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黒き空のハルピュイア  作者: 心鏡
三章 風蝕
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二十八話 宝石探し

十全だ。



これ以上無いほどに準備は整った。

人も、時も、籠も。

今や懐中時計の針を見る必要もない。

ただただ、その宝石を見つけに、捕まえに、掘り出しに、愛でに行くだけでいい。

ホメイニーの持ってきた籠は無骨で、とても宝石箱とは言えない代物だった。

だから、その宝石箱を草で飾り付け、手折ったばかりの花を散りばめた。

雌三匹、雄三匹のセットと個人的な愛玩用にもう一セット。

ああ、欲張ってしまったかもしれない。

だがそれも仕方ない。この胸の高鳴りのままに用意した結果だ。

彼らが何匹いるのか分からないが、多ければ多いほどいい。

その内の12匹程度、赦してくれるだろう。

いやむしろ、愛玩用には養女を迎え入れたかのように歓待し愛でるのだ。

感謝してもらわなければならい。

私の傍に居られることを、私のために私の世界のために、その存在を知らしめられることを。

喝采せよ、今こそ始まるはミュージカルだ。

喜劇や悲劇か、はたまたサスペンスかミステリーか。

ホームズも知らない世界の扉を主人公とも言うべき私が今開く。


「ご主人様、荷の準備を終え、早速出立させました。出立のご準備を。」

「馬車か。」

「はい、残念ながら蒸気自動車(ガーニー)の速度に耐えうる荷車を用意できませんでした。」

「仕方在るまい。指示した荷は準備できたか?」

「はい、磔用の木板50インチを50枚、革ベルト150本、マスケット銃40丁、ミニエー弾2000発、織布200枚、水1000ガロン、ワイン120本、パン1400ポンドはつつがなく。水やワイン、パンなどは3日おきにソラフ・ローへ届く予定です。」

「宜しい。40人の内訳も予定通りか?」

「はい、セポイ崩れが22人、山師が4人、狩人が6人、小間使いが6人、調理人が1人、医者が1人、各々一ヶ月山で動くために必要なものを100枚のドゥカード金貨で揃えさせています。後金として同額を。彼らに飴玉は悪手だと判断しました。」

「問題ないだろう。後はただ結果を得るだけだ。」

「ご主人様が仰られるならば、そうなるでしょう。…少し妬いてしまいます。」

「立場を弁えろ。盛りを恥こそすれ、ひけらかすなど。男なら数だけは揃っているだろう、適当に見繕え。」

「すみません、そういつになく高ぶっておられますので、一時的にも熱の捌け口にして頂ければと欲を見ました。」

「この熱は来るべくして滾ったものだ。吐き捨てるものではない。くだらん話を続ける気はないぞ。連れ立ってやろうかと思っていたが気が変わった。お前も先にいけ。」

「はい…すぐに、出立します。」

「ソラフ・ローに着いたらすぐにでも動けるよう山師に地形図を作らせておけ。風下から夜襲をかけれるよう獣道の開拓も必要だろう。お前の采配に、期待するぞ。」

「はい、はい!分かりました!ご期待に沿うて見せます!」

慌ただしく強い香水の香りが去っていく。

これ以上欲が酷くなるようでは使い勝手が悪くなりそうだ。

やはり、老いた使用人に限る。大抵のそれは現状に満足できるよう整えられている。

所詮、拾い物は拾い物か。


さて、私もいい加減準備を終えねばならない。

山で隠れるにはうってつけの赤いコートを羽織り、黄色地に黒線の入った帯を締める。

反りの付いた薄い銅板に片手では持ちきれないほど重い小型蒸気タンクをM10ボルトとナットで取り付ける。

タンクの圧計は最大値の1バールを辛うじて指している。

もし破裂すれば何も感じないまま壁を汚して終わりだろう。

蒸気式マスケット銃の安全弁が閉まっていることを確認してからレギュレータと銃にゴム管を取り付ける。

レギュレータをタンクに取り付けた後、各接続のボルトが締まりきっているか、レンチでもう一度強く締めていく。

タンクのコックを開けて、まだレギュレータの圧計の針が動かないことを確認し、ゆっくりとレギュレータのつまみを回していく。

圧計の針が少し傾きを変え0.01バール程度になったことを確認してコックを締める。

更に念のためレギュレータの圧系が0バールに戻っていることを確認し、銅板を腰に巻く。

ゴム管を体に巻き付けながら右肩の上を通して腰の金具に蒸気式マスケット銃を下げる。

祖国の技術者が蒸気に狂ってできたメタノール蒸気タンクのマスケット銃だ。

臨界圧力まで行けば更に76倍と恐ろしい力を出せるという話だったが、タンクの厚みばかり増して実用的でないとして夢に終わっている。

それでなくとも、0.1バールもあれば反動だけで腕がもげる。

この蒸気式マスケット銃は発砲時の圧を反動軽減方向に逃がすため、0.01バール程度であればなんとか騎乗から撃てるらしい。

落馬した際にタンクやゴム管に何かあればと考える正常な頭が残っていればそんなことをする奴など居やしないだろうが。

徐に窓を開け、最寄りの木へ発砲する。

ボシュッ!

と強い音とともに大きく木がえぐれる。

この鼻を強く刺す酒とも言えない臭いに慣れる日は来るのだろうか。

まぁいい、あとは充填中の予備タンクが貯まれば他は明日で良いだろう。

慎重を期さねばならないものなどこれくらいだ。

ゆっくりと逆の手順で銃とタンクを外していく。

軍服ありきで設計されるべきなのだろうが、一々ここまで準備しなければならないのは煩わしい限りだ。

威力は劣るがコルト社製リボルバーの方が携帯性はいい。

ハルピュイアどもに使える気はしないが。


厚手の布を台座にしてタンクとレギュレータを蒸気自動車(ガーニー)の椅子の裏へ収納して、臭いの少し残る執務室へ戻る。

一息つくために

臭いをごまかすために

まぁなんでもいいが、葉を煙管に詰めて火を付ける。

開けっ放しにした窓の縁に立ってゆっくりと煙を肺に入れる。


穿った木と美味い煙と、そして待ちわびた時が迫る中、いやはやどうしてこの高ぶりを抑えられるだろうか。

煙は口角の上がった先から漏れていった。


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