第7話
(一式揃えなければ)
「帝、ちょっと帝はどこです?」
また、高貴な方が来ているらしい。バタバタと騒がしい足音が聞こえて来た。
車宿には、見たことがないほど質の良い牛車が泊まっている。
周りにも背後からも、ぞろぞろと大勢の従者、おつきの家来の数、警護の数、大勢の女官らしき女たちがついて来る。
(あら、ここは、どうも、さらにまた、高貴な方も来るようで・・・)
「わあ、母上が来た。ちょっとかくまってくれ」
あの隠しきれない豪華な車。おつきの数。それから、帝。母上が来たということは・・・この人が帝?
(帝と聞こえたけど、まさか)
見ると、確かに帝だと思われる白の着物を着た男性が、簀子縁の下に隠れていた。材質から柄から見たこともないほど高級な着物を着て、内から発する高貴な輝きがにじみ出ている。
透明度の高い綺麗な肌艶をしていて、まだ二十代の青年だが、漂う気品が貫録がある。簀子縁から建物を見上げ、柱をもつ手までが雅さがある。どこにも見たことがないほど、品の良さで、周りの空気や大地が光で輝かせているようだ。
「帝・・・帝はどこです?」
他にも、複数の男たちが探している。
「ふーむ、お前は・・・なかなか」
はっと気づくと、背後に男が来ていた。黒服で威圧感がある中年の男だ。
「七は、衆生の迷いの道、六道の世界を抜けることを意味する。7日ごとに行われる供養、49日もある。
また、七つの宝は、7つの幸福を招くというもある。七宝と言う言葉もある。
7つの宝は、瑠璃、玻璃、金、銀などと七色がある。
七つの玉があるのなら、七つの縁をつなぎ、困難から幸福へつながって行く道を歩むかもしれぬな」
「え・・・」
久子は知っている。この人は都でも有名な人だ。賀茂忠行。陰陽寮の頭を受け持ち、陰陽師の頂点に立つ男だ。内裏で趨勢を占ったり、行事の気運を測ったり、天候や未来を予測し、朝廷の政策を動かしたりしている。息子も有名。あとで知ったけど、その弟子の安倍晴明も有名。今の時代、怨霊のせいで、陰陽師の力は強まり、陰陽頭は強い権限を持った。大きな賀茂一派があり、信頼や役職は将軍並みとなっている。
(これは父が地方官をしている時に、村からもらったもの、と聞いている)
大和の国の山奥の村で税の計算で勤めている時に、村人が父に与えたと言う。
「いましたか?」
「いや、こちらにはいない」
(あーびっくりした)
その人は、帝を探しに行ってしまった。
(あの背後にいたのは、晴明?)
ちらりと、姿を見た気がする。
「あー、行ったか」
入れ替わりに、出て来たのは帝だ。
「い・・・み、みか・・・」
「ああ、気を使わなくていい。僕は涼影殿の弟なんだ」
「で、でも、み・・・帝?」
「しっ、母上が来るから。見つかったら、やばいから、静かにしていてくれる?」
久子は帝に言われるまま、こくこくとうなづき、庭掃除をしている続きで、箒を動かし続けた。
「た、太后様、お待ちになって」
「何をここは、源涼影の屋敷、かってしったる間柄、我が帝の兄の屋敷じゃ、勝手に歩き回って何が悪い、これ帝、帝はどこじゃ」
「ええい、源家は何と言うずさんな。誰も出て来ず、待遇もせぬのか」
どたばたと足音がして、すぐに去った。
広い屋敷だし、いったん遠のいたら、誰もいなくなった。
「あー、良かった、見つかったら、またどやされるところだった」
帝は簀子縁の下から出て来て、すっきりした笑顔で、庭で背伸びをした。
「あー母上には参るよ。我が藤原氏の栄華は帝にかかっている。万民のためにはふさわしい帝になりなさい。あれをしなさい、これをしなさい。あーだこーだ。怨霊がー祈祷がーだの、次には、これをしたら駄目、あれをしたら駄目」
帝というからもっと年寄りかと思っていたけど、幼さも無邪気さも残る。話すととても、楽し気に笑う。
「お前も気を使わなくていい」
「は、はい」
帝というのは気を使わない済む相手ではないが、父が仕えた人がこの若い帝であったことで、大切だった人がどんな人だったのか、興味を持った。
「私は病弱で、3才まで几帳の中に母に閉じ込められて過ごしてね。怨霊騒ぎのせいで、兄にも負担をさせてしまった。兄は私が国政を執るのが優先だと、気にすることはないと言ってくれる。でも、本来なら、兄上が後を継ぐ予定だった」
(三才まで怨霊・・・?)
