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22悪役令嬢、愚痴をこぼす

「では、こうしましょう。」


彼の言葉が鬱々とした私の思考を遮った。そしてとんでもないことを言い出す。


「この公園にいる間、おれは騎士ではなく・・・そうですね、パン屋の息子ということにしましょう。」

「・・・はい?」

「あなたは花屋の看板娘ではいかがです?」

「ごめんなさい、何をおっしゃられているかわからないんですけれど・・・。」


困惑する私に自称パン屋の息子は微笑んだ。


「あなたもおれも今はただの庶民です。あなたがどんなことを言おうとただの庶民の世間話です。どうやったって王家にまで話が届くことはありません。」


そこまで言われてようやく理解した。彼は私の胸の内をこっそりと聞いてくれようとしているのだ。誰にも話すことができないこの気持ちを。そしてけして口外しないと約束してくれている。


なんて人だろう。

普通そんなこと考えつかないし、やろうとも思わないだろうに。


「おかしな方ですね。でも・・・いいですわね、花屋の看板娘。あなたはパン屋さんにしては体格が良すぎる気がするけれど。」

「パン屋だって体力が必要ですから鍛えていても不思議じゃないですよ。さあ、どうぞおれのことはパン屋のギルとお呼び下さい。」

「・・・では私は花屋のイヴと呼んでくださいな。」


私たちは名乗りあってお互いに笑い出した。とんだおままごとだ。だけどとても楽しい。一人称も身内の前のように切り替えるとまるで別人になれたみたいで心は軽くなった。花屋のイヴとしてならこの気持ちを少しだけ話しても許されるだろうか。私は小さくため息をついてから先程の問いに改めて答える。


「・・・前向きでないのはたしかですね。あの方と結婚しなくていいならそれに越したことはありません。」

「・・・お嫌いですか、あの方が。」

「好きとか嫌いとかの話ではありませんわ。そもそもそういった感情を持ってあの方に接したことがありませんから。・・・この国の・・・あの家に生まれた私はあなたと同様にあの方の臣下のひとりなのです。あなただって主に対して恋愛的な感情は抱かないでしょう?」

「おれとは立場が違うと思いますけど。」

「同じようなものですよ。・・・もちろん情はあります。長年あの方の婚約者として側にいましたから。でもそれは・・・ある意味では私にとって仕事のようなものです。期限付きの仕事だと思っていたのに、それが突然無期限になってしまった・・・。」


私は目を伏せる。殿下と結婚することで必ず貴族間で摩擦が生まれる。私が皇太子妃として国に貢献できるかどうかもわからない。それにもしかしたら殿下はやっぱりクレア男爵令嬢のことを愛するようになるかもしれない。なにもかもが不安で、悪い想像ばかりしてしまう。


殿下と結婚しない。

それが私や周囲にとって一番良いことだというのに。

どうしてその選択肢が与えられないのだろうか。

・・・私が悪役令嬢だから幸せになる資格がないのだろうか。


「いつかは誰かと結婚するとわかっていましたしそれなりに覚悟はしていたつもりでしたが・・・やはり動揺してしまいますね。」


風がざあっと吹き抜けた。どこからともなく花びらが舞う。美しい景色だ。私はもうこの景色を二度と見ることはできないだろう。皇太子妃になれば城からは出られないし、もし処刑されるようなことになれば言わずもがなである。


私は気持ちを切り替えるように話題を変えた。もうこの際だからいろいろ愚痴ってしまおう。


「・・・パン屋のギルさんは恋人はいらっしゃらないようですけど、恋をしたことはありますか?」

「・・・いえ。あまり女性と接する機会もなかったので・・・。」

「私もなんですよ。昔から最強の婚約者がいたので他の男性とお話する機会なんてほとんどなくて。ご令嬢たちが好きな男性の話で盛り上がっているのがすごく羨ましかったんです。」

「たしかに・・・あの方を差し置いてあなたに話しかけるのは勇気がいるでしょうね。」

「迷惑な話ですよね。私、あの方以外の男性とダンスを踊ったこともほとんどないんですよ。お父様とかお兄様とかおじいさまとか・・・身内ばかり。基本的に誰からも誘ってもらえないんです、ずっとあの方の隣りにいるから。」

「それは・・・大変ですね。」

「それなのに私を羨むご令嬢もたくさんいてねちねち嫌味を言われて・・・私からしてみればあなたたちの方がよっぽど楽しそうで羨ましいし代われるものなら喜んで代わるわ!・・・言ったら感じ悪いでしょうから言わないけれど。」

「・・・よく我慢できますね。おれなら即殴り合いの喧嘩になりそうです。」

「その方がすっきりしそうですね。殴っておけばよかったわ。」

「自分の手を痛めないうまい殴り方をお教えしておけばよかったですね。」


騎士直伝の殴り方。突然殴られてポカンとするご令嬢たちを想像して笑ってしまう。ああ、本当にやっておけばよかった。


もうそろそろ公園を一周してしまう。散歩は終わりだ。


「・・・あなたは面白い方ですね。久しぶりにこんなに笑った気がします。ありがとう、パン屋のギルさん。」

「とんでもない。」

「・・・本当に私が花屋の看板娘だったらよかった。そうしたらこの公園を出てもきっと笑っていられるのに。」


私は最後にもう一度公園を見回した。大丈夫、きっとなんとかなる。幸せになる方法はきっとある。なんだか少し前向きになれた。

別れの挨拶をしようしたが彼の方が先に口を開く。


「・・・花屋のイヴさん。最後にパンはいかがですか?」

「え?・・・ええ・・・じゃあ、いただこうかしら。」


パン屋のギルさんは持っていた紙袋からパンを一つ取り出して私に差し出してくれた。小ぶりのパンなので食べやすそうだ。だが私が受け取ってもなぜか彼はパンから手を離さない。不思議に思い顔を上げると、綺麗な紫の瞳がまっすぐに私を見つめていた。


―――わずかに触れる彼の指先から伝わる熱に私の体はしびれていくような気がした。



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