21悪役令嬢、散歩を再開する
私たちはゆっくりゆっくり歩く。杖をついたご老人にさえも抜かされてしまうほどの速度だ。散歩は長くしたいのだが、一歩後ろにいる青年の圧がすごくて息が詰まりそうだ。沈黙に耐えかねて、とりあえず話しかけてみる。
「あの・・・お名前を伺ってもよろしいですか?このようなところで騎士様とお呼びするのもなんですし・・・。」
「ギルバート・リーバスと申します。」
「まあ・・・もしかしてリーバス子爵のご子息ですか?」
「ええ。次男なので家督は継ぎませんが。」
リーバス子爵とはパーティーで面識がある。言われてみれば子爵と雰囲気が似ている。
「ギルバート様とお呼びしてよろしいですか?」
「お好きにお呼びください。」
「ではギルバート様・・・。昨日殿下からのプレゼントを預かってらしたし、先程も否定されなかったので殿下の近衛騎士の方だと勝手に判断しておりましたが・・・お間違いないでしょうか?」
「ええ。正式に着任したのは一か月ほど前ですが。」
彼はまだかなり若そうだ。騎士は王族警護が仕事だが、実際には全員が王族の傍らに控えているわけではない。多くは一般騎士と呼ばれ、主に城内の警備や貴賓の警護を担当している。王族を直接警護するのは近衛騎士と呼ばれる選ばれた者のみだ。だが近衛騎士になるには相当な腕がなければならないのでかなり狭き門ある。この若さで近衛騎士に抜擢されるということは彼はかなり優秀なのだろう。
見かけたことがない騎士だと思っていたが、一か月ほど前から殿下のお側にいたとしても私はその間殿下にほとんどお会いしていないので彼を見かけていなくて当然だろう。そして彼は私が知らない短期間でずいぶんと殿下からの信頼も得ているようだ。殿下がプレゼントを託すほどに。私は昨日の出来事を思い出し浮かんでいた疑問をふと口にした。
「・・・ひとつだけ伺ってもいいかしら?」
「はい、なんなりと。」
「昨日殿下からいただいたプレゼントですけれど・・・バラが添えてありましたよね?」
「はい。」
「とてもみずみずしくて摘んだばかりのようでした。」
「はい。」
「あのバラも殿下からのプレゼントだったのでしょうか?」
彼の返事が止まる。実は少し妙だなと思っていたのだ。あの日不測の事態が起き、殿下は陛下に呼ばれたままだったので身動きがとれなかった。同封されていた手紙のインクは完全に乾いていたので封筒はもともと懐に入れていたのだとしても、バラを摘みに行く暇はなかったはずだ。だとしたらあのバラはどうやって添えられたのだろうか。
「・・・殿下からです。」
私は足を止めて彼をふり返った。じっと顔を覗き込む。すると紫の瞳がわずかに揺れた。
彼は嘘をついている。だがここで言及するのはやめておこう。
「・・・そうですか。ではバラを添えてくださった優しい殿方にお伝えくださいませ。美しいバラをいただきましてありがとうございました。部屋に飾らせていただいています、と。」
私はにんまりと笑って再び歩き出した。少し遅れて彼も歩き出したようだ。先程までの圧が消えた気がする。
「ギルバート様は今日はこんなところで何をされていたんですか?」
「・・・近くに美味しいパン屋があるんですよ。そこでパンを買ってここで食べるのが非番の時の楽しみなんです。」
なるほど、そういえば彼の手には紙袋がある。中身がそのパンなのだろう。
「素敵な過ごし方ですね。でも・・・いつもおひとりなのですか?奥様や恋人などはご一緒じゃないのですか?」
「・・・独身ですし、恋人はいませんので。」
「あら、ギルバート様ならお花をプレゼントしなくても女性が放っておかないでしょうに。おひとりなんて寂しいですね。」
私はからかうように笑って見せた。嘘をつかれたのだからこれくらいのいじわるはしても許されるだろう。彼もなんとなくわかっているようで、ばつが悪そうにしている。
「ええ、そうですね。殿下がいらっしゃるリンスレット公爵令嬢とは違って寂しい生活ですよ。」
「・・・本当ね・・・。」
頭の隅に追いやっていたことが急にまた存在感を増す。私の声が小さくなったので彼も気になったようだ。しばらく思案していたようだが遠慮がちに声をかけてきた。
「・・・無礼を承知で質問させていただいてよろしいでしょうか?」
「え・・・?ええ・・・かまいませんよ。」
「リンスレット公爵令嬢は・・・この度のお申し出にあまり前向きではないのでしょうか?」
私は驚いて彼を見る。言葉が伏せられていて他人が聞けば要領を得ない質問だったが当事者である私にはわかる。殿下との結婚が嫌なのかと聞かれている。まさかこんな質問をされるとは。たしかに無礼だが、おそらく私を心配してくれているのだろう。
「・・・その質問にはお答えできませんわ。・・・特に殿下の近衛騎士の方の前では。」
私の気持ちなんて関係ないのだ。
王家の決定に従う、ただそれだけ。
人生は選択の連続だと誰かは言っていたけれど、私には分岐点なんてなくて選択肢だって用意されてなかった。
ただ、それだけ。




