第6話
「はあ・・・・」
(銅製の器は売れなかった)
銅製の製品は高貴なもので、貴族の屋敷で使われるものだ。農村の周りの家では贅沢な品で、買い手がつかなかった。走り回って、東野の知り合いのツテも頼ってみたが、うまくいかなかった。
「あら、生きていたの、姉上」
農村に入ったところで、久子は義妹の渋子とばったり会った。
「ふうん。奴隷になったのに、元気そうじゃない。生きているとはね」
背後から男たちが出て来る。
どうやら、待ち構えていたらしい。
「どこで何をしているの?奴隷のくせに、勝手に好き勝手に生きられないわよ。ほら、見て、ここに身売り証文、あるの」
「え・・・奴隷商人に売った時、渡したでしょ。それから消えたはず」
「売り切れなかったから、また戻って来たの。だから、あんた、抜け奴隷しているのよ。罪人として役所に突き出してもいいけど、可哀想だから、来てやったの。奴隷としてまた売ってあげる。ほら、あんた、この子。買って」
目の前で奴隷商人の男に証文が渡された。
「お代はいらないわ。どこか遠くへ、出来るだけ遠くへお願い。本人は夢見がちで貴族の娘とか思っていて、いつも難しい漢語とか、異国のことを言うけど、人を騙すためよ。もともとうちで面倒見てたから、可哀想だから、せいぜい、良いところで可愛がってやって」
「へえ、仰せのままに」
不敵な笑みを浮かべている。見つけたらこうしようと、ここでわざわざ、待機していたに違いない。
ここ最近、頻繁に農村に出入りしていたから、どこかで知り合いか都の人に姿を見られたのだ。
「市場へ連れて行け」
両腕を奴隷商人の手下たちに掴まれて、久子はぐいっと引きずられた。髭のぼうぼうで貧しい身なりをした男たちに囲まれて、久子はまた奴隷市場へ連れて行かれた。
「あ、姉貴い、これは大変だ」
背後から来ていた、竹べえが犬の姿になって、家に走って行った。竹べえは妖の白い犬で、屋敷の周りの藪笹を刈ったりして燃料集めをしたり、農村や森の道の草刈りをしたりして公共の掃除したりしている。
ちょうど、ふらふらとついて来て、遊びがてら周りの芝刈りをやっていた。
「また、お前。売りに出されているのか」
しばらくして、若様と爺やが来た。竹べえはとにかく、すぐ若様に報告したようだ。
「ちょっとあなた、何するのよ」
「控えろ、この方は源家の若様だぞ」
そばにいた竹べえが一括する。
振り返った渋子は、涼影を見て、しばしぼうっとする。
その時、渋子はあまりにも素敵な男性と出会ったことに、全身が打たれた。
(なんて、格好良い人なの?背が高くて、恰幅が良くて、目元が完璧なほど美しい。ちょっと胸騒ぎする獰猛さがあるけど、一見大人しそうな人。そこが謎めいていて素敵。ぐるっと見た感じ、貴族風でなく、武人の体つきしていて、凛々しくて、男らしいわ。まああ、良い男。だからね。この貴族、姉上が狙ってるのね?徹夜してでも銭稼ぎのあくなき執念を燃やす女よ。金持ちへ取り入ろうと、へばりついているのだわ。奴隷の分際で。姉上にはもったいない。いやらしい姉上ではなく、私が側室になるわ)
「まあ、姉上が?源家のお屋敷に?何かの間違いでしょう。長谷川家の娘は私だけなのです。長谷川家の娘と誤解して家に引き入れたのなら、あなたは騙されています。長谷川家の側室が欲しければ、私が責任を取って、嫁ぎます」
渋子が涼影に近寄り、涼影はうさん臭げに義妹を押し戻す。
「もとはお前は長谷川家の義妹なのだろう?なぜ、姉を陥れる?」
「誤解です。この人が私を悪く言うのです」
義妹は着物の袖を取ってしだれかかる。
「何を言う。久子は、実力を買って、私が雇っている。お前など側室にする気はない」
「なっ・・・」
はっきり断られた渋子は、プライドが深く傷つき、いきり立った。
