19悪役令嬢、気晴らしに出かける
翌日、お父様は朝早くに出かけたようだ。お兄様は相変わらず部屋にこもりきり。お母様は少し体調がすぐれないようで療養されている。
私は殿下への手紙の返事をどうするかさんざん悩んでいたが、結局中断して気晴らしに出かけることにした。ちょうど街で気になっていたお菓子屋さんがあるので行ってみようと思ったのだ。なるべく目立ちたくないのでドレスから動きやすいワンピースに着替える。それでも庶民には見えないだろうが、公爵令嬢ではなくちょっと裕福な商家のお嬢さんくらいには認識してもらえそうだ。準備が整うと私はお母様の部屋を訪れた。
「お母様、お加減はいかが?」
「ええ、少し疲れただけだから大丈夫よ。・・・あら、イヴ、どうしたのその恰好は。」
「ちょっと街へ行こうかと。」
「まあ、ダメよ。あなたは今お屋敷から出ない方がいいわ。・・・なにが起こるかわからないもの。」
お母様は言葉を濁したが言いたいことは分かった。おそらく、私が殿下と結婚しては困る人が襲ってくる可能性を危惧しているのだろう。
「ごめんなさい、お母様・・・。どうしても少しだけ外に出たいの。もしかしたらもう二度と自由に出歩くことができなくなるかもしれないし・・・。」
「イヴ・・・。」
もし皇太子妃になれば城の外に出ることは難しいだろう。お母様もそれがわかっているからか、私を手招きしてそっと抱きしめてくれた。
「・・・わかったわ。お父様には内緒にしておいてあげる。そのかわりすぐに戻ってくるのよ?けしてひとりになってはダメ。いいわね?」
「はい、お母様。・・・いってまいります。」
私はお母様に挨拶をして屋敷を出た。馬車はすでに準備されており、侍女のエリザと護衛のルークが待機していた。
「お嬢様、本当に出かけられるのですかぁ?なにかあったらどうするんですぅ・・・。」
「大丈夫。なにかあってもルークが守ってくれるから。」
「えええ・・・荷が重いんっすけど・・・。今お嬢に怪我でもさせようもんなら、旦那様どころか殿下に殺される・・・。」
泣きそうなエリザと怯えるルークを無理やり馬車に乗り込ませて問答無用で出発する。
「そんなに心配しなくてもちょっと気晴らしするだけだからすぐに戻るわよ。街で評判のお菓子屋さんがあるらしいの。すごく美味しいんですって。あなたたちにもちゃんと買ってあげるから。」
「「わーい!!」」
二人は手をたたき合って喜ぶ。現金な人たちである。
「それにしてもお嬢。本当に皇太子妃になっちゃうんっすか?」
「そうねぇ・・・このままいけばなっちゃうんでしょうね。」
殿下が私との結婚を宣言したことは使用人には伝えてある。それはお父様が使用人全員を信頼しているからであり、今後のリンスレット公爵家の立場がどうなるかをわかっていてもらいたかったからだ。そうした誠実な態度により使用人たちはお父様を心から尊敬し、リンスレット公爵家に尽くしてくれている。
「お嬢様が王家に嫁がれるならわたしはお嬢様付きの侍女でなくなるということですよね・・・。悲しい・・・。」
「嫁いでもエリザは連れていきたいわ。あなたさえよければお父様にお願いしてみるわ。」
「本当ですか、お嬢様!」
「え!お嬢、オレは!?」
「ルークは本来お父様の護衛じゃない。それに城には騎士の方がいらっしゃるから護衛は必要ないんじゃない?」
「そんなぁ・・・ひどいっすよ、お嬢!」
喜ぶエリザと嘆くルーク。この二人とはもうずいぶん長い付き合いだ。おっとりとして見えるエリザは一人で私の身の回りのことをすべて対応してくれる有能な侍女で、少々無礼な言葉遣いのルークも剣の腕はたしかで軍から誘いがくるほどだ。そして二人はいつだって明るい。私はこの二人といると少しささくれていた心が慰められる気がした。
「お嬢様のお誕生日のパーティーより結納式の方が早くなっちゃうんですかねぇ。」
「私の誕生日まであと20日も無いから、さすがにそれまでに結納式が行われるとは思えないけれど・・・。」
「でも結納式って王家でも普通と同じっすよね?教会の予定さえ合えばささっとできそうじゃないっすか?」
多くの招待客がいる華やかな結婚式と違い、結納式はとてもひっそりとしたものだ。教会でこの国を守護してくださっている女神ラファルティア様の前で両家が縁をつなぐことを宣言する儀式である。立ち会うのは両家以外には教会関係者と側役と呼ばれる宣言を見届ける者のみだ。ちなみに側役は両家それぞれが自由に選ぶことができるが一般的には母親の両親を選ぶことが多い。おそらくイヴの場合もアヴァンス伯爵夫妻になるだろう。身一つで行う儀式なので大して準備期間は必要ない。すぐに行おうと思えば行える儀式だ。
「結納式が済めば・・・私は殿下との結婚を拒否できなくなる・・・。」
「お嬢・・・。」
「お嬢様・・・。」
ぽつりとつぶやいてしまった。エリザとルークが私よりもつらそうな顔をしている。
「お嬢!もしお嬢がどうしても嫌ならオレが逃がしてあげますからね!」
「馬鹿!逃がすってどうやってよ!」
「それは・・・わかんないけど・・・!どうにかして逃がす!だってお嬢がつらい思いするのなんて見たくないだろ、お前だって!」
「それはもちろんそうだけど・・・!」
二人の気持ちが嬉しくて私は思わず笑ってしまった。
「ふふっ・・・ありがとう二人とも。私は大丈夫よ。・・・それにまだ正式に決まったわけでもないしね。・・・それより、これから買いにいくお菓子なんだけどね・・・。」
私は話題を変え、明るく振る舞う。今嘆いていても仕方がない。それならば少しでも楽しいことを考えていたい。
お菓子をたくさん買って帰ろう。
お母様とお兄様の分も。お父様は甘いものは苦手だからいらないかな。
使用人のみんなの分も必要だ。
今は、それだけを考えていよう・・・。




