二十話 ウルム
結局、人間は戻ってきた。
あれだけ言ったのに。全くもって通じていなかった。
それでもまぁ大勢引き連れて私達を捉えようというわけじゃない。
老いた人間はその目に好奇心をありありと浮かべていた。
人間が戻ってきたのはメフリが賭けに勝った頃。
老いた人間は筒状のものを目に当てて、私達を探していた。
それを斥候が見つけて私と戦士長に報告する。
また同じ議論が出るかと思ったけど同じ人間だと分かったら、斥候にあしらうよう告げて終わった。
でも老いた人間は斥候に満足しなかったようで、腕を振り声を荒げ何かを必死に伝えようとしたらしいが、結局は分からなかった。
それは他の者が代わりに行っても同じことで、結局私が出向いた。
すると、一緒にいた斥候曰く、さっきまでと態度が違うとのこと。
思わずため息が出る。
別にむやみに人間を害すべきじゃないと思っただけで、この老いた人間に好意があるわけじゃない。
どちらかと言えば、結局のところ同じ人間であるわけで、好きになんてなれそうもない。
そんな私の気持ちをまるで組もうともせず、年不相応にキラキラした目を向けてくる人間。
彼は必死に同じ言葉を繰り返した。胸に手を当てたり、指先を自分の顔に向けたり。
なんとはなしに自分の名前を告げているのではないか、と感じて聞こえた音を繰り返してみる。
「ウルム?」
口に出してみたけどまるで耳に入った音とは同じに思えなかった。
でもウルムはそれに満足したようで、破顔してまた身振り手振りを始めた。
奇妙に動く動物に面白さを感じても結局のところ理解できないものを理解しようとした所で仕方なく、飽きる。
これ見よがしに欠伸を一つして、飛び立とうとする。
ウルムはまた手を伸ばしてきた。
状況からして挨拶じゃない。初めてあった時もそうだったんだろう。
そう思うと少し恥ずかしかった。
傍に居た斥候が警戒して敵意をウルムに向けたが、ウルムは少し落ち込んだように伸ばした手をノロノロと引っ込めるばかりだった。
そんなことが、二度、三度、四度と続いて。
今回はもう斥候すらついてない。
皆やるべきことはある。
私も同じはずなんだけど、不用意にウルムが近づいて来ないなら、これこそ一番大事な仕事なんだと言い聞かせる。
だけども、まぁ、毎度毎度飽きもせず身振り手振りで必死に何かを伝えようとするウルムは求愛期に入った小鳥のようで、他人事のように微笑ましくはあった。
求愛先が私でなければもっと良かったのに。
ウルム自身を指して、ウルムといい、私を指して何か言い首を傾げる。
なるほど、名前を聞きたいのかな。
「アールマティよ」
「アラティ?」
「アールマティ」
「アラティ!」
うん、違うけど。まぁいいか。
というか片言ではしゃぐ姿にとても老いなんて感じない。
老練な戦士達は、感情をあまり表に出さず、鈍重だったけど人間は違うのかな。
結局、それ以上は何を言いたいのかよくわからなかったから。
暇なのを理由にウルムを観察する。
白くなった髪が乱れるように頭の側面を這う。
くぼんだ目の中に爛々とこちらを見る眼球があり、鼻は高く頬はコケている。
表情は私達同様に豊かで、落ち込んだり笑ったりするようだ。
ウルムは表情を含めて私に何かを伝えようとするためか、必死に顔の造形を変えている。
眉が上がったり下がったり。
口角が上がったり下がったり。
目の皺が寄ったり広がったり。
舐るような視線が私の体の至る所を這う。
最初はとても、とても不快だったけど。
視線自体に男がするような不快さはなかったから、ちょっとずつ慣れた。
今でも心地よくはないけど、ウルムはそういうもんなんだと思うようにした。
首を隠すような白い何かの上から動物の革でできたような茶色い大きなものを肩から下げて腕を通している。
私達がそんなものを被ろうものならすぐに地面に落ちてしまうだろう。
腰には光沢のある薄い石を巻いている。
どうやってできているのかまるで分からない。すごいのかすごくないのかさえ。
興味を持ったところで害にしかならないという祖母の教えが聞こえてくるようだった。
観察も飽き飽きして、離れることを決めた。
何も伝わらない私にも学習できたことがある。
ウルムは立ち去ろうとすると肩を落とすが、笑いかければそうもならないということだ。
赤子をあやすこととなんら変わらない。
だから今日もこうして、笑いかける。
この行為に抵抗がなくなってきていることは、少し、いやとても危ないのだろうと思うものの。
慣れとは恐ろしいもので。
また、ウルムが現れたら、特に抵抗なく来るのだろうと思うととてもむずがゆかった。




