第78話 華やかな舞台の裏で(5)
***
防御障壁に弾かれ、盛大にバランスを崩しているゴブリンに向かって、俺は氷の弾丸を撃ち込む。
「ギャウッ!」
短い断末魔を上げて動かなくなったゴブリン。
それを確認してから、俺は改めて襲われていた人達に視線を向けた。
「ひいっ! ……ヒイッ!」
頭を抱えてうずくまったまま、ガタガタと震えている、サクリー役だった男。
「ひひひ……消えたぞ……消えたぞ……」
焦点の定まらない虚な目をこれでもかと見開き、病的に青黒い顔色でボソボソと呟いている、サーロン役だった男。
――そして、俺のことを『騎士君』と呼んだ、魔弾の射手役だったイケメン。
最後の彼だけは正気を保っている様子だった。
しかし、あまりの出来事に状況が飲み込めていない様子の彼は、突然現れた俺に対しても懐疑的な目を向けていた。
そんなに警戒しなくても……と思ってしまうが、彼の気持ちもわからなくはない。
俺だってまだ、この状況を飲み込めたわけではない。
そんな状況下において、身の回りのあらゆることに警戒するのは正しい選択だと思う。
ましてや彼は直前で、身内であるはずのサーロン役の男に殴られていたのだから。
――そう。その光景は見えていた。
彼は明らかに後ろの二人を守っていた。
そんな彼に、恩を仇で返すかの如く、容赦無く拳を振り抜いたサーロン役の男の心境は、一体どんなものだったのか……。
そう問い詰めたくとも、今のサーロン役の男の錯乱状態を見れば、とてもじゃないが聞き出せる様子ではない。
それにしても『騎士君』とは?
と疑問に思ったが、すぐに、先程の劇場の出口付近での会話を思い出した。
『ハハッ! これは失礼!
素敵な騎士がいらっしゃったんですね』
レビィをナンパしていた彼を、恨めしそうに睨みつけていた俺に対して放たれた言葉だ。
その光景を思い出し、ふと次の疑問が浮かぶ。
今、目の前にいる彼は、本当にあの時の彼と同一人物なのだろうか?
それほどまでに、纏っている雰囲気というか、オーラが違いすぎる。
あの時の彼は、自信に満ち溢れており、その余裕が彼の言動にそのまま表れていた。
対して今の彼はどうだ?
端正な顔立ちは湧き上がる不安によって歪み、自信の無い様子が感じ取れる。
その自信の無さの現れか、スラリとした長身だったはずが、今や幾分小さく見える――
――それでいて、怯えながらも、彼の目は決して、目の前のゴブリンから逸らされることはなかった。
こちらに駆けてくる途中で見えていたんだ。
彼が防御障壁で、ゴブリンからの攻撃を耐えてくれていたのも。
サーロン役の男に殴られたことで、一瞬、集中が途切れて、防御障壁が解除されてしまったのも。
彼が耐えてくれなかったら間に合わなかった。
まだ経緯はわからないものの、なんとなくだが、わかることがある。
きっとあのサーロン役の男とサクリー役の男は、このイケメンのことをよく思っていなかったんだろう。
あの橙色の玉のことを『呪いのお守り』って言っていた事から、誰かしらを恨んでいたのは明白。
加えて、自分達のことを守ってくれている彼を殴り飛ばした事から、その恨みの矛先も自ずと見当がつく。
そんな人の悪意に気付けるようになったのも、ディックのおかげかも……なんてな。
とにかく。
自分を快く思わない者の事を、身を挺して守れるなんて――
「――あんたの方が素敵な騎士だよ」
俺は未だ怪訝な面持ちの彼に背を向け、その場で高く跳躍した。
そして空中に、地面と平行に防御障壁を展開。
それを踏み台にして跳躍し、さらに上空へ。
それを繰り返す。
ガントをグリーンドラゴンの頭上に送り出した時を思い出すな。
しかし今は、あの時よりも高く……。
ええい! 次ので一気に行くぞ!
次なる着地点として展開した防御障壁の平面に足が触れた瞬間、少しだけ沈み込む。
その沈み込んだ力が跳ね返ってくる反動で、俺の体は一気に空高く打ち上げられた。
これは、ポポロミート杯でガントにとどめを刺した時に使った技だ。
氷の弾丸を跳弾させて、なおかつその弾速を加速させるのに使った技術。
……なんかさっきから、ガントとの思い出ばっかりだな。
白い歯を見せ、むさ苦しい笑顔を向けてくるガントの顔が浮かんだ。
……やめやめ。振り返るの、やめ。
澄み渡る青空。
穏やかな太陽の光。
そんな気持ちの良い空に高く舞い上がった俺は、眼下に広がるロータスの街並みを見下ろした。
ここからなら、街が一望できる。
ロータス城はもちろんのこと、ポポロミート学園やロータスのギルド、今日レビィと待ち合わせた中央の噴水広場すらも見渡せる。
石畳に並ぶ家々。
活気あふれる商店通り。
子供達の無邪気な笑い声。
そんな光景に、俺は自然と口元が緩んだ。
この街に住み始めて、わかってきた事がある。
ブロル山にいただけでは知り得なかった美しさが、この平和なロータスの街には溢れているのだ。
――しかし、嫌でも目に入ってしまう。
そんな美しさを脅かそうと散在する緑褐色の点々が。
幸い、まだこの事態に気付いていない人も多い。
一刻も早く、散らばったゴブリン達を一掃する。
それが今、俺がすべきこと!




