第5話
「ちょっと、長べえ。買い出しに行って来いって言ってたの、どこへ行ったの?まったく、すぐ忘れるんだから。誰か、誰かちょっと、誰でもいいから、誰かいないの?ああ、新入り?あんた、外へ、買い出しに行ってくれないかい?」
(市・・・・?)
市と聞いて、何を売ろう?と思ったのは久子のほうだ。
「はい。私、私、私が行きます。市があるのですか?」
「農村には、いくつもあるんだ。入用のものが出たんだけど、これ、急ぎで買って来て。必要なものは、ここに書いてあるから」
「皿とか酒とか?こんなものまで?」
「農村の者が、都で買い物するかい。そんな金持ちの農家はいないよ。農村同士、市場で物々交換さ。早く行って来な」
「はい」
資金をもらって、久子は屋敷の外へ出た。
昨日の怨霊事件があったから、気をつけた。けど、明るい昼間だ。何ともない。
森に挟まれた小道を歩き続けた。天気は良い。明るい日中は大丈夫だろう。
「へえ、暗くて見えなかったけど、水田があちこち」
日中は明るいから水田のある見通しの良い農村地帯は分かりやすくて、すぐ目的の農村についた。
比較的大きな農村で、このあたりに、際だった市もないせいか、人が集まっていた。
買い物客向けに村の入口付近で、販売する目的の品が並べられていた。
野菜などの食料、日用品、金物屋等、都ほど数はないもの、かなりいろいろある。必要な日用のものはひとそろい揃えられるほどだ。
「あ、東野さん?」
「おう、久子か」
ちょうど知り合いの商売人がいた。
市場の絹織物などの着物を売っていて、若いが、市場の市で店を持っているやり手だ。
「おい、何だかお前、苦労したのだな。何かしてやりてえが、俺は一介の商人だからよ、家の争いを止めることも出来ねえし、家から追い出されたのを訴えたいと言われてもな、無力だわ。たく、やになるねえ。ま、都じゃ、全部、ツテ、コネ。政界に顔が聞く貴族にでも手を回してもらったらどうだ?お前、そういうツテ、ないのかよ、お前も一応、官吏の娘だろう?」
「ツテ・・・ですね。やはり」
市場でもいろいろ親切にしてくれた商人だったが、やはり、限度がある。久子を助けるのは、無理だ。
「このあたりの市まで、買い付けに?」
「ああ、俺はあちこち回ってるけど、ここも来るよ。特段、市ってわけでねえんだが、食料とか、木材や燃料、日用品とか、家具とかまで、都で売られているのは大半、近辺の農村からだよ。地方の品は運賃とか、職人の品が多いから高いが、こっちは農家だから安い。それに農村は自分らで自給自足だから、食料や日用品は自分で作ってる、実は職人の宝庫なんだ」
「へえ・・・すごい、陶器まである。都で見るのと同じ、ね」
「それは、都に卸している人が作っているからだ。同じさ」
「これが、何店とか、何屋の品となって、都では高く売られているわね」
「店棚の品は、業者の趣向で選んでいるからね。値は都度ぴんきりさ。都では、質より見映え。高そうなものほど、良く売れる。中でも、貴族っぽいのがよく売れる」
綺麗な白い陶器の小皿を見て、惚れ惚れと久子は見つめた。
(白くて軽いのは質の良い品だ。ざらっとして色見も悪いのは下等品だ。使い心地も悪い。確かに良い品がある。ただ、その分、玉石混合だわ)
知らない人が来たら、この粗悪品を買いそうだ。
(ここから売るのも赤字になるのも、商人の腕の見せ所ってわけか)
掘り出し物の市。久しぶりに、手ごたえのあるものを見た。
「あ・・・これは見事な」
村の品を見て回ると、浮き彫りの装飾が複雑に絡んだ銅製の香炉を見つけた。 周りから、ぴかぴかと金属色に生光りし、一線を画した品だ。丸い鉢状の容器もいくつか。触るとつるつる。ひんやり。庶民ではなかなか、手に出来ない品だ。
そこだけ、キラキラと金属質の輝きを放っていた。
「綺麗な銅製の器ですね。これは・・・あなたが作ったのですか?」
「なんだ、何を言っている。オレが作った?」
壊れかけた木造の小屋の隅から、黒い何かが出て来た。粗末な麻の衣を来て、髭はぼうぼう。手足は泥か墨で染まっていて、見るからに鍛冶屋というのが分かる男だ。認めずとも、炭にまみれているので分かる。
「この香炉、買って売りたいのですが、良いですか?」
