第49話 勝ち上がる者(3)
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「――そうかー。ありがとうシエルー」
第四試合を見ていたシエルから話を聞いた俺は、シエルに感謝を述べた。
一方で、シエルは俺の様子に違和感を抱いている様子だった。
「マルヌス、大丈夫?」
「うーん、まあねー」
かく言う俺は、全身が完璧に脱力しており、ふわふわとした返事を返すのだった。
俺がこうなった理由は簡単だ。
「……私のマッサージ、気持ちよかった……?」
「うーん、まあねー」
ここだけ切り取ると、何だかいかがわしい香りが漂う会話だなと。
後になってそう思った。
尤もこの時は、そんなことを考える思考力もなかったのだが。
俺が出場していた第三試合が終わってから、次の第四試合が終わった今の今まで、俺はエクレール家直伝の『えれくとりっく・さんだー・ぼると』を喰らい続けていたのだ。
電撃を喰らっている間は、身体中に纏わりつくような慢性的な痛みに、ただひたすら悶えていた。
しかし、それが終わった今となっては、身体中のありとあらゆる凝りという凝りが全てほぐされた。
そればかりか、筋肉や脳までとろけてしまったような感覚で、文字通り骨抜きにされてしまったようだ。
「――まさかレビィ、あれからずっとマッサージを!?」
「……うん、まあね……」
「あちゃー」
シエルは頭を抱えた。
そんなシエルの顔から目線を外し、若干の申し訳なさを醸し出しながらレビィは言う。
「……マルヌスの声と顔が面白くて……つい」
失礼なやつだなと。
これも後になって思った。
もう一度言うが、俺はこの時、そんなことを考える思考力がなかったのだ。
「――まったく! なんなのよ、もう!」
バンッ、という大きな音を立て、乱暴に開かれた控室の扉。
委員長が、目に見えて不機嫌な様子で入ってきた。
「あ、委員長。お疲れ様ー」
そんな委員長の怒りの形相に怯むようなこともなく、シエルは彼女に話しかけた。
それに対して、委員長は膨らんだ不満を吐き出すように口を開いた。
「聞いてよシエル! ダーリィ先生のところに行ったら、『別に呼んでないぞー』だって。
あいつ、私を騙したんだわ! 後で締めてやるッ!」
あいつとは、誰のことだろうか。
いずれにしても、御愁傷様。
骨は拾ってやる。
「そうなんだ。でも、いったい何で……?」
観客席での出来事を知るのは、委員長の他には、シエルだけだ。
シエルは腕を組み、首を傾げた。
一方で、事情を知らない俺とレビィは、互いに顔を見合わせて「?」を浮かべていた。
「……多分、ディックの差金ね。
あの男、クラスの男子に指示して、マルヌスの次の対戦相手の情報収集をしに来た私達を妨害しようとしたんじゃないかしら?
シエル! 私がいなくなった後、変な事されなかった!?」
変な事? ――なんだか、ワクワクする響きだな。
なんて思った俺は、やっぱり未だに『えれくとりっく・さんだー・ぼると』の呪縛から逃れられていないようだ。
ただ、もし本当にシエルが変な事をされていたとなれば、俺は動くぞ?
しかし、そんな俺の心配を他所に、シエル自身は何ともないといった様子だった。
「別に私は何もされなかったよ?
あの男の子もすぐにどっか行っちゃたみたいだし」
「……そう。ならよかったけど」
少し納得がいかない様子の委員長だったが、すぐに俺に向き直った。
「っていうかあんた、いつまでそんなアホ面ぶら下げてるのよ!
しっかりしなさい……よッ!」
ビシィィッ!!
その瞬間、視界が激しく揺らいだ。
耳に響く鋭い音。
少し遅れてじんわりと頬に広がる痛み。
「あー! スッキリした!」
委員長のビンタが、俺の左頬を貫いた。
いや。実際のところ、ビンタに対して『貫いた』と言う表現は適切ではないかもしれないが、『えれくとりっく・さんだー・ぼると』で身体中がとろけていた俺にとっては、顔に穴が開くんじゃないかと思うほどの衝撃だった。
どうやら俺の腑抜けた顔が、イラついていた委員長の逆鱗に触れたようだった。
一応、俺の名誉のために言うが、いつもだったら、防御障壁の一つでも張って防ぐことができただろう。
重ね重ね言わせてもらうが、俺はこの時、物事をまともに考えられる思考力を持ち合わせていなかった。
それにしても、じわりと広がっていく痛みとともに、少しずつ怒りが込み上げてきた。
まるで、さっきまで委員長が抱いていた怒り成分が、ビンタを通じてオレに注入されたかのようだ。
くそう。さっき『なるべく体力を温存しておくように』とか言っていたくせに。
今ので一気に消耗したぞ。
そもそも、レビィに俺のマッサージを命じたのは委員長じゃないか。
こうなったら、ガツンと言ってやる。
「おい! いいんちょ――」
「目、覚めた!?」
「……はい」
――とにかく、レビィのおかげで、かなり体は軽くなった。
まるで回復魔法だな。痛みはすっかり無くなっていた。
委員長のビンタを受けて赤くなっている左頬以外は。
委員長の気付けビンタで頭がスッキリした所で、少し整理しよう。
次の試合、俺の対戦相手は生徒会書記係の『レタリー・ペティ』さん。
先程のガントとは違い、魔法科の女子生徒だ。
知る人ぞ知る彼女の別名は―― 『速記サイボーグ』というらしい。
なんだか、人間味を感じさせない、冷酷な印象を思わせる。
そしてシエル曰く、さっきの試合では金髪リーゼントの強面不良を一撃で戦闘不能にしたらしい。
聞けば聞くほど、強敵の予感がぷんぷんするが……。
いずれにしても、負けるわけにはいかない。




