第19章「夢に鍛えられて」
人々は右へ左へと走り回っていた。中には鎌や木の棒を手に取る者もいた。
一人の村人が、黒装束の男の一人へ向かって突進する。
「死ねッ!」
男はその突撃を軽々とかわし、剣で腹部を貫いた。
深々と裂かれた傷口から鮮血が噴き出す。
村人はその場に崩れ落ちた。腹から流れ出た血が衣服を赤く染めていく。
その光景を目の当たりにした人々は悲鳴を上げ、我先にと逃げ始めた。
足の遅い者たちは次々と追いつかれ、刺し殺されていく。
黒装束たちは家々の扉を破り、家具を壊し、部屋を荒らし回った後、火を放った。
煙は空へと立ち昇り、むせ返るような臭いを辺り一帯に漂わせる。
そこへ新鮮な血の匂いが混ざり合う。
炎はすべてを深い橙色に染め上げていた。
涼、史郎、大輝は丘の上からその光景を見下ろしていた。
「くそっ! 何とかしないと!」
涼が叫ぶ。
三人の体は震え、顔色は青ざめていた。
「何をするんだよ? 俺たちまで死ぬ気か?」
史郎は拳を握り締めながら言い返した。
「……怖いよ……」
大輝は地面を見つめながら小さく呟く。
やがて侵入者たちは丘の上の三人に気づき、こちらへ向かって走り始めた。
「思いついた!」
涼はそう叫ぶと、すでに走り出していた。
三人は丘を駆け下り、涼の家の裏口から中へ飛び込んだ。
家の中で床板を一枚持ち上げる。
その下には一本の剣が隠されていた。
「なっ……どうして……?」
史郎が目を見開く。
「説明してる時間はない! 二人とも俺の後ろに!」
涼は答えた。
「それ、史郎のお父さんの剣を盗んだんじゃないよね?」
大輝が尋ねる。
「だから時間がないって!」
涼はそう言いながら二人の前に立った。
ほどなくして家の扉が破壊される。
侵入者たちがなだれ込み、目につくものを片っ端から壊していった。
三人は外へ飛び出した。
路地を縫うように走り、村の外れへ向かおうとする。
「ま、撒けたかな……?」
大輝が息を切らしながら尋ねた。
その時だった。
一人の黒装束が目の前に現れる。
身長は百八十センチほど。
手にした剣の刃が太陽の光を反射していた。
「運がいいな……追い詰められたウサギが三匹か」
涼は剣を構え、その男を睨み返した。
「だめだ! 村に戻らないと! みんなが危ない……父さんも危ないんだ!」
史郎が荒い息を吐きながら叫ぶ。
涼は眉をひそめ、ため息を吐いた。
「逃がしてくれる気はないみたいだな。戦うしかない!」
数歩前へ出る。
そして剣先を男へ向けた。
「史郎、手伝ってくれ。お前が俺の目になれ。どこを狙ってくるか教えてくれ。大輝は俺たちの後ろへ」
史郎は横へ移動し、モノクルの位置を整えた。
相手の姿勢、呼吸、重心移動。
そのすべてを観察する。
「わかった!」
大輝は数歩後ろへ下がり、胸元で両手を握り締めた。
「気をつけて、涼……」
男は剣を振り上げ、一気に距離を詰める。
「左だ!」
史郎が叫んだ。
涼は剣を左へ動かし、攻撃を受け止める。
激しい金属音が響いた。
衝撃で数歩後ろへ押し込まれる。
「助かった!」
男は目を細めた。
「調子に乗るな。ただのまぐれだ」
再び剣を頭上へ振り上げる。
「正面!」
史郎が叫ぶ。
涼は中央で剣を構え、斬撃を受け流した。
だが男はさらに力を込める。
少年の筋肉が皮膚の下で浮き上がった。
次の瞬間。
男の蹴りが腹部に突き刺さる。
涼の体は吹き飛ばされた。
「変わらんな。結局お前は弱いままだ」
涼は腹を押さえながら叫ぶ。
「弱い……? 俺が弱いだと!? ふざけるな!」
剣の柄を握る手に力がこもる。
指先が赤く染まった。
男は再び突進した。
今度は予測不能な軌道で剣を振るう。
史郎は目を凝らして動きを追った。
「右!」
涼は剣で受ける。
だが衝撃で足がぐらついた。
刃が防御をすり抜ける。
腹部に鋭い裂傷が走った。
涼は後ろへ飛び退く。
「危ない!」
大輝が叫ぶ。
その手は震え、冷え切っていた。
「ハハハ! お前は自分の立場も理解できない愚かなガキだ!」
男が嘲笑する。
「黙れ!」
涼は血を吐き捨てた。
「坊主、よく聞け。お前の努力など無意味だ」
侵入者は言う。
懐へ手を入れる。
そして一本の短剣を取り出し、涼へ向かって投げつけた。
「右!」
史郎が叫ぶ。
額を冷たい汗が伝う。
だが間に合わない。
短剣は涼の腕を深く切り裂いた。
「涼!」
大輝が顔を青くして叫ぶ。
「坊主……まだ理解していないようだな」
男はゆっくりと歩み寄る。
「どれだけ戦おうと、どれだけ強くなろうと、どれだけ賢くなろうと……必ずお前より強い存在がいる」
涼の腕は焼けるように痛み、血が流れ続ける。
足から力が抜けていった。
剣先がわずかに下がる。
男は踏み込み、その刃を涼の胸へ真っ直ぐ向けた。
その瞬間――
大輝が涼の前へ飛び出した。
剣がその体を貫く。
「大輝ッ!」
史郎は膝から崩れ落ちた。
血が衣服を真っ赤に染めながら流れ落ちる。
唇からも細い血の糸が垂れていた。
男は剣を引き抜き、数歩後ろへ下がる。
「くだらん。これ以上時間を使う価値もない」
大輝の体は重々しく地面へ倒れた。
史郎は駆け寄る。
涙が頬を伝い、頭の奥が激しく脈打った。
「だめだ……大輝……だめだ……」
「大丈夫……」
大輝の声は弱々しかった。
まるで消え入りそうな囁きだった。
「僕は……二人みたいに特別じゃないから……でも……二人はきっと、すごいリーダーになる……二人は……本当にすごいんだ……」
咳き込み、血を吐く。
瞳の光が少しずつ薄れていった。
「へへへ……天国には……すごい料理があるのかな……きっと母さんが……最高のデザートを用意して待ってるよね……」
呼吸が止まる。
その体は動かなくなった。
「やめろ……大輝ッ!!」
涼が叫んだ。
その場に崩れ落ちる。
目は光景から逸らせなかった。
史郎の視界は涙で完全に滲んでいた。
友の亡骸を抱きしめる。
「……ありがとう……最高の友達だった……」
史郎のモノクルが地面へ落ちた。
すべてが静かだった。
あまりにも静かすぎた。
燃え盛る家々の爆ぜる音だけが、遠くで微かに響いていた。
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