「ここで売られているのものなど知らない。その先など、村人は関与しないよ。農村は領主様のお膝下だ。決められた事以外、しなくていいんだ。他のことは、上の人がする。オレらは作って売るだけさ。他は関わりたくない」
売りたければ好きにしろ、ということだろう。
「優れた職人でしたら、名を出せば通ります。あなたは名のある職人さんではないですか?」
「オレが?とんでもない。名の通る職人ではない。だが、知らずとも意味は知るもの。だが、こんな農村の誰かを言い出せば、売れない。だから、名は出せない。ただ、オレだって本当のところ、何者か、なんて知るわけない。自分の名すら知らないんだ。はは、お嬢ちゃん、こんな俺に何を言っている。世間知らず、だね」
「なら、どこかの優れた技師のものとして、売っていいですか?」
「お前は・・・?」
「私は商売人です。わけあって、源家で奉公人をやっていますが、本当は商売人です」
「商売人?なら、どうしようかなあ?取引をするなら、もっと詳しくあんたのことを知らないとねえ」
男はぼりぼりと頭を掻いて、不思議そうに言う。その丸い目を久子に向ける。
「まあ、品はお前に預ける。お前が好きにしたらいいよ」
「ありがとうございます」
「もっと欲しければ、詳しいことはオレの家で聞かないとな。ついて来るなら、他の品も売ってやる」
「今日は所用で来てて、忙しいので帰ります」
「ならいいさ。オレは構うもんか」
男は、とことこと酒瓶を片手に歩いて行った。
「まあ、あんた、何?こんなもの買って来て。何よ、これ。いつものは?」
「違います。そちらのほうが上等だったので買って来たのです。今までのものが粗悪品です」
市場への仕入れで、久子は白い陶器を購入したが、姉貴たちには怒られた。毎回入れている品のほうが安く粗悪品だと言っても、分かってくれなかった。
姉貴たちは、久子を庭先でくくり上げた。説明をしようにも問答無用で、背中を棒で叩き、水を浴びせた。
「こんなクズ品買って来てどうするの。間違って違うもの、買い入れて来たのね?」
「違うんです。買ってきたもののほうが良いのです。そちらの品は白磁で釉薬がかかっています。でも屋敷のは濁っていて、不純物混じりの品で、それは汚れで、決してお洒落ではないです」
何度も説明したが、分かってもらえなかった。
「何を言っているの?姉様達がいつも買っている皿のほうが良いのよ。今までの私達が粗悪品を使ってたなんて、悪く言うの?何よ、こっちが貧層じゃない。この水差しも。こんな下等な品ばかりどうして買って来たのよ」
「いえ、違います。そちらの方が上等な品なのです」
「下っ端が安物買いの銭失いで、損失を出して、何を言い訳しているの?お仕置きよ。もっと、男たち、こやつを打ってやりなさい」
侍女頭は綺麗な青磁ではなく、泥みたいな色をした水差しを持ち上げて水を浴びせ、怒鳴りつける。
「待ちなさい。その子を解放しなさい」
そこへ、水色の着物を着た若様が、白髪の家令と共に簀子縁に現れた。
「お前、来なさい」
「でも、ご主人様。失敗したら怒らないと、下女たちに示しがつきません」
「いいから」
「は・・・」
瞬間沸騰の若様にぎろりと厳しい目で睨まれて。侍女頭は恐れおののき、平伏した。
久子の縄が解かれ、若様の母屋の部屋に入った。
「何を持って来た?」
「市場で器や皿を買って来ました」
「いや違う、これは、浮遊体の低級霊だ」
若様が久子の肩を払い、久子がびっくりして見ると、足元の床に、白い綿みたいな、目がついて、白い炎みたいなものが、こちらを見上げている。
「わ、可愛い」
「可愛いと言うな。お前に悪さをする低級霊だ」
「え」
若様が手を振り払うと、白い綿は消えた。
可愛いのに。
「若様、あれを消したのですか?」
「追い払っただけだ。さっそく、取りつかれおって、可愛いからと構ってはならん」
「いったい、でも、どこでつけて来たのかしら」
「農村へ行った時だろう、ここはそういうところだ、知ってるだろ」
確かにバケモノ一帯だ。外に出たら用心だった。
若様は先に室へ入り、畳の座にどかりと座り、脇息にもたれかかる。
「なぜ、いつもと違う器や水差しを入れた?」
(ええと・・・若様は怒っているのだろうか?)