「何を、この私を断るとは。あなた、後で後悔したって遅いわよ」
顔を真っ赤にして、涼影を指さす。横暴も限度を超えている。
「連れて行って」
怒った渋子が奴隷商人に命じる。
「ちょっと待て。久子はうちの奉公人だ」
「金で売買された奴隷よ。金で売られた奴隷は、金でしか買い戻せないの。奴隷商人から、ふんだくるのも結構。でも、いくら金を出すの?性奴隷は高い値で売られるのよ」
「確かに旦那。この子は若い女子だ。高く売れる。もう市場の商品になったもんは市場原理に乗ります。取り戻すには、競り勝ってもらわねば」
「何だと。どれほど値を釣り上げる気だ」
渋子は言い切って、逃げてしまった。爺やが怒った。だが、奴隷商人はすぐに返答はしなかった。
「あちらの異境の商人が、薩摩国に女を連れて行きたいと申していまして、決して譲らないと言われています。その場合、競争入札になります」
久子は陰湿な雰囲気のする建物に連れて行かれた。奴隷の品評会がある川岸だ。
大勢の客が入る中、柱にくくりつけられた。そこで、商人が品定めする。
声を張り上げ、競りが行われていて、奴隷商人は奴隷商人らしく、高く売ることに躍起だ。
どうも久子は遠方へ売り飛ばされるらしい。それをご主人様はかろうじて、止めてくれている。大量の金を積んでも、女を欲しがる奴隷商人。そんなものにひっかかる己の身の不運を嘆いた。
(なんてふがいない人生なの?本当に、私の幸運は消えたの?奴隷というのは憐れな末路だ。二度と奴隷にはなりたくない。でも、まだまだ抜け出せそうにない。どうしよう)
「あなたも商人であろう。なら、正々堂々と賭けようでないか」
「いいだろう」
若様と奴隷市場の商人が対立し、久子は競争入札にかけられることになった。
「金10袋から、入ります」
「金15袋」
だんだんと競争入札の額が大きくなり、最後には異国地の商人と若様だけになった。
「金50袋」
「金100袋」
どよ、と場が衝撃を受けた。
「どうします?」
声をかけられた異国地の商人は、諦めて首を振った。
「あー、奴隷一人、落札。若様が落札」
ほっとした。同時に、涙が出た。
(若様に迷惑をかけた。多額の損失も出した。何でも出来る万能屋と自負していたのに、大損失を与えた。万能下女、失格。万屋、失格。どうしよう。あまりに面目なくて、顔が合わせられない)
「何をしょげている」
「若様に、迷惑を・・・多額の損失を与えてしまいました」
「誰でも迷惑をかけずにすまない者はいない」
「でも、迷惑をかけないと言ったのに・・・」
「そこまで完璧人間とは知らなかった。どこまでも完璧な人間はいるまい。人はもちつもたれつ、だ。妖魔の戦場にも現れたお前だ。迷惑をかけないと言いつつ、もうかけている。今更、なよなよしおらしく反省したところで、反省も何もあるまい。最初から迷惑をかけらている」
(確かにそうか)
最初から、勝手に若様の仕事を手伝って、迷惑をかけていた。
ふと、いったい私は若様に何と思われているのだろう。最初から厄介者だったのでなかっただろうか?と少々、恥ずかしくなった。
それでも、受け入れてくれた。
迷惑も承知で受け入れた若様の人柄に改めて、尊敬の念を抱いた。
(人柄も私は若様に及ばない。若様のように金持ちで、人も良くなるの、いつになるだろう、私)
改めて、若様を見上げた。空からの光が照らす若様は、輝いていて、見るのが眩しかった。
「借金にしてください。あとで返します。何としても返します」
若様が歩き出すのについて、久子も後を追った。
「なら、また、返してくれたらいい。お前に借金だ」
「あ・・・ありがとうございます」
鬼でも、若様はやはり、優しい人だ。
(これからも、若様のところに、いたい)
改めて、思う。
「ほら、これでも買ってやろう」
