20悪役令嬢、思いがけない人物と遭遇する
「どれも美味しそうですね!お嬢様!」
「きっと屋敷のみんなも喜ぶっすよ!」
大量のお菓子を買い込み、エリザもルークも目を輝かせている。馬車の中は甘い香りでいっぱいでイヴも思わず笑顔になった。
「クッキーにマフィンにタルト!あのお店なんでも揃ってましたね。」
「お店の中でも食べられるようになっていたわね。」
「なんでも店の中でだけ食べられる限定商品もあるらしいっすよ。」
「そうなの?・・・いつか行けたらいいけれど。」
それはもう難しいかもしれない。小さくため息をつく。己の運命から目を逸らすように窓の外を見る。そこでイヴは、あっ、と声を漏らした。
「ちょっと停めてもらえる?」
「お嬢様?」
ルークがコンコンと御者に合図をすると馬車はゆっくりと停まった。私が外に出たいと言うと、訝しみながらも戸を開けエスコートしてくれた。降り立ったそこは小さな公園の出入り口である。
「あなたたちはしばらくここで待っていてちょうだい。」
「え!お嬢はどこに行くつもりっすか!」
「この公園を一人で散歩したいの。」
「いけませんよ、お嬢様!お一人で歩かれるなんて・・・何かあったらどうするんです!」
エリザが青ざめる。そんな彼女を安心させるように微笑む。
「大丈夫よ。ここは大きな公園ではないし、周囲は生垣で囲まれていて出入り口はここだけ。もし私を追って不審者が公園に入るようなら助けに来てちょうだい。」
「いやいやいや!中に不審者がいたらどうするんっすか!」
「私がここに寄るなんて誰も知らなかったんだから待ち伏せなんてできるはずないでしょう?」
「それはそうっすけど・・・。」
「お願い。公園を一周したらすぐに戻るわ。少しだけ一人でゆっくり外を歩きたいの・・・。」
私は二人に上目遣いでお願いする。二人は困ったように顔を見合わせていたが、私が引き下がらないとわかっているようでしぶしぶといった様子で頷いてくれた。
「一周だけですよ?もし何かあればすぐにお戻りくださいね!」
「大きな声を出してもらえればすぐ駆けつけるんで!とにかく絶対に無茶なことはしちゃだめっすよ!」
「ありがとう。」
私は心配そうな二人を残して生垣に囲まれた公園に足を踏み入れた。中央に大きな噴水があり、ぽつぽつとベンチが置かれている。小さい頃お兄様と一緒にここで遊んだことがあるのだが、その頃と様子は変わっていないようで懐かしい。
私は舗装された小道をゆっくりと歩きだす。子どもたちが楽しそうに駆け回り、ご老人たちがベンチで休憩し、飛び交う小鳥のさえずりが心地良く響く。大きく深呼吸をしてこの贅沢な時間を存分に楽しむ。
すると思いがけない方向からふいに声をかけられた。
「リンスレット公爵令嬢・・・?」
驚いてそちらを向く。そこにはベンチから妙な体勢で立ち上がっている白いシャツの青年がいた。その顔には見覚えがある。
「あなたは・・・もしかして昨日の騎士様?」
その人は昨日殿下からのプレゼントを渡してくれた騎士の青年だった。美しい紫色の瞳は陽の下だからか昨日よりも明るく見える。
「あ・・・申し訳ございません。まさかこのようなところにいらっしゃると思わなかったものですから、驚いてついお声をかけてしまいました。とんだご無礼を・・・」
青年は慌てて姿勢を正し、騎士の礼をとった。
「いえ、どうぞお気になさらないでくださいませ。わたくしもまさかこのようなところでわたくしを知っている方に出会うと思っていなかったので・・・。」
「失礼ながら・・・リンスレット公爵令嬢はこちらで何を?」
「少し散歩を・・・。」
「散歩!?」
綺麗な紫の瞳が見開かれる。そして眉間にはあっという間にシワが寄った。
「あなたは王家にとって特別な存在なのですよ?特に今は大事な時期なのですから、外出はお控えになってください。まさかお一人ではありませんよね?従者の方はどちらに?」
「向こうで待たせています。どうしても一人でゆっくり歩きたくなって・・・。公園をひとまわりしたら必ず戻ると約束しています。」
「ここも安全だとは言い切れないんですよ?もしあなたの身に何かあればどうなるか・・・。」
「わかっています!でも・・・。」
私が言い淀むと彼は怒っているような困ったような複雑な表情でため息をついた。どうやら私の気持ちを察してくれたようだ。
「・・・わかりました。今回は殿下にも公爵家にも黙っておきましょう。ただしおれに護衛をさせてください。」
今度は私がぎょっとして目を見開く。
「あなたは殿下の近衛騎士ですよね?こんなところでわたくしの護衛なんてしている場合ではないでしょう?」
「今日は非番なのでご心配なく。護衛を断るおつもりなら今すぐに従者の元へ連れていきますよ。」
彼はきっぱりと言い切った。どうやらこれ以上は譲歩してもらえないらしい。私はできれば一人で歩きたかったが、このまま連れ戻されるよりはマシだ。了承するしかない。
「仕方ありませんね・・・では、宜しくお願いいたします。」
「よろこんで。」
そう言って微笑んだ彼は騎士服を着ていないのに完全に騎士の姿だった。こんな庶民的な場所に明らかに場違いな佇まいで目立つことこの上ない。せめてその真っ直ぐすぎる背筋だけでもなんとかならないものかと言いかけたが、結局私は諦めて彼とともに散歩を再開させたのだった。




