18.5月明かりの下の悪役令嬢
その夜、私は寝付くことができず窓からぼんやりと月を眺めていた。
今日はいろいろなことがあった。物語の主人公であるクレア男爵令嬢と出会ったのに殿下は恋に落ちず、それどころか殿下は私と結婚すると宣言した。屋敷に帰ってきてからお父様が少しだけ陛下たちとの話の内容を話してくれたけれど、殿下の発言は陛下も容認していることらしい。数日中に上流貴族たちを集めて改めて審議がすることになるそうだが、殿下はたとえ認められなくても結納式を強行しそうな勢いだったらしい。
私はおそらく皇太子妃になる。
殿下とクレア男爵令嬢が恋に落ちないとなれば私は殿下と結婚しても処刑されないということだろうか。だとしても、リンスレット公爵家がこれ以上力を持つことに反対する貴族からなにかされるかもしれない。それにすでに私には王家以外の嫁ぎ先がほぼ決まっていたはずだが、そちらはどうなるのだろうか。
お兄様に聞きたいことがいろいろあったが、お兄様は頭を整理したいといって帰宅してからはずっと自室にこもっている。お父様とお母様はあちこちに連絡をとったりしていてとにかく忙しそうだったので今頃疲れ果てて眠っていることだろう。
なんとなく手にしていたものを掲げてみる。それは殿下からいただいた封筒に入っていた鍵だ。金色の少し大きめの鍵。一緒に入っていた手紙には、『この中にあるものはすべて君のものだからこの鍵は君が持っていて』と書かれており、具体的に何の鍵なのかはよくわからない。今まで殿下からいただいた置物もよくわからなかったが、こちらの方がよほど扱いに困る。私は大きくため息をついた。
「とりあえず・・・手紙の返事を書くべきかしら・・・?でも・・・。」
何を書けばいいのだろうか。今もっとも殿下に伝えたいことといえば、よくもあんな場で結婚を宣言してくれたなという一点に尽きる。だが結婚は受け入れたくはないが断ることもできないのでこの手紙では触れないのが無難だろう。どのみちまだ眠れそうにないので、手紙を書きかけようと机に向かい灯りをつける。オレンジの光があたりを照らした。ペンに手を伸ばしたとき、その隣りに置かれている花瓶にふと目がいった。そこには封筒と一緒に添えられていたバラが飾られている。
「そういえばあの方は殿下の近衛騎士だったのかしら・・・?」
封筒とバラを渡してくれた騎士の青年。紫の瞳がとても印象的だった。近衛騎士は王族それぞれの専属なので、殿下の担当なのであれば今までにも見かけたことがあってもおかしくないが記憶にない。だが、殿下が私たちへの遣いを任せたということはかなり信頼されているのだろう。
彼とは最後に目が合った。なぜかあの瞳が忘れられない。宝石のように綺麗なあの紫の瞳が私の心の中まで見透かすようで、ほんの少し怖かったのかもしれない。
いつかまた、どこかで彼と会うことがあるだろうか。
もし会えたなら、もう一度だけ彼の瞳を覗きこんでみたい。
瞳を覗きこんで、そして・・・。
私はやはり手紙を書くのはあきらめて灯りを消した。とたんにあたりが暗くなる。窓辺に戻り空を見上げると月が相変わらず輝いている。
今日は本当にいろいろなことがあった。今日関わった人たちは同じ夜空の下でどんなことを今思っているのだろう。
彼は、彼女は、あの方は・・・。
私は月明かりの下で、わかるはずもない答えを探していた。




