17悪役令嬢、作戦・・・失敗
全員の視線が殿下へと移る。
殿下の声は今までの穏やかな口調からは一変し、凍えそうなほど冷たくなっている。
「希少な固有魔法だからなんだというんだ?王城からほとんど出ることのない皇太子妃が治癒魔法を持っていて何の役に立つ?どこかで医師として働く方がよっぽど国の役に立てるだろう。」
「で・・・ですが、殿下!今後王家から治癒魔法を使える方が出れば近隣諸国へも大きな影響を与えることでしょう!万が一戦争が起きたとしても治癒魔法があれば圧倒的に有利です!それに他国から治癒の依頼が来ることで経済面でも有利な立場で条約などが結べるかもしれない!治癒魔法には無限の可能性があるのです!」
「それはつまり・・・治癒魔法が使えない今の王家では戦争が起きても勝てないし、他国との経済的な交渉もうまくいかないと?代々の王家の固有魔法も治癒魔法には劣ると?・・・ずいぶんと陛下や僕に不満があるようだね、クレア男爵。」
今まで熱く語っていたクレア男爵はいっきに顔を青ざめた。そして慌てて頭を下げる。
「いいえ、殿下!けしてそのような意味では・・・!わたしはさらなる発展が見込めるのではないかと思っただけで・・・!」
「さらなる発展ね・・・。君も知っているはずだけど、固有魔法で政治的な取引をすることは近隣諸国では禁じられている。そんなことが横行すれば、政治的に使えそうな固有魔法を持つ者は国の奴隷になってしまうからね。それでも裏でそういった取引がされることもあるだろうが・・・少なくとも陛下も僕もそんなやり方で国を守るつもりはない。戦争だって起きたらのことを考えるのではなく、起こさないことを考えている。・・・根本的に君の思想は王家の方針に沿っていない。」
「殿下!わたしは・・・!」
「もういい。今回だけは処罰はしないから今すぐ退席を。そこのご令嬢も一緒に。」
殿下がようやくご令嬢に目をやった。それまでは状況についていけずキョトンとしていたが、どうやら殿下と自分の父親が決裂してしまったことはわかったらしい。なんとかせねばと思ったのだろう、再び訴え始めた。
「ジオ様!あたしはジオ様のお役に立ちたいだけです!あたしの固有魔法は特別なんですよ!ジオ様がどんな怪我をしたって治せます!あたしはきっとジオ様と結ばれる運命なんです!」
運命か。たしかにそのはずだ。殿下は彼女に一目で恋に落ちていずれ結婚するはず。だけどどうみても今の殿下は彼女を拒絶している。
これから恋に落ちるのか?
とんでもない奇跡でも起きないかぎり無理なのでは?
いや、物語というものはたいていとんでもない奇跡がいくつも起きるものだ。今のところお兄様の知る物語とは違っているように思うのだがきっとここからなにか起きるに違いない。
「先程から気になっていたんだけど・・・なぜ君は僕をジオと呼ぶんだ?愛称で呼ぶことはイヴにしか許してない。」
んんん?ああ、そういえば昔ジオって呼んでいいよって言われた気がする。呼んだことないけど。
「だって名前で呼んだ方が仲良くなれるから。殿下って呼ぶと壁がある気がして・・・名前を呼ばれないのって寂しいじゃないですか。誰も呼ばないならあたしだけでも名前で呼ぼうって思って。」
別に誰も殿下を名前で呼ばないわけじゃない。
学友のお兄様は人目がなければ呼び捨てにしているし、陛下や王妃だって名前で呼ぶ。一部の家臣たちだってジオハルト様と呼ぶことがある。名前で呼ぶのはお互いに親しさがあるからだ。誰だって知らない人から馴れ馴れしく愛称で呼ばれたら嫌だろう。殿下のような特別な身分の方ならなおさら。
「二度と呼ばないでくれる?不愉快だから。あと、君たちは治癒魔法が特別だと言っているけれどそうでもないと思うよ。・・・怪我を治すくらいのことならイヴにもできるし。」
「できませんよ!」
私はぎょっとしてつい反論してしまった。だが、殿下は首を傾げる。
「でも昔エドワードがかきむしって化膿してた傷を治してたよね?」
「あれは傷口のばい菌を取り除いただけであとはお兄様の自己治癒力です。」
「間違って毒草を食べたエドワードを助けてたよね?」
「あれは体から毒素を抜いただけです。」
「戸棚のお菓子を取ろうとして頭ぶつけてもがいていたエドワードも治してたよね?」
「あれはあまりにも騒ぐから痛みを除去しただけで治してません。」
「ちょっとやめてくれませんかね!僕の恥ずかしい過去を暴露するのは!」
お兄様がたまらず割って入る。その顔は羞恥で真っ赤だ。
「まあ、とにかくイヴだって似たようなことができるわけだし別に君は特別じゃない。」
いや、全然違う。治癒魔法と除去魔法は全然違うと思います。
「・・・それに治癒魔法が遺伝した時の話をしてたけどそもそも僕は治癒魔法が遺伝するとは思えないんだけど。だって遺伝するならなぜ今彼女にしか発現していないのかな?もっと治癒魔法が使える人がいてもおかしくない。」
たしかにそうだ。現に彼女の両親は治癒魔法が使えない。つまり彼女は突然変異で治癒魔法が発現したということだ。私が持つ除去魔法と同じで子どもには遺伝しない可能性が高そうだ。
「もし治癒魔法が遺伝しないなら隔世遺伝でクレア男爵家の固有魔法が発現するかもね。低級の風魔法だっけ?それって王家にどれだけの利益があるのかな?それに比べてイヴはリンスレット公爵家の防御魔法とアヴァンス伯爵家の氷魔法が遺伝するかもしれない。・・・どう考えても君がイヴに勝るとは思えないのだけど。」
ご令嬢が顔を歪めて私を睨む。私の背中に嫌な汗が流れる。なんだかとても嫌な予感がするのだ。
「・・・この先こうやってくだらないやり取りをするのも面倒だから宣言しておくよ。僕はイヴ・リンスレット公爵令嬢を皇太子妃に迎える。近々正式に結納式を執り行う。」
堂々と言い放った殿下に私は愕然とした。嫌な予感は的中した。まさかこんな公の場で、私と私の家族に許可も得ず、結婚すると宣言するとは。これはもはや私にとっては処刑宣告だ。
私は婚約を破棄してほしかっただけなのに。なぜこうなった・・・!




