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第1話

「お義母さん、これ、どうぞ、祭りにでも行って来てください」

「あら、久子さん。いいのに。いつも済まないね」

 義母親子に家を乗っ取られてから、久子は毎月のように、生活費を渡した。

 長谷川家の跡取りは、姫君である久子だ。義母親子は父が死んでから、ここぞとばかり、邸宅に入り込んで来て、自分がここの正妻だと主張始めた。

だが、もともと何のつながりのない義母親子だ。

 それが、父を失った長谷川家が大変だからと、深い同情と慈悲心で押し入って来て、問答無用で居座った。さらに、義母親子は、久子を継子として引き取ると言い出した。

 父の死に悲嘆に暮れて、世話でもするかと思いきや、姫君として育てられた久子は隅に追いやり、自分らは母屋で暮らす。久子には食事もろくに出さず、着物も与えない。小役人とかを呼んで、地券の名義を書き換えさせ、土地も自分のものにしてしまった。

 久子は真のおちくぼ姫と名付けて、自分の子ではない。だから、差は出ると言い出した。

 財産をもらうためには、そのうち、病気で消えたらいい。死なせるためには、冷遇が必要と言い出した。

 死なせられたら大変。と、久子が何をしたかというと、それはすなわち、働く事だ。農業、裁縫、内職。屋敷の片隅に追いやられても、出来ること。

 さらに、市場で代筆、反物の仲買や販売、食堂。金貸し等までしてみた。案外、うまく行った。

 父が学者であり、久子もさまざまな知識はあった。やってみたら、けっこううまく行くものだった。

 背に腹は変えられぬ。命の代わりになるのであれば、と、久子は時々、継母親子に差し出した。すると、継母親子も元は貧困層、背に腹は変えられない。追い出す口実を考えているにしても、持ち金は一切ない。出した食料はしっかり受け取る。食べ物の差し入れは、完食だ。すなわち、貢物はしっかりと受け取る。

 はぎ取り商売で味を締めた親子は、すっかり馴染んだ。奉公人を減らして、節約せねば足りない。だから、そもそも、お前が金を出せと言う。

「ちょっと、渋子。あの真のおちくぼ。まだ、いるのかい?」

「だって、お母様。深窓の姫君か何か知らないけど、本当に奥に閉じこもって、要塞化してるんだもの。罠が張ってあったり、廊下にビョウが撒かれてあったり、しっかりしてるのよ。かと思ったら、いないんだもの。婆やに言って必死に掃除してもらって、部屋に行ってみたら、どうも、町中で働いているみたいよ?」

「あんの奉公人ごときが、身分を落したのに、えらそうに。私が拾ってやったことを恩義にも思わないんで。逆恨みして、外で走り回ってるんだわ。最近じゃ、婆やより、仕事が出来るようになって、ますます、厄介になって来た」




(おかげで、炊事掃除の家事全般から、薬の知識、反物、裁縫の知識と、生活する面であらゆる力を身につけたわ)

 深窓の令嬢が、本当に深窓になり、追い込まれて、蛹みたいに閉じられたら、変身した。つまり、羽化したら、見たことも無いほどデカい蝶と代わっていた。のだ。

 農業。裁縫、屋敷の売買仲介、他人の家の掃除。建設現場の手伝い。本当に、万事、こなせる。何でも出来る人間能力商売人に。

 実は、深窓の姫君は、乙窪に追いやられたら、万能職業人と変わる。なんて誰が思った?誰も知らない。

「なんていう、曲者なんだい。なんだい?着物をはぎ取ったら、また着物を出された?あんた、うまいことゆするって言ってたのに、何をやってるんだい」

「だってえ、お母さまあ。久子はしたたかなんですもの。あの顔、いかにも仏頂面って感じでしょ。漬物を腐らせてやったら、味噌漬けを出す。敷物に墨を流してやったら、ふかふかの布団を出して来る。何でも厚かましくて、腹の立つ。そんな奴なんですわ」

