第48話 勝ち上がる者(2)
突然観客席に現れたガント・ハグバールに、周りの生徒達はわかりやすく動揺していた。
普段から風紀委員会会長として、生徒たちを厳しく取り締まっている彼は、ただでさえ恐れられがちである。
それに加えて、彼の屈強な体は、その場にいるだけで威圧的な存在感を放つ。
なにより、彼はつい先程まで、この観客席にいた全生徒達からの注目を一心に浴びていた。
言わば、時の人である。
そんな男が自分の隣に座り、次の試合が始まるのを一緒に待っている。
この状況に、シエルは何とも言えない緊張感を抱いていた。
そして、感情が表に出やすい彼女はそれを隠しきれず、背筋を伸ばし、足をきっちりと揃えた体制で座っていた。
「……お体は、もう大丈夫なんですか?」
「ああ。気絶していたが、友人に水をぶっかけてもらってな。
手当も済んでいるし、問題ない。
何より、こんなに早く負けてしまうとは思わなくてな。
元気が有り余ってしょうがない!」
あっけらかんとしているガント。
しかし、マルヌスを応援していたシエルにとっては、何と返して良いのかわからず、苦笑いを浮かべるしかなかった。
「君はマルヌスと仲が良いようだな」
「……はい」
(なんで知っているんだろう?)
シエルは、浮かんだ疑問をそのままガントに問いかける事はしなかった。
しかし、ガントはそんな彼女の様子を察したように言う。
「彼が編入した時から、風紀委員会内で彼の動向をチェックしていた。
どのような対人関係を築くのか、というのも確認済みだ。
仮にそれが原因で、学園の規律を乱すようなことがないように、といった具合にな」
それはプライバシーという物ではないだろうか。
すぐにそんな疑問が浮かんだが、ただでさえ落ち着かない今の状況をなるべく穏便に済ませたいと思ったシエルは、今度は考えを悟られないよう、しっかりと口をつぐんだ。
――そんな会話をしている間に、第四試合が始まった。
向かい合う二人の選手。
先に動き出したのは、金髪リーゼントの男。
ガリガリと音を立てながら魔法剣を引きずっている彼は、初めのほうこそ気怠そうに歩いて前進していたが、次第に小走りになっていく。
まるでゆっくりと進み始めた馬車の車輪が、次第に回転速度を上げていくように。
「実は少し前から、マルヌスの実力は分かっていた。
だから今日、俺が彼に負けたのは、決して彼を甘く見ていたわけではない。
ただ単純に、彼の機転に意表を突かれた。
俺の未熟さが出た結果だ」
ガントは目を閉じ、眉間に皺を寄せた。その姿は、自分自身を戒めているようにも思えた。
「だが」
それを皮切りに、彼の逆ハの字型に釣り上がった眉毛が次第に下がっていった。
それに合わせて、眉間に寄った皺も少しだけ解れていく。
「今までの学園生活の中で、魔法科の生徒との模擬戦もいくつか経験してきたつもりだ。
しかし、彼の強さは、今まで経験したことのないタイプのものだった」
シエルは、なるほど、と思った。
ガントの中に生まれた漠然とした疑問。
それが解決できずにモヤモヤと残っているようだった。
「君は、いち友人としてではなく、いち魔術師として、彼の強さをどう思う?」
――迫り来る金髪リーゼント男。
それに対して、生徒会書記係のレタリーは、抱えていた本を片手で持つ。
前腕で本の背を支えるようにして、バッと勢いよく本を開く。
そして、空いている方の手で羽ペンを取り出し、開いたページに何かを書き込んだ。
シエルとガントは共に、試合から全く目を逸らしていなかった。
視線は目の前のステージへ。
そんな中でも、お互いに会話を続けていた。
「……マルヌスは……。
一見、その魔法射出速度に目が行きがちですが、実はそれ自体は、そこまで特出したものではないんです」
シエルの言葉の意味が理解できないというように、あからさまに怪訝な表情を浮かべるガント。
そんな彼の様子を知ってか知らずか、シエルは続けて話し始める。
「……普通は、魔法を形成する時、まずは体内でその属性の魔力を練ります。
それが練り切れた時、初めて体外に放出します。
この時、体内で練りやすい属性というのが、そのままその魔法使いの得意な属性、不得意な属性に直結します」
ここまでは、魔法使いではないガントも知っているレベルの基本的な知識であった。
「まず、マルヌスはここが速いです。
でも、得意な属性であれば、大抵の魔法使いはマルヌスと同じくらいの速度で練り切ることができると思います」
普段触れることのない魔力の話。
興味深いとばかりに、ふむ、と相槌をうつガント。
「次に、体外に放出した魔力を、『魔法』として形成していく工程があります。
小さな魔法ほど、ここの時間は少なくて済みます。
