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君に捧げる甦りの宝珠  作者: rーei
第2帖 羅城門の乱
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第3話


「名は長谷川久子と申します」

 改めて、今更だが、久子は若様に呼ばれて、前に座り、手を突いて挨拶をした。

 久子を百鬼夜行の村で助けてくれたのは、この人だ。

 農村で降りて来た水色の男は、髪を振り乱し、もっと野蛮さを発していた。

 一見、大人しそうな方、という様子は、変わってない。しかし、身体に鬼を抱え、ときどき豹変する。一気に変わる。怒ったりするとすぐだ。怒らせないほうがいい。

 でも、普段の若様は、文句を言わない、大人しい男性だ。最初見た通りの、あの方の印象通りだ。妖魔の戦場で見た鬼とも違う。

 なんだか、今は安堵出来る。

「お前は元姫と聞いた。こんなバケモノ屋敷で、本当に働く気なの?」

「は、はい」

「お前は、奴隷商人が仲介していて、農村へ行くところだった。だが、男らは大金もって、とんずらした。我が家も、気軽に誰でも受付しておらぬところだ。お前も見ただろう。ここは、バケモノが出るところだ。他もいろいろ・・・お前も本来は、他に勤めたほうが良かろう」

「いえ、ここでいいです。ここがいいです」

「だと言っても、本来は引き取らぬ。引き取れぬ。行き先不明の奴隷など、拾ってはおらぬ。お前もまだ見えてないだけで、問題があるかもしれない。この近くの農園へ行くのが筋だ。だが、権利がややこしいので、引き取る先ではろくなことになるまい。そう思えば、何だ。うちでなら置いてやれぬこともない。が、危険なところだ。お前がいいというのなら、うちなら雑用など吐いて捨てるほどあるが、怪我をしても知らぬし、何があったって責任は取れないぞ」

「構いません、ここがいいです。ここに置いてください」

「まあ、そこまで言うのなら・・・置いてやってもいい」

 ああ、良かった。と久子も胸を撫で下ろした。

「来てそうそう、恥ずかしいところを見られてしまったな」

 ぽりぽりと眉間をかき、恥ずかし気に言う。久子は思わず、ついていた手も忘れ、下げていた頭を上げた。

 もうあれこれ問わないということは、このまま置いてくれる、ということだ。

(厄介者の私を、何も言わず、置いてくれた)

 地味で大人しく、半面鬼の捉えどころのない男性だけれど、久子には後光が差して見えた。

「若様、誰でも恥ずかしいところはあるのでございます」 

 決してなれなれしく、同列に思ってはならない人なのだが、久子も感謝していて、どう礼を言っていいか分からず。思わず返事をし返してしまった。

「いきなり、大手柄を立てた。お前のような女子、珍しいな。万事何でも対応できるのか?」 

「何でもというのは大げさですが、知らないことでも、学んで出来るようになります。何でも学びますので、何でもお申し付けいただければ、何とかしますので、どうぞ、希望することをおっしゃってください。おっしゃってくだされば・・この久子、少々難儀することでも、見たことも聞いたこともないことでも何でもやる所存であります。今までも何でもやって来たので、おそらく何でも可能かと思ってます。何でもします」

「私のことをいろいろ見て、イヤにならなかったのか?」

「あの、私こそ、なぜ、出て行くのか不思議で。食べ物はある、衣服もくれる、食う、寝る、住まう、と満ち足りた、こんな極楽な地はありませんのに、みな、出ていくのは、なぜなのかと聞きたいぐらいです。私は出て行く気はありません。確かに鬼とか怖いですが、少々、ちょっとこの機会に見てみたい、そんな気もしています」

「やっぱり、好奇心旺盛なんだね」

「そう、そうでしょうか・・・」

 若様に何でも頭を突っ込む騒がしい娘と思われてないだろうかと、ひやひやした。

 確かに、学者の父を持ち、小さい頃から博物学者的な収集物を見ていた。絵巻や物語を読み漁ったこともあった。

「あの百鬼夜行、見ただろう?」

「戦場でも、見ました」

「あれは最終最大、最後に見るもの、話で言う佳境の戦場だった、あの上は、海の大戦だ。あれを見たら、百鬼夜行もかわいいものだよ」

「その通りかと」

「やっぱり、女の子なのに怖がりではないんだね」

「申し訳ありません」

「もしかしたら、私が見境なくなって、お前を食うかもしれぬ」

「く、食う?」

「鬼なのでね、私は。ここはバケモノ屋敷。怖いこともあったり、起こって当然だろ。それでも良いのか?」

 笑顔の若様はその実、本当に笑ってないことがある。中の何かがいる。

(大勢が出て行くのが、何となく分かった)

