第8話
(さーて、ほかまで揃わねば、銅製の器が売れなくなった)
あの器なら、逸品だ。他でも売れる。でも、買い手がいるのに、他に売ることは駄目だ。望みを叶えることも商売人の仕事でもある。
(前と同じ暮らしだ)
久子にしたら、おやつは出るわ、食事は出るわ、姉貴たちはおしゃべりだわ、
まるで義母親子と暮らした暮らしに戻って、その良いところを取ったみたいだ。バケモノ屋敷、借金と状況は悪くなる一方だが、精神は解放されていた。
久子も屋敷の掃除や家事の間に、何とか時間をやりくりして、市場へ行った。久子も義母親子に鍛えられ、時間を捻出するのに長けている。市場や田んぼを行き来しながら、さまざまな商売をこなした。だから、涼影の屋敷でも、掃除洗濯の家事を、一気に仕上げた。そして時間を作って、商売に走った。
だから、姉貴たちも久子に文句を言わなかった。少々、若様の睨みも効いたかもしれない。
久子は再び、農村の入口の市場にいる香炉を買ったおじさんの元へ行った。
「ふうん。あの香炉が高く売れるのなら嬉しいけどね。他もいるというのなら、要商談だ。作る必要もあるかもしれない。そうなれば、品もどれにするか。材料も昨今のところ、高くなってるしね。まあ、一度、オレの村に来て、製品を見てもらわねばならないだろう」
「あなたの村・・・・?」
「どうした?来ないのか?」
(売るためには行かねば)
農村は各地にいろいろある。男のいる村も、こちらにあるのか・・?
男は歩き出す。村から離れる道だ。何か不安を憶えて、久子は立ち止まった。
「どうする?来るのか。来ないのか?」
「行くわ」
男が歩いていく先に、どれほどの田や川や山があるのだろう?久子も把握しきれてない。郊外の森林地帯だ。周りは山々に囲まれて、山間に小さな村がたくさんあった。
だいぶ、歩いて、森に囲まれた小さな村に入った。家が数件で、ぽつぽつと建っているだけの、小さな集落だ。人の気配すらなく、人がいないかもしれない。犬が走って行ったが、野良犬のようにも見えた。
「こっちにいろいろ置いてあるんだが」
確かに、鋼色の器などが見えた。無造作に積み重ねてある。鍛冶屋は火を使う。だから、こういう人里離れたところにある。そう納得して、久子は進もうとした。
「どうした?いろいろ見るのでなかったか?良い品があるぜ?こっちに」
だが、男の目つきが嫌な感じがして、久子は思いとどまった。いくらこの先にきらびやかに光る銅製の器がある。かなりある。全部売れたら、かなりの儲けになる。といって、行きたくない。
「こっちに来なよ?器を見に来たんだろ?」
久子は帰りかけた。
だが、むんずと手を掴まれて、男に引き寄せられそうになった。
「あ・・・あの、私。用を思い出して、急ぎ帰らないと」
「帰る?そんなこと言わず、せっかく来たんだから、銅製の器で、鉄板焼きでもして、美味しく食べようぜ。山が近いだろ?肉があるんだ」
「あの、私・・・・」
「銅製の器を買いに来たんだろ?ならオレとしばらく付き合ってもらわねえとな。食事をして、美味しいものを食って、話し合おう。ついでに、あんたもじっくりと味わいたいねえ」
「な、私、離して」
久子は男の手を振り払った。
「なんでだい。美味しいものを食べるだけだよ。ね?」
男は再び、久子の手を掴む。
「あんたもそのつもりで来たんだろ?」
「い、いえ、そんなつもりは」
「いやよいやよも、好きのうち。燃えるねえ」
「食べる?なら、美味しく私が食ってやろう。楽しい楽しい、夕餉を」
そこへ、むんずと力強い腕が銅製職人の体を引き離し、久子と男を分けた。
広い背中で、背の高い男が現れた。と思ったら、若様だった。すでに鬼、となっていた。
「いやあああ、若様ああああ。お、オレはただ、ちょっと女の子と食事をと、ちょっと思っただけなんだあ。なのに、なぜ」
「なぜ、だと?」
肩や腕の肉が盛り上がり、体は普段の倍になり、手からは鋭い爪が伸び、口からは牙が生えている。目はつり上がり、紅い舌がチロチロと男の頬を舐める。
「ほう?なぜと聞くのか?お前」
「お、オレ、何もしてねえ。ただ商談に来た女の子と、ちょっと話をしただけだ。オレだって独身なんだ。レンアイしたいだけだ。そこらの悪さする悪霊とは違う。そこらで男女のレンアイは行われてる。民間人と同じで、悪いことじゃない。オレは何も悪いことはしてねえよ?」
「ほう、レンアイ?レンアイで食事とな?若い娘と、それは悪くない。だが、若い娘にお前ごときがレンアイで食事?そんなの、私が気に入らぬ。よって、私がお前を食う」
そう言って、若様は銅の職人の腕を引きちぎり、ぼりぼりと食べた。
「うわああ、ど、どうして、若様、悪さもしてねえよ。ただ働いて、女の子とちょっと食事をしようとしただけだろ。オレは悪くはないのに、なぜだ?」
「確かに、悪くない。女のことも、食事も悪くない。だが、女の子と話をしたい。お前が?そこが、私が気に入らぬ。それゆえに食う。それだけだ」
「わ、若様、そんな、それって、なぜ?お、オレは何か気に障ることを言った?かああああ、う、うわああああああ」
そのまま、若様は銅の職人を頭から食べてしまった。食べるのは一瞬だ。小柄で口に入りきらない男でも、若様は一気にぺろりと平らげた。
「お前もふらふらと、男について行って、男が欲しいのか?小鳥ちゃん」
「い、いや、若様、いえ、違うんです、あ、ちょっと、や、やめて、若様」
若様が久子の体を抱き寄せ、肩を抱いたり、腰を引き寄せたりされ、久子は抗う。軽い抱きつきだったので、久子は若様の体を押しのけ、脱出した。
血に染まった口で、若様は久子を振り返って、にたりと笑う。
(う、うわあ)
さすがの久子も、血の気が引き、卒倒しそうになった。




