三十一話 独りの雨
声は届かなかった。
肩の傷が、体の中を伝ってその無力感を教えてくれる。
父にとって私の想いなど、下らない夢だったのかもしれない。
最後まで、私達らしく在ると、そこは変わらないはずなのに。
まるで噛み合わないままにここまで来てしまった。
手を取って生きていきたい仲間が、心にはずっと居るのに。
そこに自分の居場所がないなんて、居場所がなくなることなんて。
まるで考えていなかった。想像していなかった。
何があっても折れまいと、何があっても空を見上げようと。
努めてきたし、皆もそれを受け入れてくれた。慕ってくれた。
なのに、何でこうも、こうも、伝わっていなかったのか。
分からない、分からない。
「分からない!」
昨日の晩には枯れきったと思ったのにまた頬を伝った。
私が人間と、ウルムと関わったから、なのか。
犇々と忍び寄る絶望に共感しなかったからなのか。
そんな堂々巡りの考えから抜け出せず。
森の中を拙く歩く。
肩の痛みで上手く駆ける自信もなかったし、戦士達に部外者のような目で見られることが恐かった。
ここまで獣に襲われてないことが奇跡的なのかどうかも分からない。
様々な逆境を乗り越えてきた戦士達なら、こんな時にもどこへ、どうやって、何を気にすればいいのかも分かるのだろうけど。
自分の無知を、いや知ろうとしてことなかったことを恥じ入るばかりで。
今更恥を堪えて聞く仲間もなく。
ポタッ、ポタタッ。
胡乱だったからか、森の中の明るさを知らなかったからか、黒い空が更に陰っていることに気づかなかった。
ああ、雨が振る。
黒い雨が振る。
私達を侵し、そして全てを刈り取る雨が振る。
不規則に木に当たり、葉に当たり、滴る雨が、森の中ではこんな風に見え、聞こえるのだと。
そんな僅かな感動に追い縋るように浸る。
砕けつつある心の受け皿には、雨水が貯まることなく流れ、すぐに当たり前になった。
髪が濡れて頬に、耳に、首に張り付き、腕が異様に重くなっていく。
雨はこれからどれだけ振るのか、分からない。
今獣に襲われたら、駆けることも出来ずただ首を差し出すしかない。
重くなった体を、黒くなった体を、皆が綺麗と褒めてくれた腕を、煩わしく感じながら一歩ずつ進める。
今更どこへ行こうと何も変わらない。
だけど、ウルムには伝えたかった。
皆の恨みも。
その恨みをぶつけてしまうことも。
ぶつけられるに足るだけの理由があることも。
私がこうして独りで居ることも。
烏のように黒く汚れ、誰からも見離されることも。
喉を癒やす薬を分け与えてくれたことも。
それを無駄にしてしまったことも。
そのせいで父と相容れなくなったことも。
全部、全部。
言葉が通じなくたっていい。
ただ、私は私なりに、独りの私なりに私達の想いを残したかった。
彼はそんな私をどんな目で見てくれるんだろうか。
軽蔑でもいい、憐れみでもいい。
だけど、興味を失くしてしまわないで欲しい。
勝手な想いだけど、何か縋れるものが欲しいだけだから。
泣ける相手が欲しいだけだから。
どうか。
人間に付けられた腿の傷が開き、腕からはいくつもの羽が抜け落ちて。
肌の至る所に細かい傷ができた。
黒い雨はただただ滲みるばかりで、癒やすことなどなく。
血が止まっているのかどうかも蛇のように体を這う雨水のせいで分からない。
重くなった髪に引き摺られるように顔を上げれば、雨の止む気配などなく。
木々が受け止めなくなった雨を直に受けて、目に灰が入る。
慌てて顔を伏せ、瞬きを繰り返す。
髪に溜まった雨水が髪先から流れて落ちる。
皆が顔を伏せていた理由は心の問題だけではないのかと益体もなく感じた。
正面には岩肌を見せる山々が並び、私を見下ろしている。
視界いっぱいに横たわる山々は蛇のようで、その腹に抱かれているのだと改めて感じた。
空から見た景色とは違うが、斜めに亀裂の入ったような背の低い山にウルムが居るはずだ。
今すぐにでも空を駆けたいが腕が重くて持ち上げられない。
ただ、腿も震えて限界が近いことを告げている。
想いをいかにして伝えるか、なんて考えても仕方のないことだけれど。
何かを考えていなければ雨に負けて倒れ込みそうだった。
目的地からだけは目を背けずに、いやそれだけに縋って歩き続けた。
洞には、誰も居なかった。
以前来た時にあった木細工や、透明な筒なんかが無造作に転がっているばかりで。
「そんな…ウルム…。」
何もないと分かっていても、受け入れられずにノロノロと奥へ進む。
奥の床には獣の皮が何枚か重なっている場所があった。
何のぬくもりも残ってはいないと分かっていたが、引き寄せられるように倒れ込んだ。
獣の皮からする臭いにウルムの臭いが混ざっている。
そんなことだけで、十分だった。