分からない。一見したら優しい親切な男性のままだ。一瞬で鬼に変わるので、気をつけないといけない。
「屋敷には下等品の器ばかりで、上等品が少ないと思ったので、若様の屋敷にふさわしい品を入れて来ました。あれを仕入れていれば、あとで売ることも出来ます。一点でも値が違えば違いますから。それが多く売れれば、銭も儲かります」
「お前が買って来たこの巻物。確かに、王義之の書だった。これはどうした?」
上座の敷物の上に座る若様は、市場で買った古い巻物を取り上げて見せた。
「農村の市で売っていたので、屋敷の得になると思い、買って来ました」
「吐き捨て同然の値だったと言う。お前が販売すれば、お前が高額な金を手に出来た。資金に困っているお前は、自分で売ればいい。なぜ私にくれた?」
「高い品ですので、旦那様の屋敷に入れれば、旦那様に大きな儲けが出ると思たからです」
「お前が儲かるかもしれないのに?」
「私は今、旦那様の家来です。旦那様が儲けるのが当然です」
「どうして、そんなに売買にこだわる」
「お言葉ながら、少額でも、たくさん売ることで、たくさんの銭が手に出来ます。公卿でも若様でも、生きて行くのに銭が必要でしょう?皇家につながる方ですから、銭の心配は無用かもしれませんが、若様も日常、銭の足りなさに不満もあるかと。銭というのは、湧き水のごとく、溢れては消えて行き、底をつくものなのですから。若様でもそうなら、私なら、なおさら。たとえわずかでも、失えません。元姫だろう?とお思いでしょうが、姫が銭に意地汚くて、不健全になった試しもありません。。汚い、汚くないでなく、逃した銭は後でますます、大きく、貧乏になるものなのでございます。若様もいつ何時、貧乏になるか分かりません。銭は若様も必要です。私なら、なおさら、銭は必要です。そもそも、生きて行くのに、誰もが銭を失っては生きていけません。生きて行くには、銭次第。銭は、姫もおちくぼも、鬼も、へちまもなく、取り立てに来ます」
「ううむ、そ、そうか。分かった。お前のあくなき銭への思い、よく、分かったから」
久子は折檻されて、髪はぼさぼさで前も後ろも水が垂れて、手をついて恐縮してたけど、見苦しかったかもしれない。己を見たら、髪は乱れ、着物もぼろぼろで、まるで蜘蛛妖怪だ。
おまけにぼたぼたを水を落ちて、濡れた髪が顔に被って垂れている。これは不気味だ。
若様は扇で、久子の額を押し戻した。
己がひどくむさくるしい姿になっていると気づいて、久子も慌てて、後ずさりした。これで、低級霊を可愛いと言った久子を、よく若様は動じなかったものだ。
「お前はここで何をする気だ?」
そう言われたら、久子も考える。
「そうですね。ここで商売をしようと思っています」
「しょ・・・?気のせいか、しょうばいと聞こえたのだが」
「はい」
典雅で天上人で、いかにも貴族らしい品の良い若様が、妙なものを踏んづけたかのように、久子を見た。
久子も図々しいと思ったのだが、窮地を拾ってくれ、忠義を尽くすと決めた主人だ。正直に言った。
「申し訳ありません。ですが、ここは広いので、食べ物屋でもしたら儲かると思うのです」
「た・・・商売とは、また大胆な。屋敷の主人を前にして」
「でも私、ここで商売をしたら儲かると思うのです」
「なんと、商売?」
また言う久子に、若様もまた食らいつく。
「我が家を食べ物屋にしようって奴、お前ぐらいだ」
「は、はい、すいません」