「ちっ、たくよう、前も井戸に放り込んで引き揚げて、水をかけてやって、厳しくとっちめてやったのに、あれで死んだのでなかったのかい?効いてないのかい。お母さま、今月の地代、一貫、上がりましたわ。なんて持って来て」

「そうなんですわ、お母さまあ、どうするんです?」

「なんだい、生意気言えた柄じゃない、こちらは厄介者を養ってやっているんだ」


  虐げられ、たとえおちくぼ姫となっても、その生活力が猛々しく、何を頼んでもやり遂げてしまう。なんて、誰も思っていなかった。ので、義母親子も言いたくても何も言えなかった。

 しかし、折しも、義妹の渋子も婿を取らねばならないお年頃。婿が頻繁に訪れて住み出したら、隅で居座っている自称「姫」は、邪魔になる。

 そんな、とある日。月の綺麗な夜。

 久子が外に出てみたら、義母がいた。

 門内で、黒い外套を被った妙な男と義母が話していた。


「お頼みの件、お嬢さんには、二条のお屋敷の貴族が、側室にしたいと」

「へえ、二条のお屋敷といえば、公卿じゃない。いい案件、持って来たわね。ところで、そのお代はいかほどになるの?ええ、そんな額、前に御祈祷で返した分では足りないわね?まあ・・・ねえ、犬田僧円さん?そんなことをして、足がつかないの?」


「何、とある呪術で、よくあるものなんですよ。皆やってる。欲しがっている人は、いくらでもいるのです。何、運なんて、どこの誰かのものなんて、バレやしない。こそっと売っぱらったらいいんですよ」


(売る?いったい何を?)


 売るなども、聞き捨てならない。そもそも、義母は勝手に売っているが、もとはあばら家住みの者だから、自分の家に持ち込むには場所が無さすぎ、持ち出さないでいる。つまり、大切な家や家具などは、ここに置いておくはずだ。


(いったい何を。ウンとは・・・・?)

 

 父は学者で 学者の娘で、あらゆる書物や物品を集めていた。父のおかげで、久子も数々の知識を持っている。でも、ウン?そんなものはなかったはずだ。


 黒づくめの男。見るからに怪しい。特に感じたことがないような、ぞっとする気配を漂わせていた。全身から黒い邪気が漂っているように見えた。

 月夜に、義母との密会。何もかも、黒い気配がすることだ。


(お金は稼ぐわ。その気になれば、おちくぼにいても何でも出来る)


 まあ、義母が何を企もうと、お金を稼ぎ、もっと銭を出すことで、義母に圧をかけることが出来る。銭さえ手にすれば、何とかなる。



(はあ、しんどいわねえ。農家もやって、中抜き販売もしなきゃならないなんて。あ、代筆屋の写本も頼まれてたんだった。薬の配合も、そういや、板金も頼まれてたんだったわね。仕方ない。やるか。生活のためだもの。でも、おちくぼ姫であっても、案外、稼げるものね、有難い有難い)


 その後だった。婆やのふるが久子の部屋に飛び込んで来た。


「姫様、聞きなされ。姫様をどこかの屋敷に奉公へ出すのだと、それから、妙な陰陽師に姫様の幸運を売っぱらってしまった、と。ですので、姫様は普通の人より、運がありません。おそらく、本当は、奴隷売りです。厳しい奴隷生活へ売りに出されてしまいます。一人頼る者もなく、外へ出されたら、厳しさに耐えられず。死んで・・・」


 前代の時からいる婆やが泣きじゃくるのは、ただ事ではない。

 父の乳母であり、落ちくぼになってからも義母親子から守ってくれたり、食事を与えてくれたりした婆やだ。日頃、継母親子に媚びへつらいながら、敵情視察と称して、親子を監視して、常に久子と防衛線線を張って、助けてくれていた。



