第五話
玄関のドアを開けると、冷たい風が肌に突き刺さる。
もう一枚上に羽織るべきだろうか。
いや、そんな時間は無い。
腕に着けた時計を見ると、12時40分。
歩いて20分なら間に合うが、ギリギリのところだ。
一瞬だけ迷うが、歩いていれば体も温まるはず。
玄関に鍵をかけて、不動産屋に向かって歩き始めた。
不動産屋への道は、川沿いに歩いていけば到着するようだ。
しかし、寒い。
どうやら川沿いということもあり、玄関を出た時よりも、この周辺は数度低いようだ。
なんで戻らなかったのだろうか。
数十秒のロスで、こんな思いはしなくてよかったのに。
体を温めるために、少し早歩きにする。
予想通り、数分もすると体も温まってきて、周りを見る余裕も出てきた。
川沿いにある木は、もう葉が枯れ落ちて、枝ばかりになっている。
いつも通りであれば、あと数日もすれば雪がちらついてきそうだ。
そうなると、冬服も出す必要があるし、こたつの準備もした方がいいだろう。
本格的な冬になる前に、準備できることはしておかないと。
そんなことを考えつつ、不動産屋への道を急いでいた。
歩くこと15分。
目的地の不動産屋に到着した。
時計を見ると、12時55分。
なんとか間に合ったようだ。
1.5キロのそう遠くない道のりだが、早歩きできたためか、少し汗ばんで、息も少し上がっている。
日頃、運動をしていないつけが、こんなところで返されたようだ。
一、二分息を整えてから、不動産屋に入る。
中には様々な間取りの物件が張ってあり、奥には、俺と同じか少し上ぐらいの男性が、パソコンを前に難しい顔をしていた。
テーブルに呼び鈴があったので、それを鳴らしてみる。
風鈴にも似た透明感のある音が鳴り響く。
見た目の金属とは違う音が出て、少し驚く。
どうやら、ここにも魔法が使われているようだ。
そして、その音に気付いたのか、奥の男性がこちらに歩いてきた。
「伴宗一さんでしょうか」
「はい、そうです」
「ご予約いただき、ありがとうございます。今日は事務所を借りたいとのことで、いくつか物件を用意いたしました。どうぞこちらに」
人好きしそうな笑顔でそう言うと、外から見えない席に座るよう促される。
その言葉に従い、席に座る。
すると、すぐに奥から女性が出てきて、お茶を置いてくれた。
一口いただこうと湯呑に触れると、少し冷たい。
驚いて、お茶を持ってきた女性を見ると、笑顔を浮かべている。
「ふふっ、先ほど急いで歩いてくるのが見えまして、少し汗ばんでいたようなので、冷たいものをお出ししました」
女性はそう言って一礼すると、また奥へと戻って行った。
一部始終を見られたのか……。
気恥ずかしさを隠すために、一口お茶を口に含んだ。
「すみません、お待たせいたしました」
初めに対応してくれた男性が、戻ってきた。
「ああ、すみません。自己紹介がまだでしたね。私、田島不動産の代表をしております。田島 慎太と申します」
そう言うと、名刺を差し出してくる。
それを受け取り、こちらも返そうと財布の中を見る。
だが、ここで会社を退職しているから、名刺が無いことを思い出した。
「すみません。名刺は今切らしておりまして……」
「いえ、大丈夫ですよ。それでは、いくつか物件を紹介していきますね。ご予算は10万程度とお聞きしていますが、よろしいですか?」
予算十万とのことだが、自分では判断ができない。
今回の件について、相場観なんてものは持ち合わせていない俺は、役立たず同然だ。
「すみません、スマホを出してもいいですか?」
「スマホですか? 理由をお聞きしても?」
「アシスタントのAIが居まして、そちらと相談して決めたいのですが……」
「ああ、なるほど。承知しました。多くはありませんが、そのようなお客さんもいますから。そんなに心配そうな顔をしなくても大丈夫ですよ」
どうやら、不安が顔に出ていたようだ。
一つ咳払いをして、スマホを取り出す。
「クロエ、聞こえているか?」
スマホに向かって声をかける。
「はい、マスター。聞こえています。カメラを見たところ、今は不動産屋さんの中でしょうか?」
「そうだ、今から物件を見せてもらう。それで家賃の件だが、10万ぐらいでいいのか?」
「はい、マスター。これから事業をするにあたり、その値段が適正だと判断します」
「了解。予算は十万円で大丈夫です」
田島さんを見ると、目を丸くしている。
どうしたのだろうか。
「あの……田島さん? 何かありましたか?」
田島さんは、ハッとして我に返る。
「すみません。見たことのないAIだったもので、少し驚いていました」
一瞬、何のことかわからない。
そして、思い至る。
AIを作製するやつなんて、奇人変人の類だということに。
「ああ、そうですよね。このAIは俺が作ったので、確かに見たことは無いでしょうね」
「そうなんですか。そういえば、先ほど新しい事業をすると聞こえてきましたが、やはりそちらの関係で?」
「いやいや、AIは趣味程度ですよ。事業は魔法関係のことをしようと思ってまして」
魔法と聞いて、田島さんが少し考えこむ。
何か悩んでいるような顔をしている。
「……少々お待ちください」
そう言って、奥へ戻っていく。
そして、一枚の紙を持って戻ってきた。
「伴さんに、一件紹介したい物件があります」
そう言った田島さんの目は、真剣だ。




