第79話 華やかな舞台の裏で(6)
遥か上空で、俺は魔力を放出。
そして同時に、眼下に散らばる緑褐色のゴブリン達全てを、素早く捕捉した。
自慢じゃないが、俺はすこぶる目がいいんだ。
一匹たりとも見逃すもんか。
『大丈夫です。私の魔法は百発百中なのです!』
――そういえば、舞台上でイケメンマルヌは、声高らかにそう言ってのけた。
あの時はただただ恥ずかしいだけだった。
しかし今となっては、あの彼の言葉に恥じないだけの実力を示さなければと、強く思う。
彼は舞台の上で見事に魔王を仕留めて見せた。
ならば本物である俺も、負けていられないじゃないか。
静かなる決意を胸に、俺は放出した魔力を一斉に発射した。
***
マルヌスが発射した無数の魔力の粒は、まるで周りの空気を取り込むかのように捻れながら、目にも止まらぬ速さで進んでいく。
その軌道の中で、取り込まれた空気は次第に氷の結晶を成し、やがて氷の弾丸となる。
先日、生徒会書記係のレタリーは、マルヌスの魔法についてこう分析していた。
――体内で魔力を練るのではなく、空気中に微弱に存在する『既に属性が付与された魔力』を取り込んで、魔法を形成しているのではないか、と。
まるでその予想を体現するかのように、周りの空気を取り込みながら形作られるマルヌスの氷弾。
一方でそれを作っている本人に、その自覚はない。
遥か上空から、まるでゲリラ豪雨のように突発的に降り注いだ無数の氷の弾丸は、その全てが術者であるマルヌスの狙ったもののみを的確に貫いた。
***
――ある一人の女性が、洗濯物を干していた。
彼女は最後の一枚を干し終えると、「よし!」と満足げに呟いて、空になったカゴを手に部屋の中へ戻ろうとする。
しかしその瞬間、彼女の目の端に、一筋の飛来物の影が映る。
「――やだ! 雨!?」
せっかく洗濯物を干し終えたところだったのに、雨に降られてはたまらない。
彼女は振り返った。
「……気のせいかしら」
天気は快晴。雨雲の気配など微塵も感じさせないほどの澄み切った青空。
その中にポツンと浮かぶマルヌスの姿など気付くはずもなく、彼女は首を傾げながらも部屋の中に戻っていった。
彼女が一瞬だけ目にした飛来物の正体は、マルヌスの放った氷弾。
家の脇の小さな路地にて、悪巧みに嫌らしい笑みを浮かべていたゴブリンが氷弾に貫かれ、そのニヤけた面のまま絶命していたことを、彼女が知ることはなかった。
***
――ある一組の老夫婦が横並びに歩いていた。
今日は暖かな陽気に包まれた絶好の散歩日和。
「いい天気ですねえ」
「そうだなあ」
お婆さんの言葉に同意して微笑むお爺さん。
しかし、そんなお爺さんの後ろから駆けてくる一つの影があった。
――ゴブリンである。
ゴブリンは素早くお爺さんに忍び寄ると、勢いよく飛び上がり、手にした棍棒を横に振りかぶった。
そしてそのまま、お爺さんの後頭部に向けてフルスイングした。
――ちょうどその時。
「……おっと!」
お爺さんは足元の小石につまづき、前のめりにバランスを崩した。
それにより、ゴブリンのフルスイングは空振り。
「あらあら、危ない。
……手を繋いでいて、よかったですねえ」
「そうだなあ。ありがとうよ。
二人とも転ばなくてよかったなあ」
それとほぼ同時に、頭上から飛来してきたマルヌスの氷弾に貫かれたゴブリンは「ギッ!」と短い悲鳴をあげて絶命した。
「……今、何か聞こえたような……」
「ん? わしは何も聞こえなかったぞ? 気のせいだろう」
老夫婦は何事もなかったかのように再び歩き始めた。
***
「――うわあああ!」
一人の男の子が、ゴブリンに襲われていた。
彼は先程、マルヌスと動く影との一瞬の攻防を目の当たりにし、『将来は魔法使いになる!』と息巻いていた男の子だった。
その悲鳴に即座に反応したのは、そばにいた彼の父親。
荷物の入った大きな箱を抱えていた父親は、それを放り投げた。
その際、箱に入り切らず、手で持っていた大根だけはそのままに、男の子に駆け寄る。
突然の魔物の襲撃。
いち八百屋の主人である父親は当然魔物ハンターではない。
戦闘経験など以ての外。
それでも、息子に危害を加えようとしているゴブリンの姿に怯む様子はなかった。
「なにしてんだぁぁッ!」
父親はゴブリンの腹部を蹴り飛ばし、ゴブリンを息子から遠ざける。
体重の軽いゴブリンは吹っ飛ぶが、それでもほとんどダメージはなかった。
ゴブリンは再び襲いかかろうと駆けてくる。
父親はそれを迎え撃つ。
棍棒を振り上げて飛びかかってくるゴブリン。
父親は手にしていた大根を横に振りかぶった。
「――八百屋……舐めんなぁぁッ!」
そして大根を横一線に振り抜く。
だが、少しだけ早かった。
大根のリーチがギリギリ届かないタイミング。
ゴブリンはそれを察して、ニヤリと笑った。
そんなゴブリンの頭頂部に、マルヌスの放った氷弾が降り注ぐ。
氷弾はそのままゴブリンの頭を貫通。
余裕の表情を浮かべていたゴブリンは即座に絶命し、力無く地に落ちた。
空を切る大根。
しかし傍目には、父親の振り抜いた大根がゴブリンを倒したようにも見えた。
手応えのない父親は、「あ?」と短く声を発し、首を傾げる。
一方で、そんな父親の姿に、息子は目を輝かせていた。
「――父ちゃん!
俺、やっぱり大きくなったら八百屋になるッ!」
「ん? ああ。そうか?」
父親は釈然としなかったが、息子の様子に満更でもない笑みを浮かべた。