「姫様、何て言うことでしょう、婆やは悔しくてなりません。

 お父上が朝廷の官吏を勤めて、お役目に出た後、荷が盗賊に襲われ、船と共に海に沈んで、横領の疑いがかかり、お父上様にぜんぶの容疑がかかって、一族が、処分されました。それから側室親子。いきなり現れて、これ幸いと家に入り込んで来て、お嬢様の財産を己のものにしてしまいました。そして、お嬢様はこの家の奉公人となられた。ああ、おいたわしい」


「仕方ないわ、父がしたのは、したことで、私は本当に裁きが下ったのだもの。この家の奉公人にさせてもらったことは、官制の温情裁定よ。本当の奴隷にならずに済んだの。どこにも仕えず、ここで暮らせるのは、帝の御慈悲よ」


「けれど、あの親子が乗り込んで来たから、本当に奉公人にされて、奴隷と同じ暮らしになりました。姫様は従来通りこの家の主人として、荘園の地代も残り、悠々自適に暮らせるはずでした。そして、数年経てば、罪の見直しもあり、もとの官吏の娘として、元通りに暮らせたでしょう。あの親子が来なければ。ああ、おいたわしや。しかも、あなた様のご好運を、何か知らぬ、邪悪な陰陽師に売ってしまったという」


「あの陰陽師が、人の運など取って何をするの?」

 

 薄情な義母なら、久子の幸運も売るだろう。久子の運も尽き果て、それで今の今後さらなる薄幸の暮らしに落ちるのか?と、妙に冷静に見る自分もいる。


「ろくに名もない、怪しげな呪術師です。術も力も効くか分かりません。ですが、ちまたでは、幸運の売買というのをやっています。依頼人の命を伸ばすために、寿命を売るだの、怪しげな呪術師とか、祈祷師がやるのです。寿命一年分でいくらとか、平気で焚きつけてきます。交換法で、病気を治すために、人の病気と交換するのです。願掛けの妙な類の話です。異様な理屈です。でも、呪術の世界ではそれが信じられていて、運を上げるための売買もある。運気を上げるため、金運を上げるため、そこらへんでいくらでもあります。あちこち、そういう怪しい者たちの商売が暗黙裡に行われているのです」



「分かったわ。でも、今何ともない。だから、私は大丈夫よ」

 

(思い過ごしよ。きっと)

 

 呪というのを、人は皆、怖れる。だから、京の町にも、呪詛師や祈祷師、お祓いをする法師がたくさんいる。病や怪我を治すためや、幸運や祈願のため、人は仏様に祈ったり、呪をかけたりする。

 つまり、人は何かを願うため、呪をかける。この世は仏様の唱える説法の理が満たしていると信じているし、鬼とか、反対に仏の力、呪の力もあると信じているからだ。

 平安京の人はだから、毎日欠かさず読経したり、方替えを信じたり、ハレを選び、幸運の低下や気運の低下が起こらないように、こと細かな決まりを信じ、実行している。

 でも、久子はあまり目に見えない力は信じないほうだ。最近、農業などしていて、仕事というのは、体力第一と分かって来た。

 体の調子も悪くない。だから、気のせいと片付けた。呪術という存在と、男の姿を思い出し、ぞっとした。でも、本当に何ともない。健康体だ。だから、大丈夫。呪すら、跳ね返して見せる。


「まったく腹立たしい親子の限りです」


「仕方ないわ。薄いと言っても、関係ないとは言えない。本当のところは分からない。少なくとも今は」


「でも、これからどうなさるおつもりで?」


 思い詰めた久子は、わなわなと震える手で、棚から文箱を取り出した。もはや、頼れるものは、これしかない。最後の命綱だ。失えば、完全に今が奪われる。怖ろしさとともに、安息を久子は胸に抱きしめた。


「これはこっそり隠しておいたものだけど、父上の残した地方の土地があるの。そこへ行って、一人で商売か農業でもして、やり直すつもりよ」


「このまま、本当に奉公人か奴隷にされてしまったら、姫様もどうなるか分かりません。新しい土地で、そうなさったほうがいいでしょう。何事も万能に出来る姫様なら、きっと出来ます」



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