二十四話 正鵠な時計
もうすぐ、もうすぐだ。
ホメイニーを使いに出してから、どれほど経ったか。
机の上で
カチカチ、カチカチ、カチカチ、カチチ
と音を刻むフレデリック・クラーク社製懐中時計が正しいならば、二ヶ月と二日。
その間に私は多くの人から喜ばれ、そして一部の人から恨まれた。
今は、畏れられているといったところか。
子羊を喰らう狼のように、地元の行商の職を奪い、デリーどころか祖国の一等品を強引に引っ張ってきてた。
服も
調度品も
宝石も
多くがこの街を塗り替えた。
街の男はターバンを解いてホンブルグハットを被り革靴を履き
街の女はピットルームで縫い上げた布をシュミーズドレスの上から羽織っている。
象牙のステッキやレース柄の傘を片手に、両手に付けた宝石を見せびらかしている。
新しいおもちゃを与えた子供のように浮かれた様相に若者は盛り上がり、老人は口先ばかりの訝しげな目を向けた。
グラーム町長は私に気を遣うようになり、商人共は金の匂いに噎せて靴を舐めに来る。
若い女は競うように股を開き、屋敷の警備もいたずらに厳しくなった。
商館は木々や瓶に入った植物を糧に排煙と蒸気を吹き、鉄製所のハンマーを持ち上げている。
フリントロック式マスケット銃が多くの狩人や兵士に行き渡るのも遠くない。
祖国純正の弾薬盒が牛革で出来ているために宗教上の理由で噛み切って使えないというところが悩みどころだが。
何にせよ、体制はできた。
ソラフ・ローまでの道を馬車がすれ違えるほどに開拓し始めている。
ホメイニーが寄越した手紙の内容では不十分な籠しかできないだろうが、こちらで修正できるだろう。
ハルピュイアを消耗させるためだけの人的資源も笛を吹けば用意できる。
このまま、冷え込めば山には白が拡がって立ち入れなくなる。
屈強な狩人など一部の者なら問題ないだろうが、それで機会を失っても無意味だ。
だから手紙の返事には叱責と催促を書いた。
わざわざデニーに出張してきたタイムズの情報屋も私がしようとしていることは掴めていまい。
ホメイニーが動き回ったせいで注目はされただろうが、追えたところで物流くらいだ。
スリナガルが祖国かぶれしていることに目を奪われてその背後まで見えやしない。
それでも、あのホームズ愛用のタイムズだ。
いずれは気付くだろうと考えるべきだかもしれない。
邪魔など、させるものか。
しばらく前に、爺の小間使いがやってきて、厚かましくも物資をせびってきた。
まるでソラフ・ローで暮らしていくかのようなその要望にハルピュイアの影を見た。
小間使いは直接そうとは言わず、爺が山に登り、洞で暮らそうとしていると、そう言った。
いくら植物馬鹿とはいえ、愚かではない。
不必要な労力をかけてまで非効率的に研究することはないだろう。
では、山に登る理由は何か。
一つ、希少な植物を見かけた。
一つ、希少な動物を見かけた。
一つ、ついにボケた。
となれば爺がハルピュイアを見つけた可能性は十分にある。
その場合はハルピュイアへコンタクトを取るか、捕まえるか、あるいは遠くから観察するか。
爺独り残っても捕まえることなど到底できまいし、観察するだけなら山に篭もる必要もあるまい。
であれば、コンタクトを取っているのか。
小間使いが伏せていたことから、信用される話ではないと悟ったか、その繋がりを失いたくなかったか。
可能性としては挙げたが、今更あの爺が他人の目を気にするはずもない。
つまりは、爺はハルピュイアと接触し続けられる関係にある、ということか。
そう結論付けた。
それはとても、ああ、僥倖だ。
人への警戒心が薄らいでいる獣など、家畜同然だ。
こうまで御膳立てされては、ああ、彼らを掴まえて
愛でて、喰って、見世物にして、嬲って、犯して、好きに弄べと
言われているようなものではないか。
鳥籠はまだか、まだか、まだか。
そう急く胸の内が顔にでる前にまた吐き出さねばならん。
今晩は、ああ、ネハでも抱くか。羽飾りのボンネットでも用意すれば良いだろう。
急く心に水を差すように、机の上で
カチカチ、カチカチ、カチカチ、カチチ
とフレデリック・クラーク社製懐中時計が変わらずに正確な時を刻んでいた。




