけではない。しかし、何と言えば良かったのだ?
「売ったものが悪いものでないのなら、良かった。私も儲けにかかって、怪しい物品売りになるのは、自分が許せませんから」
ご主人様は頑固で、昔気質な面がある。過去に阿修羅丸の悲劇がある。怒ったら、激しく性的な嫌がらせもする時もある。久子を拾ってくれて、優しく見守ってくれるけど、すごく複雑だ。
「鬼とか、怨霊とか、私の説明を聞いて、お前。もっと言うことがあるのでないか?」
「それなら、私、関わりがないようにします。怨霊とか、バケモノとか、被害に遭わないよう、気を付けて、商売します」
「商売?気をつけて・・・?まだ、商売と言う気か」
涼影は扇を閉じ、脇息に持たれる。初めて不満そうにする。
「まあ、そういうものもいるでしょう」
「そいうものもいる?女子ならあれだろう、キャーとか若様助けて、とか、怨霊怖いとか。抱きつく。そういうだろう」
「はあ、私は全然怨霊とか霊とか、信じてなかったですが。まあ、私は下々の者ですから、関わりがないようにします」
「関わりがないようにします?関わり無しでおられるものか。銅の職人を食った私を見ただろう?出て行くなら今のうちだぞ」
「出て行きません」
「やはり、出て行かぬのか。さすが、見上げた太い根性だ」
「若様、まさか、私を追い出そうとしています?」
「まさか」
涼影は不敵に笑う。
(これは、ご主人様の役に立たないと、追い出されるかもしれないわ。それにはもっと儲けねば)
涼影は目は笑っておらず、見返す久子も笑ってない。
二人を見て、高明は面白がってふふふと笑った。
「えーとお二人とも、もうそろそろ本題に戻りたいのだが、良いかい?」
涼影はふんと目を反らし、気まずそうにしながらも、高明の話に耳を傾けた。




