第2話
「新興宗教の主が、京入りを願い出ております?だと」
将門の乱、純友の乱後のこと。ようやく残党狩りも終わり、平穏も戻った。
なのに、また、都を目指して牙を剥く輩が現れた。いったいどこのどいつだ?と、朝廷の重鎮たちが一斉に不満を持った。乱に次ぐ乱。富士山噴火。疫病の流行と庶民の生活もはなはだ悪化している。これ以上の動揺は耐えがたい。今後、日ノ本はどうなってしまう?
「そんなものがどこから現れた?」
「彼らは教義を教え、共に繁栄したい、つまり、神を中に入れたいだけと申しておりまして」
「ここは大和三山に囲まれた聖なる地だぞ。大納言(帥輔)。何を悠長なことを言っておる!」
その数、数万。
いなごの群れでも制御するのが難しい。大勢の民衆が次々、申し合わせてないのに同じ列になって歩み出すと、制御は困難を極めた。止めても止めても、止まらない。後から後から、列が溢れ出る。人の行列は出てはつながり、切れてはつながる。いつしか異様な長い列となって、都に迫っていた。
「入京?ここは帝の御神聖を守る都だ。帝がおわすところだ。そんなところに、異神を入れる奴がおるか。やはり、お前は駄目だ。大局が見えていない。実頼のほうが頼りになる。入京など口にするのも許さない。ここは武力だ。帝をお守りするには、力だ。武力でもって止めよ」
「申し訳ありません」
やはり、帥輔は分かってない。兄実頼なら、平然と武力を使うことが出来る。
老いも進む中、忠平の懸念は高まっていた。
(実頼か、帥輔か。後継者を託すに、どちらか?長の間、考えて来た問題に、そろそろ決着をつけねばならない)
位階も殿場人で唯一無二の存在しかなれない職掌、関白、太政大臣まで手に入れた忠平の独走は、長きに渡り四十年。だが、年による病は、忠平のような殿上の位を極めた者にも迫っている。
長男実頼が実質大部分が付き従っているが、藤原氏の名で通っているだけだ。今後、後継を選ぶ時、忠平がただ一言、帥輔、と言うだけで、この後の朝廷の趨勢が変わる。
その者は左大臣、太政大臣、摂政まで上りつめる。得意の絶頂でも、落ちず、皆の羨望の的で、栄耀栄華の道を歩む。
「もとは何者か分かりませぬが、各地で勢いを増し、踊り歌いながら、都に近づいて来てます」
「何をしていた、今まで?何を?誰も問題視しなかったのか」
「どこからか集まり、どれほどのものになるかは把握できず。とにかく、日々、多大な勢力になっております」
帥輔に変わって、褒められた実頼が説明を続けた。
「土着信仰と新興宗教が合併したような教義で、踊り歌い、太鼓を叩きながら、念仏を唱えて、天上世界への救済を求めるのだとか。ただ、農家ばかりではなく、周辺の盗賊らも混じっているようです。つまり、この機に乗じて、京への恨みを持つならず者たちも騒ぎを起こそうとしているのです。
中でも、神輿を担いでやって来るのが教団の教主たちで、この者たちの素性が知れず、何者か分かりません。ただもう、京へ入れろと。一応、天下の帝がおわす都だから、連絡をしたと」
「京へ入って何とする?」
「教祖が言う通り、教祖であるのならば、帥輔の言う通り、教義を広め、神を置く気でしょう、つまり神殿でも建てる気でないでしょうか。あわよくば、高野山、比叡山より教義を広め、天下を取ろうとする」
「神殿だと?」
忠平は息切れがした。心の蔵が早鐘を打った。卒倒しそうだった。
「邪宗だろ。邪宗の軍団が入り込むなど、あってはならぬ。各地の国司らはどうしている?」
