18悪役令嬢、別の可能性が浮上する
そのあとのことはあまりよく覚えていない。
殿下が私を妃にすると宣言したことで会場中が大騒ぎとなりパーティーは強制終了となった。クレア男爵とご令嬢は騎士たちによって連れ出されたそうだが私はそれどころではなかったので見ていない。とにかく私は完全に混乱していて、殿下がなにか言っていたような気がするが適当に返事をしたと思う。近くにいたお兄様も呆然と立ち尽くしていて、騒ぎに駆け付けたお父様は頭をかかえ、お母様は卒倒した。
私がようやく我に返ったのは王城の一室に通されてしばらく経ってからだった。お母様は目の前のソファーにぐったりと座っており、お兄様は窓辺で遠くを眺めていた。ちなみにお父様は殿下とともに陛下に呼ばれたようだ。
「・・・どういうことなの、いったい。婚約破棄どころか結婚が確定してしまいそうよ・・・。」
お母様が顔を上げることなくつぶやいた。まだ体調はすぐれないようだ。そんなお母様を見て私は申し訳なくなる。
「・・・私が・・・きっと失敗してしまったんだわ。もしくは・・・物語の筋書きはどうやっても変えられなくて・・・私は殿下と結婚して破滅する運命を避けられないのかもしれないわ。」
「いや・・・ゲームの通りにはならないかもしれない。」
私の嘆きにお兄様は静かに答えた。
「・・・さっきのイヴとクレア男爵令嬢とのやりとりはゲームの中とわりと一致してた。ゲームよりイヴの言い方は冷静だったし、途中で殿下とクレア男爵のやりとりも挟まってたけどね。でもあれは間違いなく悪役令嬢が初めてヒロインをいじめるシーンだった。特にヒロインが殿下を愛称で呼んだ理由なんかは一言一句そのままだった。ゲームでは殿下はヒロインに自分の孤独を察してもらえたことに喜んで彼女にますます好意を寄せることになる・・・はずだった。」
「そうは・・・見えなかったわ・・・。」
私は力なくそう言った。殿下はずいぶん彼女に冷たかったように思う。
「うん。・・・ゲームだと特に何も思わなかったけど、よく考えてみたらあんなに全身ピンクだらけで殿下を愛称で呼んだり礼の一つもしない無礼な女なんて普通にナシだろ。むしろあの女のどこに好きになる要素がある?どう考えてもイヴの方が美人だし性格いいし家柄もいいし礼儀もちゃんとしてるし妃にしたいだろうよ。なんで僕は今まで気づけなかったんだろう。こういう転生ものってたいてい悪役令嬢になったら破滅回避のために動いていつのまにか攻略対象が全員が悪役令嬢を好きになる逆ハーレムエンドじゃん。そうだよ、そっちのパターンの方がありがちじゃんよ!」
お兄様はいつぞやと同じようによく分からない単語を交えつつ早口でつぶやく。
「エド、何をぶつぶつ言っているのよ。・・・これからどうなるの?」
お兄様はふらりとこちらにやってきて私の隣りに座った。
「詳しいことはここじゃ話せないけど・・・別の可能性が出てきた。」
「別の可能性・・・?」
「悪役令嬢逆ハーレムルートの可能性だ。これは攻略対象たちがヒロインじゃなくて悪役令嬢を好きになるパターンだ。」
「つまり・・・?」
「つまり、殿下だけじゃなくてほかの攻略対象たちもイヴを好きになるってこと。きっとイヴに次々と求婚してくると思う。」
それを聞いて私とお母様は少し気が抜けた。もっと絶望的なことが起こるのかと覚悟していたからだ。
「求婚?そのくらいならいいんじゃないかしら。イヴへの求婚なんて生まれたころから腐るほどあったもの。第一、求婚してきたところで殿下がイヴとの婚約を破棄してくださらない限り別の方と結婚できないんだから意味ないでしょう?」
「そうね・・・。そもそも殿下が私と結婚すると宣言した今の状況で求婚してくる猛者がいるとも思えないけれど・・・。」
私たちが楽観的にとらえる一方でお兄様は険しい表情のままだった。なにか気になることがあるのだろうか。私が問いかけようとしたとき、部屋のドアがノックされた。お母様が返事をするとドアが開き、お父様が姿を見せた。なんだかとてもげっそりしている気がする。
「あなた・・・!」
お母様がソファーから立ち上がりお父様に駆け寄った。少しふらついたその体を支え、お父様が微笑む。
「体調は大丈夫かい、ベラ。」
「ええ・・・。それで・・・どうなったの?陛下はなんと?」
「・・・とりあえず屋敷に戻ろう。・・・エドワード、イヴ・・・お前たちも疲れただろう?」
「お父様・・・。」
「父上・・・。」
お父様がこの場で何も話してくださらない。その時点で状況はかなり良くない方向へ進んでいることが察せられた。私が深くため息をつくとお兄様が肩を抱いてくれる。少し気持ちが慰められた。
帰路に就くためそろって部屋を出ると向こうから誰かがやってくるのが見えた。どうやら騎士のひとりのようだ。彼は私たちの前まで来ると敬礼をした。
「リンスレット公爵、少々よろしいでしょうか。」
「・・・なにかな?」
「実は殿下よりご令嬢にあずかりものがございまして・・・。自分はもう少し身動きが取れないからと託されました。」
お父様は怪訝な顔をしたが仕方なさそうに頷いた。今はもう殿下の名前すら聞きたくないところだが、受け取りを拒否することもできない。しぶしぶ了承する。
「受け取ろう。」
「ご配慮感謝いたします。ではこちらを・・・。」
渡されたのはバラの花が一輪と封筒。深紅のバラはつい今しがたまで庭にあったのかまだみずみずしい。封筒は不自然な膨らみがあるので中になにか入っているようだ。
「それでは失礼いたします。」
「ああ、ご苦労様。」
再度敬礼をした騎士の青年とかちりと目が合った。綺麗な紫の瞳。あっという間に彼は去っていったがなんとなくその姿を目で追う。
・・・私の隣りにいたお兄様が険しい表情で彼を見つめていたことも知らないで・・・。




