二十一話 アルテ
結局、彼らに、いや彼女に会いに来た。
使用人にはなんだかんだと理由を付けて、こうして洞に篭っている。
不承不承に使用人は机や瓶、顕微鏡までバラして持ってきてくれた。
流石にこの仕事ぶりには好感が持てる。
昨日の賞賛を今日まで引き摺るつもりなど毛頭ないが、中々に評価を落とさずにいる。大したものだ。
だが、私の興味は専ら彼女だ。
身振り手振りでなんとか伝えようとも試みたが、そもそも腕がない生物に腕で形作ったところで伝わるわけもなし。
直近の成果は、いや唯一か、の成果は名前を交換したくらいか。
はっきりと自信をもって言えるわけではないが、
アルテ
それが彼女の名前だろう。
アルテにも私の名は伝わったようだ。
が、この先は非常に難しい。
彼らの文化を知るなど現実的じゃない。
それでも好奇心が首をもたげてしまう。
言葉で触れ合える健全なものから、体の構造を解剖するような非健全なものまで。
イギリス淑女にしようものなら舞踏会には立入禁止になるであろうほどアルテの全身を隈無く眼で舐めた。
文化的な好奇心としては服、だろう。
幾重にも羽を重ねた女性服と一枚の大きな翼を持つ男性服があるようだ。
これは鳥の在り方からすれば逆でむしろ私達人間のほうが近い。
鳥に限らないが一般に動物は雄の方が美しい姿を取る。
人間のように強姦などがなく、雌の選択権がしっかりと機能するからだ。
彼らが強姦のようなことをするとはとても思えない。では何故自然界とは逆なのだろうか。
体の構造で最も気になるのは下半身と上半身との結合部および皮下の内蔵だ。
生殖方法についても気になるが、アルテの胸部に膨らみがない(服の下に隠れているだけかもしれないが)ことを考えると鳥らしく卵生ではないかと推測できる。
であればどこまでが人間と同じでどこからが異なるのか。
一度解剖してみたい。
今日は雨。恵みとは呼べない黒い雨。
私とてアルテのことばかり考えているわけではない。
先日、花の美しさに目を奪われて採取したユリ。
今までは単色のあるいは艶やかな橙や紫の色をしたものしか知らなかったが、これはまるでヒトデのようだ。
よじれた花びらに反転のある黄色い筋が花びらの中心に走っている。
この花を、萼、花弁にわけ、葉も脇芽も胚軸も根も球根も分けて、色々と試してみた。
水分を含む状態ですり潰したものを
乾燥した状態ですりつぶしたものを
塩に漬け込んだものを
砂糖に漬け込んだものを
薬指で少し掬って舐める。
すると、乾燥したものと塩に漬け込んだ上根が鼻の付け根と喉に刺激した。
これは一つの可能性だろう。
実際に肺を患わなければ判断付かないが、悪影響のない範囲の見極めと効能の確認が必要だろう。
使用人を使っても良い。
また球根や上根にまとわりついていた小球根は食料になる。
そのまますりつぶしたのではアクが強く、腹を下しかねないが、湯に通せば十分食せるだろう。
一つ欠点としては、採取時に群生していなかったことだろう。
いくつか点在していることは確認したが、あまり多くの採取は望めまい。
今のうちに二十本くらいは確保しておきたいことろだ。
このユリの研究を進めても良いが、他にも候補はある。採取した植物の触りだけでも網羅しておかねば。
机の上の瓶や顕微鏡がガタガタと揺れる。
机の足の長さも不揃いであれば洞の床はもっと不揃いだ。
椅子もトワル・ド・ジュイで覆われた一級品などではなく、木こりが組んだのかと思うほど無骨で背もたれもない木組みのものだ。
いっそ机の足を切り落として床に座り込んだほうがよっぽど安定するのではないかと思う。
いや、むしろその方がいいか。使用人にやらせよう。
顕微鏡では舐めて効果のありそうなものを最大倍率で確認しながら紙に描写していく。
それが何かはわからなくとも、類似効果は類似形状であろうという推測だ。
歯痒いことに、奥深いことに、もどかしいことに、面白いことに。
中々見覚えのある図式は得られない。
未知は私達人間に多くをもたらしてくれる。
そうして私達の文化は発展し、今日がある。
かの産業革命を経て、私達は未知を知ったのだ。
それはアダムの林檎だったのかもしれないが、足を止めるわけにはいかない。
植物達に多く秘める未知に加えて、更なる未知を知ったのだ。
敬服の念を忘れはしない、それは植物達に対しても同様だ。
その上で貪欲に彼らを知らなければならない。その先に黒い雨が降ろうとも。