 食うと言われると、動物でも本能が動く。久子は反射的に身構える。

 確かに、鬼化した若様は危ない。かもしれない。

 でも、涼影は久子の命の恩人だ。

 久子は若様を見ても平気だ。

「平気です」

 久子がきっぱり言うと、若様もくすっと笑った。

「そうか。バケモノとの戦場にまで押しかけて来るようなお前だ。断っても無理だろ。まあ一つ、お前を試してみよう」

「ありがとうございます」

「もういい、何か聞きたいことがあれば、また呼ぶ」

「はい、失礼します」

 若様も仕事があり、のんびりしているのは仮の姿だ。内心、次への仕事を考えている。その忙しそうな気配を感じて、久子は礼を言って、部屋を出ようとした。

その時、急に若様がごほごほとせき込みだした。

「わ、若様、大丈夫ですか?」

 そこへ、爺の家令が飛び込んで来た。

「若様、しっかり」

「あ、あの家令様、若様は」

「中の鬼が暴走する時があるのじゃ。先日、力を使い過ぎたから」

「そんな、大丈夫ですか?」

 家来に支えられて、とりあえず横になった若様だが、とても具合が悪そうだった。

「いったい、どうなって・・・?」

「中の鬼がなかなか、鎮まり切らない時があるのじゃ。鬼が外へ出ようとして、若様を乗っ取る。鬼を外に出さぬよう、若様も必死じゃ。だから、中から封印するのじゃが、若様の気力体力、魂魄までも総動員して押さえておるから、体内が傷つく。若様も強い霊気をお持ちじゃが、中の鬼も相当なものじゃ。鬼じゃからな」

「どうしたら、若様を救うにはどうしたら?」

「救う手だてはないのじゃよ。精神力と内力で抑えるしかない」

「そんな。若様の力に任せて、黙って見ているしかないのですか?」

「ううむ・・・」

 久子が聞いても、爺やは首を振るばかりだった。

 帝のために身体を投げられた若様が、何の救う手立てもなく、終わりを迎える。なんてあってはならないと思った。

 久子は恩人の若様に何か恩義を返すためにも、何かせねば、と思った。

(何か・・・?でも、こんなこと、さすがに)

 あらゆる手段を知り尽くした気になっているけど、いつも久子は手の中から、大事なものがすり抜ける。己の無力さを痛感する。

「若様に感謝するんだな。お前を置いてくれる」

 家令は煎薬を盆に載せて持って戻って来ていた。久子のことなど構わないで。横目で見ながら通る。

「バケモノ屋敷と言われるが、お前が良いというのなら、お前の勝手。お前が死のうと、所詮は奴隷。こちらは痛くもかゆくもない。まあ、私ら家臣らもいて、屋敷を警護している。ちょっとは出るかもしれないが、そこらの農村よりは安全かもしれない」

「はい」

「だが、まだ、お前は罪人の身。ゆえに、やはり奉公人としてしか、引き取れぬ

無事に解決したら、お前は元の身分に戻るなり、何なり出来るだろう。が、役人の裁定は一応、お上の裁可だ。結果を覆すのは、並大抵のことではできぬだろう。若様も政府の要職を預かる身と言えど、裁定の結果を変える事など出来ぬ。若様もそう言っていた」

 やはり、ご主人様は優しい人だ。久子のことを考えてくれている。

 帝の代わりに鬼を引き受けられたのもそうだ。

 鬼なのに、奴隷の久子を助けてくれようとした。人より人だ。都の鬼の人を見た後では、若様のほうが人だ。

 久子も己の身分を回復するだけでは足りない。父の調査も必要だ。まだしばらく今のままがいい。

「お前がここで勤まるかは、分からぬ。若様は言わなかったが、もし、勤まらぬなら、他へ勤めに出す。それが奉公人の定めだ」

 奴隷まで落ちて、家の奉公人なら良いほうだ。

 久子は必死で頭を下げた。

「ご迷惑をおかけします。問題があれば、出て行きます。奉公人の身、ご主人様に何かを求める気もありません」

「なにせ、屋敷は大きい。下で働く者がいくらいても足りないぐらいだ。しかも、長谷川家と言う。学者の娘。悪くない。本来なら、うちで仕える女房として、取りたいぐらいだ」

 爺は冷たく言いながらも、どうやら褒めた、らしい。

(なんか、歓迎された?)

 売られて、引き取り手も捨てていって、バケモノ屋敷が歓迎するなんて、世の中分からないものね。

「ふん、ま、どこまでもつか、ね」

「あの、若様は・・・?」

「もう、大丈夫だ。ま、いつものことだ。若様はお強い。心配いらぬ」

「はい」

 愛想のない爺さんだけど、そう言って、若様の部屋に入って行った。

(あれで、歓迎しているのかしら?)

 家の中には、若様の家臣である家令と、数人の家臣たちと従者、警護の者が複数人。

 皆、若様に忠義な者たちだ。

(若様を治す何か・・・薬草でも植えてみようか)

 久子は少々、薬草の知識もある。

 見てみると、庭に桃の木、松の木、伽羅の木などがある。

(どれも薬効があるのに、庭木として忘れ去られている)

 薬草園も一応あるが、あまり力を入れてない。人手不足と聞くが、そういうところに欠如が出て来ているのかもしれない。

 久子は裏庭の畑を見て、掘り返した。

(これは手入れし甲斐がありそう)

 もともと、内裏の典医が施す薬も、自然界から出たもの。都の人も具合が悪くなったら、草地や山で取れた薬草を飲んで治す。屋敷の薬の園も掘り返したら、薬ももっとありそうだ。

 それにしても・・・

(源家の本当に、貴族の屋敷なら、悪くない。都でもなかなか見つからないわ。こんな豪邸と上級貴族)

 マヨイガの屋敷を見直す。多少、バケモノの里でバケモノが出て、主人もバケモノで、おそらく家人もバケモノ。

 でもいい。少々難があるけど、衣食住全部補償されて、仕事も楽。

(でも、奉公人として勤めたら、本当の奉公人となってしまう。長谷川久子として生きて、父の罪を明らかにし、父の冤罪を晴らさねば。ここから出て、父の別荘を買い戻し、そこで商売をしよう)

 父の無念も晴らさねばならない。

 まず、そのためには資金がいる。

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