「我らは怪しい邪宗や呪術は禁じ、神仏を信じる仏教を奨励しております。しかし、邪宗も一応、仏教と名乗っており、手が出せぬ有様であります。しかし、事態を重く見た国司らからは、解文が届いております。とりあえず、各地で兵士や衛士をつけ、様子を見張らせております。その報告では、歌ったり踊ったりするだけとか。ですが、あまりに数が多いので、周辺では困惑しております。最初と変わり、盗賊らの略奪が後を絶たないのが、特に問題となっております」
「僧が大人しいなどと誰が言った?東大寺と興福寺も、抗争の真っ只中。武器を持って僧兵がうろうろしている。それが新勢力に変わっただけだ。おまけに、都を悩ます夜盗や海賊の類も入っている。そんなもの、蹴散らして追い払ってはならんのか?」
末席の参議らが、ぶつくさ文句をこぼした。
「帝がおわす都の前で、軍が民衆を殺戮したりしたら、帝の信用を失います。それに軍にも匹敵する数に、軍を差し向けたりすれば、万一、戦争が勃発しかねません」
年若い帥輔が、古株たちに言い返した。
忠平は実頼も気に入らない。実頼も悠長なことを言っている。だが、胸の苦しさが忠平を思い止まらせた。
「な。なに。戦争だと?戦争になるのか。また、朕の代で、どうして?まただ。問題ばっかり。なぜなのだ。なぜ」
とたんに、御簾の向こうで、この話を聞いた朱雀天皇が叫び出した。
「何が来た?何が来たんだ?また、何が」
「お、落ちつかれてください」
「は、母上、母上」
ちょうど朱雀天皇の背後に、母である皇太后穏子がいた。朱雀天皇は御簾をからげて、その膝元に倒れかかる。
「朕が生まれる前から、怨霊怨霊、元服した時から、純友の乱、将門の乱、富士山の噴火、暴風が吹き荒れ、飢饉、疫病。父の代から、そう。
台風、洪水、飢饉、暴風、清涼殿落雷で、菅公を密告した菅根が死に、燃えた。
数々の高官も不幸な死に方だった」
「清涼殿はもう、完成します」
「そしてまた、怨霊、怨霊。新興宗教の集団。いったいどうしたらいいんだ?朕が悪いのか?朕が祟られているからか?」
「落ち着きなさい、朱雀天皇、あなたは何も悪くありません。悪いのは怨霊なのです」
「母上・・・」
「見ていなさい。この世から怨霊など追い払ってあげます」
「母上、いったい、何をする気なのですか?邪教集団が来ていますよ、それも母上のしわざなのですか?」
「そんなわけないでしょう。さすがの母もそんな妙な輩を引き入れるわけがありません。あなたの都に、私が帝の害になるようなことをするはずがありません」
「う、うわああ、聞きたくない」
3歳まで几帳の中に閉じ込められて育てられた朱雀天皇は、子供の頃のことを思い出し、耳を塞ぎ、目を閉じて、室を出ていった。
「待ちなさい、すべてあなたのためなのです」
「あ、帝、帝、落ち着いて、しっかりなさって」
(無理もない。元服から、純友の乱、将門の乱が起こり、以来、怨霊続きの御代だ。病弱で精神が気迫な帝にはとても受けられるものではない)
「羅城門へ、兵を・・・羅城門の追捕凶賊使だ」
それを見た忠平は、決断した。
「ほう・・・将門の討伐に功があった藤原秀郷は鎮守将軍として西を治めておりまするな。純友の乱を討った小野好古の時は追捕凶賊使長官だった。羅城門へ、追捕使ですか。純友の乱、将門の乱と続いて、では、就任には誰を?」
藤原家が全支配を強めるが、朝廷では合議体だ。一応、全員が考える。派閥や考えはあるものの、忠平を中心にし、以心伝心で共通の解を出す。それは慣れた手順で、すぐに全員の協議が合わさり、一つにまとまる。
いずれ怨霊と化す、元方は朝議の場をねぶるように目を定めて行き、一人で目を止めた。
「今一人、あの時の乱で、将軍を拝命した者は、忠文殿。忠文殿が兵を率いるのにふさわしい。どう思う、忠文殿」