ちょうど、飴細工を売っている店の前を涼影は久子と通りがかった。
蜂蜜を固めた飴だ。
「機嫌を直せ」
「は、はい。ありがとうおざいます」
すごく、甘い。
「竹べえはお前のことを気に入っているみたいだな」
見ると、竹べえが久子の足元で尻尾を振っている。竹べえも飴を買ってもらった。すでにぼりぼりと食べていて、すごく甘い。という顔をしている。
竹べえに飴袋を渡すと、若様は微笑みながら、家令とともに屋敷へ戻って行った。
「俺も若様に拾われたんだ。俺は鞍馬山に住む狛犬だったけど、妖魔との戦いで傷を負って、この城南の森の中で倒れた。そこを若様に助けれた。若様の家はバケモノ屋敷と言われるけど、入りたい、居残りたい奴はいっぱいいる。あの優しい兄貴の元にいたいのならさ、久子姉貴も、居続けられるように、がんばらなきゃ駄目だぜ」
「うん、ありがと、竹べえ」
久子は竹べえと共に、蜂蜜を乾燥して固めてあって、噛むとかりっと固く、舐めると解ける口当たりの滑らかな飴を食べ続けた。濃縮された蜂蜜は、解けると濃厚で蜜が溶け出す。甘い飴だ。甘くて美味しい。久子の食べる手は止まらない。竹べえも止まらない。久子も食べ続ける。久しぶりに甘くて美味いお菓子だ。
(これなら、何個でもいける)
久子は平気だ。バケモノ屋敷も何も、怖くない。
「これを・・・?」
試しに、東野に渡した。
「はい。これは高値で売れると思います。貴族の家に売ってみてください」
「お前、あすこで売っていたものを俺に売るんだな?」
「いいでしょう?売る気がなかったのです。気づかなかったでしょう?私がそれを出したのです」
「まあいい。確かに、俺も二束三文にしても売れないガラクタと思っていた。お前の目は確かかどうか、都で売ってやる」
東野は京の都の中に売り場を持つ商人で、市中の貴族にも顔が広い。言えば、誰かに売ってくれると思った。予想通り、東野は確かな売り先を確保して戻って来た。
「かなり良い値で話があった。あれはけっこうな品らしい。だが、あの器、一つだろ?法具としてなら、香炉なども含めて、一式欲しいらしい。誰が作った?と、古参の貴族らにも聞かれたのだが、答えられなかった。それで、法要道具を集めている人が、他にも揃えられないか、聞きたいと言う」
「揃えられるかまでは、分かりません。職人も、見知らぬ人で」
「そうだろ?俺もここの仕入れをしているから分かってる。だから、うまく話をしておいた。で、人がお前を呼んでいる、会ってくれるか?」
「はい」
道具などは一式揃って追加注文が来ることがある。銅製の製品は器や水差しでも使われるが、鈍色に光る気品があるものとして、法要道具でも使われる。法具として、その一式を欲しいのだろう。
商売は時の運の面もある。売るためには、行かねばならない。
「私はとある高貴な方の使い。その方がこの度の銅製の器を見て、ひと揃いそろえたいと言っているが、揃えらえるか?」
都の外にも、綺麗な住宅街がある。寺の近くで、別荘地になっているところだ。
そのうちの竹垣が瀟洒な屋敷で、会った。
御簾を隔てた向こうに、誰かがいる。単に袿など、上質の着物を着て、想像以上に身分の高い人そうだ。
身の縮こまる思いがする。だが、久子も売った責任がある。
売るのは売るだけで終わることではない。渡した相手が最後に納得し、幸福を感じてくれるところまでが商売だ。
「その職人とは特に連絡を取る間柄ではなく、懇意でもありません。ですが、注文ができるかどうか、聞いてみて、できるのなら、お望み通りの品を作るように頼むようにします」
「ひと揃い揃わねば、法具も効能を発揮せぬ。お前の売った器も、香炉など、他の品が揃えば買おう。だが、揃わねば、一つだけあったって仕方ない。返却する」
「分かりました」




