008 牢獄の番人
前回までのあらすじ
『忘却』の無力化に成功したのも束の間、奴の仲間と思しきもう一人の襲撃者に不意を突かれ、アインが貫かれてしまった。
「アンバーさえ手に入れられればと良かったのだが……ククッ、まさか、オマケまで手に入るとは」
目の前の光景をアタシは疑う。
この場の誰よりも強いはずのアイン君が、誰にも気取られず現れた第三者の凶刃に貫かれたなんて。
「高笑いしてるところ悪いけど……」
疑いを払拭するように、低く芯の通った美声が庭に響く。
「ここを誰の庭だと思っているの?」
春だというのに吐息が凍り、そして、凍てついていくのが空気だけではないことに気が付く。
襲撃者の足元には氷が根を張り、彼に抵抗を禁ずる。
「アストレア!」
「膝の感覚は奪ってない、跪くための力は、まだ残ってるでしょう?」
屋敷の主は悠々と門扉をくぐり、カツカツとヒールの足音を鳴らしながら帰還する。
「あら、まだ膝をつかないのね。確かに、そんなに高い所にいられたら、せっかく跪いても頭が高いままだものね――アイン」
「仰せのままに」
貫かれ、力なく項垂れていたように見えていたアイン君が、息を吹き返したように突き出された襲撃者の腕を強く握り、屋根の下へ放り投げる。
「なっ!?」
「『どうして? 確かに腹を貫いたはずなのに!?』 って顔ね」
地べたに転がされた襲撃者を見下ろしながら銀髪の麗人は冷ややかな笑みを浮かべる。
「私、バッドエンドって嫌いなのよね、演劇でも後味の悪いエンディングのを観ると楽屋に乗り込んで脚本を書き換えてやりたくなっちゃうの」
社長のネックレスに施された薄いピンクの石が輝く。
「『永遠』の薔薇水晶ッ……」
「正・解♪」
その口ぶりは軽やかに、しかし上品に微笑む。
「私の世界に美しくないものは存在できない。醜きは滅び、美しきは美しいままに、それが私の能力────『永遠』」
我らが敬愛すべき社長、彼女は視界内の美しいと認めたもの、美しいと思ったものを朽ちることを許さず、壊れることを許さない。美を醜く変貌させるあらゆる変化を拒絶する。
簡単にまとめれば、任意の対象に絶対防御を付与する能力。
「作法がなってないわねご客人。主の許可なく屋敷の敷居を跨ぐものではなくてよ」
チェックメイト。
投げ飛ばされた襲撃者は地面と熱い抱擁を交わし、氷で更に密着を強めてる。地面さんと名も知らぬ襲撃者の激アツカップルの誕生だぜ。
「い、一体……いつから気づいていた……!」
「私が彼女の側を離れるタイミングを見計らっていた頃……一ヶ月以上前からかしら?」
確かに薄っすらと感じていた。
実はここ一ヶ月くらいは社長が送り迎えをしてくれていて、何かに警戒してる風だった。
「今日はアインが来るって言ってたから、この機会に鬱陶しいハエどもを一掃しようと思ったんだけど、まさか、アインが苦戦するとはね」
「違うんすよ、アストレア閣下!」
「言い訳は後で聞くわ、それと『閣下』はやめて。私はもう貴族じゃないって何回言わせれば理解するの?」
かっけぇ、流石、社長だぜ……。
「子供たち、ソル、プラム、ごめんなさいね。アインがいるから貴方達に危害は及ばないと思ってたのに、怖い思いをさせちゃって」
「全員無傷、なんだかんだオトン頑張ってたから大丈夫!」
「自分の実力を測るいい機会になった、問題ないよ」
アタシはアルに抱きかかえられながら、屋根から庭へと着地する。まさにお姫様気分。
「制限装置がなかったら、ウチがまとめて捻り潰したのに」
「『捻り潰す』が文字通りの意味になるから絶対にやめてね」
こうして、慌ただしい日常の一幕が終わりを迎えるのだった──と綺麗に畳めたら良かったのだけど。
「団欒してるところ悪いが、勝ちを確信するのはまだ早い!」
「ッ!? プラムッ!」
異変にいち早く気づいたのは、未だ屋根の上にいたアイン君だった。
氷で張り付けにされてたはずの襲撃者がぬらりと立ち上がる。服から溶けた氷を滴らせながら。
「え?」
社長の視界の中にいたから、アタシの身に怪我はなかった。だけど、襲撃者がアタシの喉元を狙った刃は、アタシのルーペ、琥珀を下げた紐を斬り裂いた。
「命までは届かなかったが……まあ、此度はこれで十分」
「逃がすかよ!」
アイン君が屋根の上から飛びかかる。
しかし、剣を掲げた腕がグラつき、獲物を狙う目が虚ろになる。まるで今自分が何をしているのか『忘却』したかのように目的を失った体は派手に墜落する。
「忘却! まだ意識があったの?」
「黒玉、撤退だ」
「……燐灰石……いいや、まだだフォルトを……菫青石と太陽石を砕けていない」
ふらふらと立ち上がるジェットと呼ばれたやせぎすの青年を顔を隠した襲撃者アパタイトが担ぎ上げる。
「最低限の目標は達成した。薔薇水晶が合流した以上、戦闘での勝算は低い」
「このまま帰すとでも?」
「それが出来るから、我らが選ばれた……!」
アパタイトの記石が鈍く光ると、二人組の姿が煙のように立ち消える。
