第三話
「……ター、起きて下さい」
誰かが呼んでいるような気がする。
でも、布団の柔らかさと暖かさから逃れることは、人間ならできるはずもない。
むしろ呼びかけてくるその声が心地よく、また夢の中へ落ちていく。
「仕方ありません」
やはり、きれいな声だ。
意識を保つことができない。
おやすみ……。
静かに眠りに落ちる、その瞬間。
ジリリリリリリリリリリリ!
その騒音に飛び起きる。
この警報のような音。
何かあったに違いない。
急いで貴重品を取り出し、そのまま玄関に走っていく。
「おはようございます。マスター」
そこで動きが止まった。
振り返り、声の方を見ると、テレビの画面にクロエが映っている。
「……おはよう、クロエ。それで、今何が起きているのか説明してくれるか?」
「はい、マスター。もういい時間なのに起きてこなかったため、少々手荒な手段を取らせていただきました」
「そうか。何か起こっているわけじゃないんだな」
「はい、マスター。昨日、そう指示されましたから」
「えっ?」
思い出そうとするが、頭が痛くて、考えることができない。
この痛みは覚えがある。
これまで何度も経験してきた痛みだ。
俺にとっては、不治の病と言っても過言ではない。
二日酔いだ。
この病を治すには、酒を飲まないという治療法しかない。
だが、俺は酒が飲めなくては心が死ぬと思っているので、断酒という選択肢はなかった。
そして今日のこれは、昨日飲んだ酒のせいだろう。
でも、不思議なことがあるもんだ。
昨日は、そんな大量に飲んだわけでもないのに……。
そんなことを思いながら、キッチンに向かい水を飲む。
幾分か痛みが引いたような気がする。
冷静になってキッチンを見ると、新たな疑問が浮かんでくる。
そういえば、昨日使ったコップとか洗ったっけ?
シンクを覗いて見るが、洗った形跡はないし、戸棚を開いてみても、使ったコップが見当たらない。
どこへやったのだろうか?
別のコップに水を注ぎ、昨日と同じ椅子に座ると、テーブルにその答えが見つかった。
食べ残しと空になったコップが、手つかずで残っていた。
どうやら昨日は、片付けをしないで眠ってしまったようだ。
「マスター。思い出しましたか?」
クロエが図ったかのようなタイミングで声をかけてくる。
「いや、まだ思い出せてない。昨日何があった?」
俺はテーブルにある瓶を持ち上げる。
昨日戸棚から取り出した時は、琥珀色の液体で満たされていたその瓶は、中身がきれいになくなっていた。
「マスター。それでは、昨日の映像を出しますか?」
「ああ~、見せてくれ」
テレビの画面が切り替わる。
そこには、俺の部屋が映っている。
結構鮮明な映像だ。
そういえば、前にこの辺りに空き巣が入ったと聞いて、急いで設置したことを、今の今まで忘れていた。
そこには、一人で酒をあおる俺の姿が映っている。
はたから見ると、こんなに情けないものかと、目をそむけたくなる。
だが、目を背けては何もわからない。
この羞恥心に耐えながら、画面を見る。
映像は早送りになっているようで、飲むペースが異常に早い。
映像の中の俺は口をパクパク動かしているが、おそらく映画の内容に文句をつけているのだろう。
残念ながら音声は録音されないので、何を言っているのかはわからない。
いや、もしかしたら、録音されていないのは幸運かもしれない。
そうしているうちに、映画が終わったようだ。
しかし、俺は画面に対して何か話をしている。
何か画面が変わったような気がするが、角度が悪くて、何を映しているのかわからない。
なにやら、指で何かを書いたり、手でバツや丸を作っている。
自分のことながら、滑稽以外の言葉が見つからない。
シークバーを見る限り、一時間ぐらい続けただろうか。
最後に指をさして何かを確認した後、納得したように頷いた。
その後も何かを指示していたようだが、何を言っていたかはわからないし、思い出せない。
そして最後は、椅子から立ち上がり、寝室の方へ歩いて行った。
「マスター。以上です」
「昨日、映画が終わった後話していたのは、クロエであってるか?」
「はい、マスター。映画終了後、仕事についてディスカッションをしていました」
「仕事についてのディスカッション?」
「はい、マスター。今後の仕事について議論し、熱い思いをお聞きしましたので、ホームページの作成をしました」
「ホームページ作成!?」
「はい、マスター。表示しますか?」
「今すぐしてくれ」
昨日の俺は、何をしていたんだ?
酔っていて記憶がないのは非常に怖いが、確かめないわけにはいかなかった。
そして、ホームページが表示される。
そこには『伴魔法修理工房』と表示されていた。
昨日の俺、何やってんだよ……。