「そういう奇抜な言動、私の注意を引きたいわけではあるまい」
「気を引く?」
「私の側室を狙って、若い女には、よくいるのだ。高貴な私の妾になりたくて、奇抜な話をする。近寄ろうとして」
「違います」
「へえ、そう・・・」
若様は脇息にもたれると、扇を閉じ、外の景色を眺めた。それから、大きく息を吐いた。
「いいだろう」
少々、動揺は隠せないが、あえて見せないようにする。
穏やかで目元の涼し気な若様は、脇息にもたれかかっているだけでも絵になる。
「確かに、我が家でも、資金繰りは大事なのだよ。私もこう見えて、政府の高官だ。私が背後にいることで、政府の者も立場が強まる。また、私も朝廷での立場を支えられている。
私は政府の高官、高明殿に援助をしている。高明殿は朝廷の上位十人のうちの一人だ。私の支援も高明殿には重要だ。私も参内できずにいるものを、高明殿の後ろ盾があるから、今の仕事ができる。私も帝をお支えするために動かねばならない。何もせずして、地位も職も得られるはずはないから。まず、働くためには、資金を提供し、朝廷での地位も確保する必要がある。帝をお守りするために。
その資金は、都での営業や船舶業が主だ。資金はお前の言う通り、湧き出て消えるから、注意深く運用する。確かに、銭は湧いて出て来るものだが、失うのも一瞬でもある。
だから、お前の言うように、資金は私にとっても、永続的に得ていくもの、という決まりだ。私の考えもお前に近い。つまり、私にも、銭は大事なのだ」
地道に若様も稼いでおられる、というわけか。川の運搬船も、都の大きな店も、若様の背後があるのだろう。
(朝廷の要職も得ているわけだから、その資金繰りは若様にも貴重な政治力とというわけね)
久子も父が朝廷勤めだったから、知っている。政治は、金とツテだ。
「お前の白磁、確かに屋敷の品よりも良い。それも破格同然で多く仕入れた。水差しも良いものだ」
若様は手にした書をもう一度見やる。
「こちらも、本当に本物。これは皇室への献上品にふさわしき品。どれ、私が行って、高明殿へ渡して来よう。帝へ差し出せば、高明殿の株も上がる。お前、こういうのは、どんどん仕入れて来れば良い」
「良いのですか?」
「ああ。果たしてお前が言うように、どこまで出来るのか、見てやろう。どうだ、爺、仕入れの金も渡してやれ、貧乏な久子だ。与えねば何をしでかすか怖い奴だから、与えてやれ」
「しかし、若様・・・」
「少しは制御しておかねばな」
「若様がそう言うのなら」
爺やは承知してなかったが、若様に言われると、承諾した。
「あ、あの、私、若様のために儲けます。ありがとうございます」
「やってみるがいい。が、ここはバケモノ一帯。怪しい奴らに巻き込まれても、知らんぞ」
「はい。決して若様にご迷惑をおかけせず、若様に儲けを入れます」
源高明を支えるということは、腹違いの兄弟で、お互い支え合うことだ。腹違いの兄弟は、帝もそうだ。つまりは、若様がしていることは、帝をお支えすること。
そのためにも、若様も資金が必要だ。
ということだは、若様は久子を呼んで、よくやったと仰せのようだ。
若様に認めてもらえた。
儲けるのは久子の得意でもある。得意なことで、命を救ってもらった恩人に、少しでも恩が返せたのが嬉しかった。
これで、少しでも返せたと思ったら、ほっとした。でも、完全に若様への恩義を返せたと面目躍如ほどのことをしたわけでもない。これからまだもっと、必要だ。




