第八話
今、俺は二階に続く階段の前まで来ている。
階段の横にあるスイッチを押してみるが、電気が通っていないので明かりはつかない。
また、築年数から言っても、魔法が使われている可能性も低い。
階段前から二階を見ると、まだ昼だというのに暗く、奥まで見通すことができない。
「よし。クロエ。この家はやめておこう。絶対に」
玄関に向かい、靴を履こうとする。
あんなに暗いところで幽霊なんかに出会ったら、俺はその瞬間、心臓まひで死ぬことになるだろう。
俺はまだ生きていたい。
そのための戦略的撤退なのだ。
これは。
「マスター」
涼やかな声が、俺の耳に届く。
「……なんだ?」
「行きましょう。まだ推測の域を出ませんが、この現象の原因は、魔法が考えられます」
魔法?
「クロエ、どうしてそう思ったんだ?」
「はい、マスター。この家は築13年と、比較的昔に作られています。そして、魔法が登場したのが、その翌年です。そのため、この家には魔法が使われていないことが分かります」
「確かにそうだな。じゃあ、やっぱり幽霊の仕業なんじゃ」
「いいえ、マスター。何度も言いますが、それはあり得ません。先ほどの続きになりますが、一階を見て回ったときに、何か所か新しくなっている部分が見受けられました」
「新しくなっていた部分?」
思い出してみるが、どこにもそんな場所はなかった気がする。
だが、なんとなく負けた気になるので、知ったかぶりをしておくか。
「ああ、あそこのことか」
「マスター。今、右上を見ましたね。この右上を見るというのは、心理的に嘘や……」
「ごめんなさい! 適当こきました!」
やっぱり、人間素直が一番だな。
「それで、新しくなってたのって?」
「はい、マスター。キッチンです。キッチンのコンロには、魔法が使われています。そのため、建築してから最低一度は、改築が加えられています」
言われて、思い出した。
そういえば、キッチンのコンロに魔法が使われていた。
コンロを変えるためには、これまで使っていたものを取り外し、ガスなどの処理をしてから、新しいものを取り付ける。
そうなると、大掛かりな工事になる。
「そういえば、そうだったな」
「はい、マスター。また、風呂やトイレにも、見た目には分かりにくかったと思いますが、魔法が使われていると考えられます」
思い出してみると、確かに違和感があった。
トイレのタンクは小さかったし、風呂も……。
まあ、なんか違和感があった。
「それで、何でこの現象が魔法だと推測できるんだ?」
「はい、マスター。あのコンロの魔法は、実用化された初期の製品です。この時期に作成された製品は、まだ技術が成熟しておらず、故障や不具合が多数報告されています。そのため、二階にも何か魔法製品が設置されていて、それが不具合により何らかの音が発生し、それがうめき声に聞こえたのではないかと推測されます」
そう言えば、俺が会社で作っていた製品も、初期の頃はたびたび誤作動が起きて、レポートが上がってきていた。
その中に、異音が発生する、というのも多数あった。
その修正に苦戦したことを、覚えてる。
同僚と言い合いになったこともあった。
でも、あいつは俺が悪くて謝っても、そんなことか、じゃあ後で晩飯でも奢ってくれと、あっけらかんと言って笑ってたっけ。
「それではマスター。二階を調査してみましょう」
その声が、思い出に浸っていた俺を現実に引き戻した。
幽霊は怖いが、魔法となれば話は別だ。
これは、俺の得意分野だ。
恐れる必要なんてない。
俺は、二階への一歩を踏み出した。