「……はぁ、アインが不意打ち食らった時点で察してたけど、瞬間移動か認識阻害ね。ソル、耳で追えそう?」
「多分もうこの辺に居らん、足音すら聞こえへん。ラヴィなら追えそうやけど」
「この場にいない子に頼っても仕方ないわね」
急に刃を向けられ放心としていたアタシの近くに、アルがとことこと近づいてくる。
「プラム、怪我はないか?」
「ないけど、琥珀が……」
今になって恐怖心が遅れてやってきて、足が小刻みに震える。
なので、無意識のうちにアルを抱き寄せていた。
「おい……いや、今だけは勘弁しよう」
「どうしよう……『追憶』使えなくなっちゃったらアタシ……明日からどうしたらいいんだ ろ……」
「いつになく、しおらしい」
「仕事クビになるぅ!」
「………」
あきれた顔を見せるアルだけど、実際問題死活問題だ。アタシは能力ありきで古物査定をしている。能力のないアタシは品出しとレジ打ちと買取受付しかできない。
「後で予備の原石を買ってあげる。元の琥珀じゃないけど、能力は扱えるはずよ」
「そうなの?」
「一度でも記石の原石を輝かせた人は原石さえあれば、何度でもを輝かせることができるの。というか襲ってきた連中の目的が意味不明ね。他人の記石なんて持ってても能力が使えるようになるわけでもないのに」
「その辺は捕まえてから吐かせても良いんじゃねぇですか?」
アイン君はそこそこの高さから落ちたというのに傷一つない体を起こしながら、何事もなかったかのように話に加わる。
「とりあえず街の中は治安局に連絡して、巡回を強化してもらうわ。忘却がいる以上、あまり期待できそうにないけど」
「ああいう後ろ暗い連中が街の中で潜伏を続けるとも考えづらい、街の外……人目を避けたいとなると、考えられるのは……」
「禁域ね」
許可のない人間が立ち入るのは法律どうこう以前に正気とは思えない危険な場所だけど、どう考えても他人の家に勝手に上がり込んで暴れた連中がまともとは思えないし、可能性は十分にある。
「アイン、連絡を頼めるかしら」
「そう言うと思って、すでにフォルトに禁域内で不審人物を見かけたら取り押さえるよう連絡を入れてますよ閣下」
「閣下はやめて、公爵位を返還してどれだけ経ってると思ってるの」
「騎士だった頃の癖が抜けないもんで」
アストレア邸襲撃事件と呼称される今回の一件は一先ずの幕引きを見せた。
ただ、この一件は後に、この終末世界にさらなる混乱を呼び寄せることになることを、そして、アタシ、梅守こはくに取って新たな人生の転換点になることを、この時のアタシはまだ知る由もなかった。
アーカイブファイル007
フォスフォロス・アストレア 称号『豊穣の女神』
クラス:代表取締役社長 能力:『永遠』
武器:なし
年齢:34歳 185cm 髪色:白銀
出身:旧帝国領中央 レグルス 記石:薔薇水晶
好きなもの:身内、観劇、美容、船
嫌いなもの:富の独占、怠惰、醜悪
ステータス S〜E
火力:B 耐久:S 敏捷:E 指揮:S 支援:A 射程:A
旧帝国時代、領主として西都アストレアを治め、現在は帝国から独立した企業連盟国家ヴィルゴにて巨大グループ企業、アストレア財閥の代表取締役社長兼連盟盟主を勤めている。
領主時代から市民の商業活動を熱心に支援しており『経済は国家の血流』とし、領内の成人は必ず企業連盟のいずれかの社員になり、社会活動を行えるようにしていた。
帝国が解体され、貴族制が廃止となり爵位を返還したあとも民衆からの支持は絶大で、アストレア領が独立した国家となった後、民衆から盟主として上に立つことを望まれた。
現在の会社は、領主時代に傍らで展開していた海運会社が元となっており、旧帝国領内のあらゆる流通に一役買っている。
先代皇帝の実弟。元は皇家レグルスの人間だったが、幼い頃に縁戚関係のある公爵家アストレアに養子に出されている。
現在血縁のある親族は甥である■■のみ、ソラリスは領主時代に侍女として雇っていた縁もあり当時から養女として迎え入れており、現在も母娘として良好な関係を築いている。
アーカイブファイル008
企業連盟都市国家『ヴィルゴ』
『人類の希望を商う企業集う国』
帝国西都アストレア領が帝国から独立した国。
円卓に所属する国の中でも王国に次いで人口が多い商業と美しい景観が特徴の海沿いの都市国家。
留学支援制度や適職診断、助成金など就業支援制度が充実しており、国民の就業率は100%などという話が真実味を帯びている。
複数の企業が加盟している企業連盟が国の舵を取る変則的な民主主義国家で、加盟企業のトップが議員を兼任する形で政治を行われている。
盟主は巨大グループ企業アストレア財閥のフォスフォロス・アストレア。盟主という立場ではあるが、権力の集中を避けるため、国会内では資本力と関係なくどの企業も同等の権力を持つ。
それでも、アストレア本人の信頼が厚いこともあり、異なる企業が名を連ねる連盟制でありながら、国家の運営は皆協力的。
世界でも有数の都会であり観光地としても有名。
フォルトの活動には協力的で資金援助も度々行っている。