まあ、私はここの工程が苦手なのですが……。
初級魔法を好むマルヌスはここも速いです。
それでも、同じように魔法形成が得意な魔法使いも多くいると思います」
ガントは黙り込んだまま、静かに話を聞く。
慣れない魔法の話を理解しようと、頭の中でシエルの話を整理していた。
シエルは続ける。
「一番肝心なのが、放った魔法の命中精度です。
マルヌスの場合、ほとんどが狙ったところに当たります。
これがどれほど大変なことか、わかりますか?」
不意に投げかけられた問い。
ガントは無言で続きを待った。
「例えば『ボールの的当て』を考えてもらうとわかりやすいかも、です。
その場合は、自分の腕だけをコントロールすると思います。
それだけでも難しいですが、魔法の場合はそれに加えて、ボールの大きさや重さも、その都度、一から整えないといけないんです」
魔法の事は素人ながら、それがいかに難しい事なのかが、何となくガントにも伝わってきた。
「だから普通の魔法使いは、照準合わせにも時間がかかります。
これも得意な人がいれば、不得意な人もいます。
でも、やっぱりマルヌスはこれも速いんです」
一口に魔法射出の速度といっても、細かく分けると、『魔力放出』、『魔法形成』、『照準合わせ』の三要素があることがわかった。
そしてマルヌスはこの三要素の全てが速いということも。
それが彼の速射の秘密か。
ううむ、と小さく唸るガント。
しかし、話はそこで終わらない。
この三要素全ての条件に加えて、マルヌスの初級魔法を連発していく戦闘スタイルが揃った時、『四つめの要素』が生まれるのだと、シエルは考えていた。
「さっきマルヌスと戦ったガントさんならよくわかると思いますが……。
マルヌスは大きな魔法を使わなかったですよね?」
「……ッ!」
ここにきて、ガントは先程の試合で感じた何らかの違和感の正体に気づいた。
「一つ一つの要素で分ければ、マルヌスと同レベルの魔法使いはいるでしょう。
でもマルヌスは、ただでさえ形成難易度の低い初級魔法を戦いの要として、それら全部の要素を最高速度でやってのける。
――だからこそ相手は『錯覚』するんです。
『マルヌスの魔法は、他の魔法使いよりも速い』と。
これが、彼の異常な魔法射出速度の正体だと思うんです」
――レタリーの手元から、炎が放出される。
しかし、金髪リーゼント男はそれを軽々と避ける。
そればかりか、足を止めないまま一気にレタリーに接近する。
その光景を前に、レタリーの顔に焦りの色が浮かんだ。
ガントは何も言葉が出てこなかった。
剣士のガントにとっては畑違いであったが、マルヌスの技術が、並大抵の努力では身に付かないことが理解できたからだ。
そんなガントに追い討ちをかけるかの如く、シエルの話は続く。
「マルヌスの強さの秘密はもう一つあります。
これは、魔法使いならすぐに気づくことなのですが」
まだあるのか、とガントは思った。
自分から聞いておいて失礼な話ではあったが、ガントはすでにお腹一杯な状態だった。
「さっきも言った通り、魔法を使うためには、まず体内でその属性の魔力を練ります。
この性質上、違う属性の魔力を同時に練って放出するというのは、それだけで難しいです。
ましてやそこから、同時に魔法形成まで持っていくなんてことができる魔法使いは、世界中探しても、そういないと思います。
普通はできないんですよ。『氷の弾丸』と『防御障壁』を同時に展開するなんてこと」
シエルに言われて、ハッとするガント。
それは、まさに先程、ガントがとどめを刺された技だった。
――レタリーの正面まで一気に駆け抜けた金髪リーゼント男は、勝ち誇ったように剣を振り上げた。
しかし、そんな状況を前にしながら、レタリーは怪しげに口角を上げた。
次の瞬間、彼女の前に突如として火球が浮かび上がり、発射された。
ほとんどゼロ距離。
そう言っていい程の至近距離でその火球が直撃した金髪リーゼント男は、発射された火球の勢いに逆らう事もできず、無抵抗のまま後方に吹っ飛んだ。
「マルヌスってば、それが普通じゃない事の自覚すら無いみたいなんですよ。
ほんと、おかしな子ですよね?」
散々人間離れした話を聞かされた。
にも関わらず、そんな穏やかなシエルの物言いに、ガントは拍子抜けするような感覚を覚えた。
そして思わず、「フッ」と小さな笑いが溢れた。
「君は彼をよく見ているのだな」
「……ッ!? そんなこと……ッ!」
シエルはこの時になってようやく、目の前の試合から視線を切り、ガントの方に顔を向けた。
思わず赤面してしまったシエルには、ガントの言葉に対する上手い返しが思い浮かばなかった。
「――勝者、レタリー・ペティ!」
第四試合が終わり、マルヌスの次の対戦相手が決まった。




