第4話
屋敷の前に、見事な牛車が止まったと思ったら、数人の男が現れた。
「これは、大納言様、高明様も・・・」
見るからに金持ちそうな二人だ。金の装飾が入った腰帯、繊細な光を放つ着物、都でも限られた者しか乗らない装飾のついた牛車。良い香りまで漂わせている。
年寄りの爺やがわざわざ出て来て出迎える。その丁寧な案内など、見たこともない。
付き添う家来や警護の者の数の多さ。
屋敷の中からもわらわらと人が出てきて、庭に平伏した。
(これは、普通の地位の者ではないわね。政府の高官か)
黒服は政府高官が着る色だ。着物も、細かな網目が光るような上質さ。
(あの人は・・・)
見たことがある。微子様の帰還で川岸で遭った人だ。女たらしの。もう一方は・・・
「いい、涼明の屋敷なんだ。気を使わなくていい。いつものように」
「では、こちらへ・・・」
(まあいいか、私の仕事は、掃除だ)
しゃっしゃっを箒を動かし、庭石の砂利から落葉を掃いた。
久子も麻の紺色の着物に、赤の裳裾の絞った袴をつけ、髪は一つにまとめるという姿だ。奴隷の身なので、化粧はしないが、見かけは他の女たちと同じとなってしまった。もはや、久子なのか、女たちなのか、ほぼ見分けがつかない。
「帥輔様と高明様よ。今日も二人揃って、仲が良いのね。どちらも素敵」
「帥輔様は良くない。女狂いの色恋卿よ。女へすぐ手を出すから、狙われたら終わりよ」
感情のない女たちの中でも、何かきゃぴきゃぴと噂されている二人らしい。
「あの子新入り?」
「へえ、若い子だな」
庭を横切りかけて、源高明と藤原師輔が寄り添い合って、噂している。
久子は自分が言われている?と感づいた。
だが、庭仕事で、箒を振って、地面の木の葉を掃いている下女だ。貴族とは下女などに声をかける人種ではない。
ここの棒給はいくら?だろうと、今後のことを考えていると、背後からじゃりじゃりと砂石を踏む足音がして、誰かが近づいてきた。
「お前が新入りか。斎王の帰京では、微子様を帰還させたのだって?」
「わっ」
(お、女狂いの色恋卿?)
と思ったら、違う片方の貴公子然とした男だった。女狂いも端整な貴公子然とした格好良い男性だ。だが、一周り若い男性のほうは芯が強そうで、女狂いとはまた違う、男らしい色香がある。気品とか風格があって、そこはかとなく漂う品の良さがあり、爽やかだ。
「いや、なかなか反骨精神旺盛の切れ者だ。それも女子で。最近の若い子は、皆、そんななの?」
高明はにこにこする。いかにも人の良さそうな人だ。
「い、いえ、私めがしゃしゃり出て、兵士などの方を差し置き、戦ってしまい、申し訳ありませんでした」
「あ、いや、私は涼明の兄なのだ。怖れずとも良い。腹違いだが。弟は私を心配してくれて、私も弟の体調が心配だから、見に来る。ここによく来る師輔殿も、私の仲間。涼明の仲間だ」
若様の兄。つまりは。朱雀天皇のご兄弟だ。名は朝廷に努めていた父からも、何となく聞いたこともある。
「涼明というのは、涼影の以前の名。鬼を降ろしてから、名前を変えた」
ご主人様は元は、涼明。
ご兄弟の方が、だいたい明がつくのに、影というのはおかしいと思っていたのだ。そうか。そういう意味があったのか。
「知っているか。涼影は・・・鬼と変わったことを」
「はい」
「最初から鬼だったのではない。だが・・・
涼影はもとは我らと同じく、帝をお支えする立場の者だった。しかし、ある時、御所の封魔する鬼が暴れてね。帝の代わりに、涼明が身代わりになったのだ。それから、中で鬼がいて、涼影は変わってしまった。鬼が暴れ、性格が時々変わるように。君も見ただろう。戦場で激しく戦うようになった。その後、中の鬼が暴走するようになり、寝込むことも増えた。
それから、帝をお支えするため、己の身は戦いで使うように運命づけられた、と。今後、帝のために粉骨砕身戦い、帝に寄り添い生きて行くと言って、それから、涼明は名乗りを変えて、涼影になった。己は帝の影がふさわしいと。参内もしなくなった。性格も暗くなってる」
「そのあたりも、聞きました」
「そうか。竹べえはよくしてくれているな。屋敷に勤めるのなら、涼影の世話をするのだ。よろしく頼む」
はっはっと息がして、見ると足元に白い犬が来ていた。黒いブチがあるブチ犬で、白い尻尾をぶんぶん振っている。今日は棒を持って遊び回りたい気分。というわけだ。
「はい。もちろん、懸命に働きます」
久子は竹べえの頭をなでなでした。
「斎王の帰還を助けた人なら、適任だ。ここの何もかも、任せられる。涼明も一人身で、親身になるのは爺ぐらい。爺ももう年でね、うかとすることが多いのだ。私も困ったことがあったら、助けてもらおうかな」
「え・・・・?」
「なんてな。まあ、私には気を使わなくて良いということだ。涼明の身内だから。帥輔もそうだ。涼明の身内は、皆、お前の身内だ。何か困ったことがあったら、いつでも私に言いなさい」
「はい」
(お兄さま・・・)
ご主人様の兄様は、明るく笑って、屋敷の中へ向かわれた。
とても良さそうな人だ。涼影様を親身に思う気持も感じられる。
ご主人様にああした優しい兄がいるなら安心だ。
(さすが、帝につながる源家のお屋敷だわ。高貴な人が次々来る)
庭掃除をざっざっっと掃いた。でも・・・
(何だろう。揃いも揃ってやって来て。都で何かあったのだろうか?)
まあ、斎王の帰還の時の妖魔大戦も滅多なことでない事だったから、また、おそらく、何かあったのかもしれない。
この世は怨霊だらけで、忙しいのだ。大戦まであって、戦後で後始末もまだまだ。知らぬところで、いろいろな人が働いている。
(何にせよ、私は庭掃除とか専門だから、ちゃっちゃと掃きましょうか)
桜の木、コブシの木、ヤマモモの木と、数々の生薬の手入れして、周りの草を刈った。草地や山の際に生えていた薬草やツル性の薬草、花なども持って来た。
(これで良い枝は伸びやすくなり、実つきが良くなる)
若様は都からも離れ、処方された薬を爺がずっと出しており、いつも同じ薬だ。何でもそうだが、同じものばかりは悪い。
久子も熱が出た時など、母に薬草の薬を出してもらい、それで治した。怪我をした時にも塗り薬を作ってもらった。都の人はだいたい己で薬を見つけるので、代々家に伝わる処方というのがある。
久子のそれは家の処方もあるけれど、学者の父から教わったものも加わっていて、効能もかなり高まっていた。人には体質もある。若様に合うようにしたら、もっと効果が良くなるだろう。
薬草園にはいろいろな草も残っている。
誰も手入れもしてない薬草園は、薬草や花の香りが立つ。薬草園としてもともとあったが、再び、良い塩梅になった。いろいろ植えてみたが、まだまだ植える余地は残っている。
(ここにさまざまな、薬草もまた植えよう)
増やしたらその分、薬も組み合わせられ、使える種類も増える。




