第45話 波乱の初戦(3)
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……マルヌス・ターヴィン。
実に面白い男だ。
巻き上がる砂煙に視界を遮られながらも、その先にいる男に、俺はこれ以上無いくらいの敬意を抱いていた。
『不屈のガント・ハグバール』――その呼ばれ方に、俺はずっと違和感を感じていた。
俺は別段、不屈の精神とやらを持ち合わせている自覚がない。
だってそうだろう? 一流の剣士を目指す者として、高みを目指す事は当然の事なのだから。
「――もう無理だ、出来ないよ」
出来ないから、出来るまで練習しているのだろう?
「――勘弁してくれ、勝てっこない」
なぜ諦める? まだ動けるだろう。
「――お前にはわからないよ」
お前は俺の何を知っている?
「――いいよな。お前には才能があって」
……俺が努力をしていないとでも……?
周りの雑音が嫌になった俺は、学園内で研鑽を積むよりも、ギルドでの実践にのめり込んでいった。
あそこはいい。迫り来る敵は学園の生徒とは違い、手加減をすることも、逆にこちらに手加減を望むこともしない。
当然だ。常に命の取り合いなのだから。
そんな、魂と魂がぶつかり合うような戦いの中にいる間は、俺は余計なことを考えなくて済んだ。
ギルドのランキングが上がるにつれ、なぜか学園での知名度も上がっていった。
50位を超えたあたりで、当時の風紀委員長に声をかけられ、俺は風紀委員に所属した。
そこで俺は意外な光景を目の当たりにする。
学園の規律を乱す生徒達を厳しく取り締まる、風紀委員達の姿。
そこには、かつて俺が愛想を尽かした学園の生徒像など、つゆとも感じられなかった。
もちろん、風紀委員会というものの存在は知っていた。
しかし、俺自身が学園の規則を遵守していたからだろうか、今までは縁遠いものだったのかもしれない。
そうか。こんな組織だったのか。
妥協を許さない、ストイックな彼らの姿勢。それは俺の性格に合っていた。
学園生活もまだまだ捨てたものじゃない――そう思えた。
進級して、俺自身が会長になると、ギルドに顔を出すことも少なくなっていった。
会長ともなれば、やらなければいけない事が格段に増えた。
しかし、それはそのまま俺のやりがいとなった。
そして何より、気の合う仲間達と切磋琢磨していく生活に満足していた。
――それでも、ふと、あのヒリヒリと肌が焼けつくような実践の空気が恋しくなることがある。
そんな時、俺はギルドの扉を開くのだ。
あの日も、最初はそうだった。
まさか、グリーンドラゴンという大物とやりあえるとは思わなかったが。
グリーンドラゴンは確かに、今まで戦ったどの魔物よりも強敵だった。
しかしあの日、俺は思ったよりも楽に奴を仕留める事ができた。
戦いの中ですでに、俺はその理由を分かっていた。
なぜこんなにも簡単に奴を仕留めることができたのか。
それは偏に、彼――マルヌス・ターヴィンのサポートのおかげだった。
俺は、あの日初めて、討ち取った獲物よりも、その場で会った男に興味を持った。
この男とならば、俺はさらなる高みを目指せるのではないか?
そして同時に、こう思った。
この男と戦ったら、どれ程面白いだろう、と。
今朝、トーナメント表を見た俺がどれほど喜びに打ちひしがれたか、彼は知らないだろう。
防御障壁が割れる小気味良い音だけを響かせながら、彼は俺の攻撃を全て躱した。
……これが普段の授業での模擬戦ならば、すでに何人のクラスメイトを倒しているだろうか。
こちらが剣を振るっても、ことごとく避けられる。
しかし、不思議と嫌な気がしない。
俺の剣を避ける合間に撃ち込んでくる氷弾。
尋常じゃない射出速度を誇るその弾丸を防ぐ難易度は、俺の経験の中でもトップクラス。
それを弾き落とすたびに、俺は自分自身が成長しているような気がした。
ああ、この楽しい時間が、ずっと続けばいいのに――。
だが、わかっている。この時間も永遠ではない。
――さあ、終わらせよう。
砂煙が晴れた先には、マルヌスが片膝をついた姿勢でこちらに手をかざしていた。
彼の服には至る所に煤が付いていた。
あの爆発は、俺よりもむしろ彼の方がダメージを負ったように思える。
しかし彼の目は、その傷ついた体からは想像もできないほど冷静に俺を見据えていた。
――まだ楽しませてくれるのか?
思わず、ゾクッと背筋が震える。
剣を構え直し、マルヌスに向かって駆け出そうとした瞬間、彼は魔法を撃ち出した。
それは、複数の氷弾。
試合中に幾度もみたものと同じ。
なんだ、それは。
結局今までと同じか?
万策尽きたと言うことか?
……つまらんッ!
俺は大剣で薙ぎ払う構えを取る。
もう分かった。十分だ。
もう十分に楽しませてもらった。
これを弾いたら、すぐにでも決着をつけてやる。
しかしそれらの氷弾は、俺の大剣に触れる前に、キンッ! と音を立てて軌道を変えた。
なんだ今のは? まるで何かに弾かれたような……。
俺は目を凝らして、弾丸が軌道を変えた辺りの空間を睨む。
あれは――防御障壁か?
俺の前方の何もない空間に、絶妙な角度で、ぽつんと展開されている防御障壁。
それが弾丸の軌道を変えたのだ。
一瞬でそう推測した。
しかし、その一瞬の間にも、俺の周りで絶えず、キン、キンと硬いものがぶつかり合う音が聞こえてくる。
……これは一体……?
「――弾丸の軌道が読めるから防がれるんだ。
だったら、撃ち出した俺すらも予測できない軌道で狙われたら、あんたはどうする?」
そう問いかけてくるマルヌスの言葉で分かった。
これは、跳弾だ。
気づけば俺の周りの空間は、無数の防御障壁で囲まれていた。
その中で、無茶苦茶な軌道で飛び交う氷弾達。
ただでさえ速い弾丸。
それが複数ともなれば、目で追うこともままならない。
しかも、壁に当たって弾かれていると言うのに、弾の威力は衰えていない。
それどころか、加速しているようにすら思える。
おそらく、防御障壁になんらかの細工が為されている。
俺はいくつかの弾丸を剣で弾く。
――しかし。
「今日は特別、大量サービスデーだ!」
マルヌスは次々と氷弾を撃ち込んでくる。
……ハッ!
随分と生き生きした表情を浮かべるじゃないか。
さっきまでの満身創痍な顔色はどこへ行ったと言うのだ。
生意気な野郎め。
……しかし、これは……キリがないな。
大剣を振り続けたからだろう。
重くなってしまった腕を無気力に下ろし、まるで遠くを見つめるような目でゆっくりと、やや上方を見上げる。
周りを飛び交う無数の弾丸。
どんな角度からでも、狙った獲物を撃ち抜く、か。
まるで――
「……魔弾の射手……」
――ズンッと鋭い音と共に、一発の氷弾が俺の体を貫く。それを皮切りに、他の氷弾達も次々と俺に命中する。
……いや、今回の場合は、彼自身もわからない軌道だから、狙ったわけではない、か。
そんなどうでもいいことを考えつつ、首に下げた魔石が砕ける音を聞きながら、俺は意識を手放した。