いずれ怨霊と化す忠文は、慌てる様子もなく返答する。
「私ですか。寄る年波には勝てぬのですが、あの時の心持ち、いまだありまする。は・・・承りましてございます」
(果たして、目の前の羅城門には、忠文は辿り着くだろうか)
承諾しても、現地には辿り着かなかった将軍である。二戦とも。だが、どちらも遠方だったからやむを得ない事情もあった。
さすがに、近隣に辿り着かぬなどないだろう。朝廷の重鎮として、最高位には朝廷の者が必要だ。
(周りは藤原長者の子孫に王族と、なかなか任を任せられぬ者がおらぬ。中でもそれなりに、それなりの忠文は年も年季もあって相応なのだ。
しかし、辿り着かないかもしれない。その怖れはある。だが、兵を動かす大義名分と名声を与えるためには、高齢と家柄、座席がある彼以外、適任はない。要は兵を動員するにふさわしい地位と名があればいい)
あとは本当の将軍や、有能な家臣らがやり遂げてくれるからだ。ただ、帝を頂にした朝廷の御旗が必要。それには忠文しかおらぬ。
「実際の指揮は、高明殿と、帥輔。実頼」
「は。私と高明殿は、すでに現場に張り込み、兵士を設置して、臨戦態勢を取っております」
「高明殿が行かれるのなら、有難い」
聡明で、お上の異母兄弟であり、朱雀天皇のためなら身体を投げうってでも止める高貴な人物だ。だから、帝から若くして、朝廷の上位を与えられている。
「何としても、京入りを阻止します」
「うむ」
(帝の御子が産まれぬ今、皇太弟が立てられた)
次の天皇は帝の弟、成明親王(村上天皇)になる。
最近、朝議の席にも顔を出すようになっている。末席に座るまだ二十歳になったばかりの若者で、まだ幼い。精神的に。内裏で育てられた帝は、なかなか精神的な面が成長しない。
(我が息子は成明親王の女御に娘を入れた。が、帥輔はまだ。朱雀天皇は病弱でお体が悪いし、子にも恵まれず、多くの后は無理だと言われ、避けられ、それに、皇太后があれだ・・・誰もが次の天皇の御代を考えている)
どうカタをつけるか。忠平の命が尽きた後、誰に、どう遺言を残すか。
「時に昨今の疫病の侵入。人の行列と共に都へと広がっている。群衆と共にさらに増すだろう。これはどうする?」
「はい、対策を急がせております」
さすが、帥輔だ。言わずとも、采配が済んでいる。実頼より、配慮と思慮、実行力が高い。だが、忠平は誉めなかった。時に武力行使も必要。兄実頼なら、逡巡せず武力を振るう。人を圧する力の強さを知っている。
「人がくればさらに蔓延するだろう。帝の御子がおられぬ今、帝や皇太弟まで、流行り病に倒れられては困る。帝や内裏周辺の感染防止も強化せねばな」
「は。それも手配しております。帝や皇太弟などには、前もって煎薬を飲んでもらおうとしております、薬師を呼びますので、こちらへ」
「分かった」
「あ、成明親王、お待ちを」
道真公への恨みがあり、追放に加担した父の息子、元方は次は、次期天皇へ己の娘を入内させようと辺りもはばからぬ有様だ。
(次の天皇の御代に、必ず帥輔、実頼と対立するだろう)
栄光を得た者が安逸すると思われている。頂点に立つ者には常に、敵がいる。いつまでも安逸などが来ない。醜悪な政変を繰り返す腹黒い一族として悪名を馳せたが、失うのは一瞬。また得るのも、一瞬。
胸の痛みと共に、忠平は別の気配をも感じ取る。
また、朝廷に、新たな怨霊を生み出すかもしれない気配だ。
お世継ぎの問題に際してまた、政変が起こるかもしれない。誰かが朝廷を憎み、乱を起こすのかもしれない。
誰かまた、地獄の底から出て来る事変が起こる?分からない。だが、近々また、起こりそうな予感がする。怨霊がまた・・・生まれる予感が。