確かにそれは、大変な幼少期だ。
「私の父の時代から、怨霊が蔓延していた。父の父、つまり私の祖父も大事に思っていた政府高官を左遷し、数々の高官も不幸な死に方をした。
それに、台風、洪水、飢饉、暴風、清涼殿落雷事件。清涼殿が燃えた。
それから、純友の乱、将門の乱、富士山の噴火、暴風、飢饉、疫病。世の中の乱れか、都や朝廷を恨む者たちも後を絶たず・・・
私も本当は継ぐ予定ではなかった。だが、私の兄、皇太子だった保明親王も若死に、その皇太子も5歳で夭折、それを見た父上も、すぐ死んでしまった。祖父である宇多上皇も。母は30台半ばでで、私や弟を、もう一度、皇太子にと、意地で生んだ。私は8歳で立太子し、父が死んで、すぐ即位した」
だから、若い、のだ。皇太后が白髪の多い人かと思っていたら、老いていたのだ。
少々皇太后が破天荒な人というのは噂で聞いていたけど、家で帝のことなど口にすることもなかった。政治のことを口に出すのも畏れ多い。
「内裏は息が詰まるから、ときどき、涼影のところにお忍びで来てるんだ。近いしね。涼影兄は、私のために身に受けて、体が悪くなってしまった。母は嫌ってるけど、私にとっては子供の頃から優しい、尊敬できる兄なんだ。ここは洛外で、良いところだし、景色も良いし、兄がいるから、私も遊びに来れる」
「へー、帝も苦労をしてるんですね」
「まあ、苦労なんて言っても、民の苦労にはかなわないけど、でも、そんな兄を、母は皇位を狙っていると悪く言うんだ。母は私に仕えるのが当然だと。一族に生まれた者は、私に仕える運命だからと。兄上を毛嫌いしている。だから、ますます、私も申し訳なくてね・・・う、ごほごほ」
「大丈夫ですか」
「うん・・だ、だい」
言いながら、ムセる。病弱と言うのは本当のようだ。久子は背中をさする。
「母がいくら悪く言っても、お前は兄を信じてくれよ。兄は悪いことができる人ではないんだ。母がもし、ひどいことを言ったりしても、お前だけは、兄を信じていてくれ」
「は、はい」
「お前はここの下僕だろ?下僕というのは、主人を必死で守るものだ。お前まで信頼を失ってしまっては、兄も自信を無くすと思うんだ」
「帝、ここにおられましたか」
先ほどの賀茂忠行とお付きの者たちがきた。
やっぱりこの人、帝だ。
「お前、帝に気安く」
「いいんだ。してない。ただ、話をしていただけ」
「この者、封鎖の邪魔をするかもしれませぬ、退治しておきますか?」
背後から、若いが、生意気な男が出て来た。と思ったら、先ほど、晴明と呼ばれた男だ。前に少々戦場で見た。だが、実際会うのは初めてだ。
(若様が猛烈に嫌っていて、若様の親友を死に追いやった、鼻持ちならない、あの下級官吏の、晴明?)
戦場で見たのは遠くからだったから、分からなかったけど、以外と細身。まだ若い。前は将軍並みに働く戦士みたいで年上に見えたけど、久子に年齢も近そうだ。
「いい、いい。たまに来た時ぐらい、私の好きにさせてくれ」
帝はゴホゴホ言いながらも、晴明を制してくれて、晴明は背後に引下がった。
「もちろん。私は誰よりも、涼影様のことを信じているのです」
「そうか、それなら良かった」
久子が助けて、朱雀天皇はようやく歩く。
「まあ、そういうことだから、何かあったら、私に聞いて。私の身代わりではない。私の兄上だから、私には大事なんだ。いつでも力になる。それだけ言いたくて、君に」
「は、はい。ありがとうございます」
帝にお言葉をかけてもらった久子は、焦って、もう自分でも何を言っているのか分からなかった。
帝はまだ若い無邪気な少年みたいな人で、年も離れておらず、話しやすかった。
「じゃあ、もうそろそろ行くよ」
(そうかあ、帝は母上と仲が悪いのか。そりゃ、御簾の中に閉じ込められて育てられたら、嫌よねえ)
「帝、帝はどこです?」
まだ探している。
(ああいう母上をもつと、大変よ。過保護というやつか。そりゃ、母の愛に勝るものはないけど、心配性も行き過ぎは毒だわ)
母も子を思ってだろう。悪いことをしようとしたわけではない。でも、結果として迷惑になることもあるのだ。
朱雀天皇も言っていたけど、怨霊続きで、道真公を追放した家臣らが不幸な死を遂げた。
政変の中心だった時平も若死し、若い二人の兄弟が内裏勤めに出ていて、今の忠平が藤原長者を継いだ。皇太后はその時平、忠平の妹だ。
(怨霊の世なら、そうなる)
知らなかった。怨霊が内裏の中まで及ぶ。己もかなりの体験をしたと思っていたが、まだまだ久子の知らないことが多い。




