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黒き空のハルピュイア  作者: 心鏡
三章 風蝕
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二十七話 途切れる絆

「何を、何を考えてのことだ。」



流行りの病はおおよそ、どうせ、大方、人間のせいだろうと。

そう考えて人間が多く集まる場所を視界に捉えれば、穴の空いた土塊からもくもくと黒煙を吐いていた。

いつかみた燻る火の山とは荘厳さも威厳さもないそれは、ただただ空を蝕むそれを。

相も変わらず人間共は吐き続けていた。

どこへ行こうと奴らは何も変わらない。

己がどのようにして生きているのかなど、何故生きていられるのかなど。

少しでも考える能があれば、ここまで愚かではなかろうに。

山に来ている老いた人間も、今でこそ無害では在るが、期待はできまい。

しばし、呆然と昇る黒煙を眺める。

この黒煙は山まで届き、私達を蝕む。

どこまでも、どこまでも。

風に乗り、雨で落ち、また風に煽られて、どこまでも。

一体、何故私達はここまで来たのか。

こうも抗いがたいものからあがき続けているのか。

過去を捨て、近い明日だけを目指して必死になった報いがこれか。

乾いた笑いが溢れそうになったが、嗚咽しか漏れなかった。


そんな現状を、賢しい娘ならば理解しているだろうと、どこかで期待していたのかもしれない。

この最後の時を失われた希望を互いに慰めたかっただけなのかもしれない。

だから、娘が老いた人間から貰った薬で喉を癒せると戯言を漏らしたときには、もう。

「何を、とはどういった意味でしょうか。」

「一体それが私達にとって何になるというのか。」

「喉を患った者達を助けることが出来ます。まだ――」

「まだ?まだとは何だ。一体それで何になる?その薬とやらで私達が生き続けられるとでも言うつもりか?」

「…それは――」

「なるほど、サラには効いたのかもしれん。だがそれでは一時にすぎん。その薬をお前は作り続けられるのか?材料は?製法は?そもそも人間の真似事がお前にできるとでも?お前が、お前が人間に興味を持っていることは誰もが知っている。立場も掟も守らずに興味に従って得た結果がこれか?いたずらに期待と希望を煽って何がしたい!」

「戦士長なら!戦士長なら何かできるのですか?私だって現状を理解していないわけでは、」

「いいや、できていない、していないとも。現状とは終焉だ。その淵を何とか嵐に逆らうだけの渡り鳥だ。だと言うのに嵐を見ようともせず地に這う毒花を見て嵐が止むなどと、どこの空を駆けるつもりだ!」

「それを、皆に伝えてどうするのです!ただただ終焉を待てと、絶望のまま朽ちろと仰るのですか!」

「そうではない、そうでなくとも最大限抗ってみせる!だが泡沫の夢を見て浸れるのならばそれは甘美な毒だろう。だからこそ皆に伝えるべきではないのだ。」

「何を畏れているのですか!人間に蝕まれているから人間のものは受け取れないと、そうして仲間を失うと由とするのですか!材料?製法?そこに希望があるなら皆で頭を捻れば良いでしょう!過去の私達は生きる術を、その掟や誇りも、何もない所から切り開いて来たのではないですか!」

「私達自身の手によって得たものと人間の作ったものを同列に扱うな!」

「貴賤など、生き残るために見栄を張ってどうするのです!」

「見栄?見栄だと?ふざけるなよ、私達の生き様を、大地と空と共に在るために培ってきた誇りを侮辱するか!」

足を振り上げて肩を掴む。

娘は肩から血を流しながら壁に張り付いてこちらを睨んでいる。

足に持っていた薬が洞の床を流れていく。

「もういい、お前にはほとほと失望した。お前を私達から追放する。精々人間に飼われて果てろ。」

「…はい、今までありがとうございました。」

少しばかり睨み合いが続き、足先に血の不快さを感じて肩から離す。

娘はこちらを見ることなく洞から出ていった。

「サラ!追うな。」

「はいっ!いやでも!」

「お前には人間に飼われる覚悟があるのか?」

「…いえ、すみませんでした。」

洞の脇で盗み聞きしていたサラに釘を刺しておく。

それでも追うかもしれないが、言うべきことは言った。

ゆっくりと羽ばたく音が過ぎ去って、洞の壁を滴る水の音だけが世界を作る。

大きく息を吸って、熱くなった体を冷ます。

ああ、娘は本当に強い。

最後まで私から視線を外さなかった。

分かっているとも、今までのやり方だけではどうともならないことも。

何もできることがないことも。

それでも人間から何かを得ることすら受け入れられないものが多いことも確かで。

次代に想いを繋ぐことも、新たに何かを成せるほどの時間もなく。

皆の気が落ちきる前に、空を駆けられなくなる前に。

長い冬に動けなくなる前に、誇りを見失う前に。

覚悟を決めなければならないだろう。

奴らに一矢報いて、己の行いが何を意味するのか、誇りを持って刻んでやろう。


その覚悟に娘を連れ出す気は、ない。

あの娘はあの娘自身が定めた覚悟で生きればいい。

それがどんな結果であろうと、今となっては大差ないだろう。

もし、次代へ想いを繋げられるのであれば愚かな父だったと笑い話にでもなればいい。

あれが見納めだったのなら、もう少しその強い目を見ていたかった。

洞の水溜りに土色の液体が溶けて混ざっていた。


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