第64話 後日談(2)
「――ディック君が全て話してくれたんだ」
アルテアさんの言葉に、目を閉じながらも優しい笑みを浮かべるダーリィ先生。
そうか。ディックが――。
彼の中でなんらかの心境の変化があったのだろうか。
自宅謹慎期間に入った今、彼の気持ちを確かめる術はない。
尤も、自宅謹慎が解けたとしても俺から訊ねる気はさらさらないけども。
「とは言え、マルヌス君を襲った生徒達については、ディック君が直接声をかけた者以外にもいたようだが……?」
アルテアさんはそう言って、不機嫌そうな顔で隣に座るガントに顔を向けた。
なるほど。俺を襲う噂を聞きつけて便乗してきた者もいたと言うことか。
ガントは目を閉じたままだったが、その先が自分に向いていることを察した様子でおもむろに口を開く。
「……口を割わせた。無理矢理な」
おおっ……。
既に俺を襲った事が明るみになっている生徒から聞き出す事で、芋づる式に引っ張り上げたということか。
それにしてもこの、手段について深く語らないスタンス――こええ。
縮み上がる俺とは対照的に、アルテアさんは「ハァ」と呆れたように溜息をついた。
「相変わらず君はスマートじゃないな。
もう少し利口に、穏便な手段が取れないものか?」
その言葉を皮切りに、ガントは硬く瞑っていた目を開いた。
「なら他にどんな手段があると言うのだ?」
「それは私が考える事ではない」
「なら何も言われる筋合いはない!
大体お前、さっきから組んでる足が俺の脛に当たっているんだが!?」
「それは君が足を広げすぎだからだろう?
そんな事を言ったら、君も私のスカートの裾を踏んでいる」
「なにおぅ!?」
――ああ、これか。
いつぞや食堂でシエルが言っていた事を思い出した。
アルテアさんとガントは幼馴染で、昔から喧嘩ばかりしていた、と。
あの時はアルテアさんの理詰めによる圧勝を思い描いていたが、目の前の光景はさながら子供の喧嘩だな。
「まあまあ。それくらいにしとけー」
ダーリィ先生が仲裁に入ると、二人は納得のいかない様子のまま互いにそっぽを向いた。
「ということだ。マルヌス、お疲れさん」
「ははは……。失礼しますね」
二人の様子に苦笑する先生に軽く挨拶をして、席を立つ。
そうして部屋を出て扉を閉める直前。
去り際の俺に、部屋の中からガントが声を掛けてきた。
「マルヌス。昨日は楽しかった。
また手合わせできる時を心待ちにしているぞ。リベンジだ!」
そう言いながら拳を俺に向けて笑う。
よかった。どうやら昨日の件、怒っている訳じゃなさそうだ。
「……いいや、ごめんだね」
俺も笑って返事をした。
これは冗談のように見せて本心だ。
昨日痛感した事だが、彼のようなフィジカルモンスターと戦うのは骨が折れるのである。
「なあに、お前が風紀委員に入ればいつでも模擬戦の機会を設けられるぞ!」
ん? 話聞いてた? 断ったつもりなんだけど。
そして何やら初耳の提案が出てきたな。
と考えている間に、今度はアルテアさんが口を開く。
「何を馬鹿な事を。彼は生徒会に入るのだ。
大体、彼のような細身の男が、野蛮で無骨な風紀委員に馴染める訳ないだろう?」
「なにおぅ!?」
……あらら。また始まってしまった。
とりあえず俺はどちらにも入る気はありませんよ?
と、今は言えない雰囲気だな。
喧嘩を始めた二人を見て、「またか……」と言いたげに頭を抱えたダーリィ先生――お疲れさん。
俺は扉を閉め、足早にその場を後にした。
***
「おい、あれ」
「ああ。あいつだ」
教授室を後にして帰宅しようと歩いているのだが、先程からすれ違う生徒たちが俺を見てひそひそと話している。
正直、見ていて気持ちのいいものではない。
まさか、また良からぬ噂でもされているのだろうか。
思えば今日一日、ずっとこういった視線に晒されていた気がする。
授業の合間の移動や、食堂へ向かう道中など――もちろん、昼食を食べている最中も酷いもんだった。
「……なんか、すごい……ね?」
「準優勝したんだから、この注目具合も当然と言えば当然よね。
みんなをごぼう抜きして、一気に学園No.2になったんだもの」
周りの異様な雰囲気に困惑するレビィと、それを冷静に分析する委員長。
「こんなに見られてたら食欲も無くなっちゃうよ!」
シエルはやや不機嫌そうに漏らしたが、その言葉に反して、彼女の注文したメニューはいつも通りの大盛りで。
むしろ、ぷりぷりしながらスプーンを上下させ、物凄い勢いで口と皿を往復させているせいで、普段よりも食べるペースが早いくらいだ。
そんな彼女を見ていると、この状況下でも自然と笑みが溢れた。
そんな俺に納得がいかなかったのだろう。
シエルは不満そうに目だけをこちらに向けた。
「何笑ってるのさ!?」
「ごめんごめん」
なんていう昼の出来事を思い出すと、少しだけ笑いが込み上げてくるが、とは言え、やはり精神的にくるものがあるな。
――朝一番で教室に着いた時、級友のみんなは喜び、祝福してくれた。
ディックや彼の取り巻きだった生徒達の姿はなく、皆が俺に笑顔を向けてくれる優しい世界。
後にディック達は自宅謹慎となった事を聞いたわけだが。
一方で、ひとたび教室を出ればその優しい世界が保証されるわけもなく。
やはり、学園の一大イベントであるポポロミート杯で、編入して一週間の――それも二年生である俺が準優勝という事実が気に食わない者は多いのだろう。
深い溜息が漏れ、若干足取りが重くなるが、ポポロミート杯2位の座は、始まる前に俺が抱いていた目標のひとつでもある。
それが達成出来た上での結果がこれなのだから、くよくよしていても仕方がない。
憂鬱な思いを振り払い、気持ち新たに一歩を踏み出した瞬間、目の前に人影が飛び出てきた。




