第76話 華やかな舞台の裏で(3)
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場所は変わって、ここは先程舞台が上演されていた劇場の外。
「よお! ご苦労さん!
悪いなぁ。主演で忙しいのに、後片付けまでさせちまってよ」
サーロン役の男は、前方にいる若い男に対して、あっけらかんとしたした声色で呼びかけた。
「いえ……」
浮かない顔でそれに答えたこの男は、先程の舞台の主演――マルヌ・スターヴィン役の男だった。
今の彼の姿はとてもじゃないが、舞台上で自信たっぷりに振る舞っていたあの『魔弾の射手』とは似ても似つかない。
実の所、彼自身は、役柄からは想像もできないほどに、控えめでおとなしい性格なのである。
先程、舞台終わりの出口で見せていたファンサービスも、あくまで役を憑依させたまま対応していただけであり、彼の中でのマルヌ・スターヴィンのイメージをそのまま具現化させた、偽りの姿だった。
尤も、この事実を本物の『魔弾の射手』であるマルヌスが知ったら、「とんだ風評被害だ!」とすぐさま怒り出すだろうが。
それほどまでに、謎に包まれた伝説の魔法使い――『魔弾の射手』に対する世間からのイメージは、美化されすぎていたのだ。
――そんなマルヌ役の男の浮かない顔などお構いなしに、サーロン役の男は薄ら笑いを浮かべながら話し始める。
「お前も大変よなぁ。なんだっけ? あの、なんとかって学園」
「……ポポロミート学園、ですか?」
「そうそう。その、ポラポラマーマ学園。
魔法の才能なくて、中退しちまったんだろ?」
悪びれる様子もなくそう言い放たれたマルヌ役の男は、悔しさを押し殺すように、唇をキュッと強く噛み締めた。
「でも、良かったじゃねぇか。そんなお前も今や、人気の舞台俳優だ。
その面で産んでもらっただけでも、感謝しねぇとなぁ?」
「ちげーねぇ!」
サーロン役の男の調子に合わせるようにして、サクリー役の男もケラケラと笑い出す。
「ほんじゃま、いつもの店行こうぜ?」
サーロン役の男は踵を返し、サクリー役の男にそう促した。
彼らは舞台終わりにいつも顔を出す、行きつけのバーに向かうつもりであった。
「――いい加減、やめたほうがいいんじゃないですか?」
そんな彼らの後ろ姿に、ボソリと語りかけるマルヌ役の男。
彼の言葉を聞いたサーロン役の男は、「あ?」と低く唸ると、鋭い眼光でマルヌ役の男を睨みつけた。
マルヌ役の男はその迫力に圧され、思わず息を呑む。
しかし、意を決したように重い口を開けた。
「いつも行くバーで、やってるんですよね? ――クスリ」
彼の言う『クスリ』とはもちろん、病気や傷を治すためのものではない。
――違法薬物のことである。
二人が、違法薬物として知られる『アマリナ』の常習者だという話は、この業界では有名だった。
そしてこの話は、まだこの業界に入って日の浅いマルヌ役の男の耳にも入っていた。
その問いに対して何を答えるでもなく、依然として鋭い眼光で睨み続けてくる目の前の二人。
そんな彼らに内心では臆しながらも、拳をぎゅっと握り、自らを奮い立たせながら、ゆっくりと口を開く。
「……僕たち俳優は、みんなにひと時の夢を与える立派な仕事です。
僕はこの仕事に誇りを持っている。
お二人もそうなんじゃないんですか?」
ここまで言ってしまえば、もう後には引けない。
マルヌ役の男は続けた。
「――お二人は、クスリに依存し、蝕まれている自分自身に後ろめたさを感じないんですか!?
恥ずかしくないんですか!?
そんなんでお客さん達の前に立って、胸を張って堂々としていられるんですか!?」
勢いに任せ、次第に声が荒くなっていくマルヌ役の男。
しかし、そんな彼に充てられたかのように、サーロン役の男の額には、うっすらと青筋が浮かぶ。
「てめぇ――言ってくれるじゃねぇか……ッ!」
そうしてついに、サーロン役の男は、自分の目の前で声高らかに持論をのたまう若造に対して、我慢の限界を迎えた。
「俺だってなぁ! お前くらいの時には、誰もが憧れるような俳優になってやるって、目を輝かせていたさ!
いつまで経っても、金にならねぇ芝居を続けた。
それでもいつか、俺だけを照らすためのスポットライトを浴びてやると、泥臭く続けた。
そうしてやっと巡ってきたと思ったんだ!
だが現実はどうだ!?
蓋を開けてみれば、ポッと出の――素人に毛の生えた程度の顔だけ野郎をヨイショするだけの、ただのお飾りじゃねぇか!
――クスリでもやらねぇとやってられねぇだろが!」
実際には、彼がクスリに手を出したのは、この対魔十英雄譚の舞台が始まるよりも前だった。
そのため、今しがた彼が力説した話は、マルヌ役の男に対する完全なる言いがかりである。
思いの丈を喚き散らしたサーロンの役の男は、後ろのサクリー役の男が両腕に抱えている呪いのお守りを数個、乱暴に鷲掴みにする。
「――そりゃあ、こんなガラクタに縋りたくもなるさ」
そう言って、玉の内部で怪しくゆらめく橙色の光をぼんやりと見つめる。
すると、今までの激しい怒号から一転、まるで何かに取り憑かれたかの如く、静かな声で恨めしそうに呟き始めた。
「目障りなんだよ、お前は。
……なあ、頼むからさ。消えてくれないか?
みんなにひと時の夢を見せたいんだろ?
だったらよぉ。俺にも夢、見させてくれよ……」
虚な目でそう語る彼の声に呼応するかのように、彼の手にする玉が、強烈な光を放ち始めた。




