第二十四話
馬場さんたちの依頼から、もう一か月が過ぎた。
あれから馬場さんや五里さんが宣伝してくれたのか、少しずつではあるが、依頼が来ることが多くなってきた。
それでも、一週間に二、三件ぐらいなので、店先でぼーっとしていることも少なくない。
たまにあかりちゃんが来て、俺の相手をしてくれることもあったが、とにかく暇が多い。
「マスター」
「んぁ? なんだ、クロエ?」
出かかっていたあくびを噛み殺し、クロエの問いかけに応える。
「ホームページ経由で修理の依頼が来ていますが、受けますか? 内容は、ポータブルコンロが起動しなくなったので、修理してほしいとのことです」
「ポータブルコンロか。いいよ、受けてくれ」
「承知しました。それでは、修理費の方は、基本料金一万円に加え、技術料として五千円の合計一万五千円を提示し、送付方法や注意事項も踏まえて、返信します。よろしいですか?」
「うん、それでよろしく」
「送信しました」
「ありがとう」
「感謝は不要です」
それにしても、ポータブルコンロか。
中身はコンロを小さくしたような感じだろうが、実際に手に取ってみたことはないな。
一回、実物は見ておいた方がいいか。
「クロエ、ポータブルコンロが売ってる店って、この辺でどこ?」
「はい、マスター。候補は二店舗あります。まず一つ目が、商店街にある個人経営の小山電機です。ただ、販売していた時期が三年前で、それから情報が更新されてないため、現在も販売しているかは不明です。そして二つ目が、駅前にあるチェーン店の川原電気です。ここなら現在も販売している情報があるので、お勧めです。ただ、小山電機よりも遠いというデメリットがあります」
「そうか。じゃあ、川原電気まで行ってくるよ。幸い……いや、残念ながら、お客さんがいないから時間はあるし、気分転換がてら、ちょっと歩いてくるよ」
「承知しました。お客様が来ましたら連絡いたします」
「じゃあ、ちょっと行ってくるよ」
俺は店から出て、駅前に向かって歩き始める。
空を見ると、雲一つない春日和。
気合で耐えていた雪も、姿を消していた。
ただ、こんなに日が出ているのに少し涼しいので、歩いていても汗が出ずに、気持ちよく散歩ができる。
それにしても、ポータブルコンロか。
昔に出た時には、ガラスケースに入っていたところを見ただけだったが、最近は数万から数十万まで、かなり価格帯が広くなっていると聞いたことがある。
この数年でどんなことになっているのか、期待しながら電気屋に向かった。
ポータブルコンロは、キャンプ用品とキッチン家電のどっちだ?
ま、時間もあるし、キャンプ用品から見ていくか。
それにしても、この川原電気、入ったことなかったけど結構広いな。
いつもは会社近くの店に行ってたから、新鮮だ。
エスカレータで上の階に向かっていると、フロア全体が見えて、品数も充実していることがわかる。
「さてと、ポータブルコンロはどこかな?」
エスカレータを降りたところのフロアマップを見ると、キャンプコーナーの中に、ポータブルコンロの文字を見つけることができる。
このフロアであっていたようだ。
その場所に行くと、様々なポータブルコンロが並んでいる。
一つ、エントリーモデルと書いてあるものを持ってみると、予想以上に軽い。
大体、四百グラムから五百グラムの間ぐらいか。
結構軽いな。
外装を爪で軽く叩いてみると、軽く、高い音がする。
この音の感じだと、樹脂は大体2mm厚かな。
性能を見ると、二段階の熱さに調節できるらしい。
これで、五千円か。
中身は分からないが、エントリーモデルとしてなら、お買い得だな。
続けて、お高いモデルを見てみる。
こちらはケースに入っていて、見た目しかわからないが、スペック表が書いてある。
重さはエントリーモデルと同等の三百九十グラムで、残念ながら樹脂の厚さは分からないが、耐久性は高そうだ。
性能としては、五段階の調整ができて、二万円か。
正直言うと、これなら俺はエントリーモデルを買うと、誰に言うでもないジャッジを下した。
それにしても、家電量販店に来るとテンションが上がるな。
そのまま、俺はウィンドウショッピングを楽しんだ。
外に出ると、もう日が暮れ始めて、町を橙色に染めている。
俺はなぜか、お高いポータブルコンロを持っていた。
色々と調べているうちに、なんだかほしくなってしまい、衝動的に買ってしまった。
こんな状況で不要な買い物をして、クロエに何と言われるかわからないから、隠しておくか? いや、そんなこともお構いなしに、クロエは見抜いてくる。
正直に言った方がいいな。
言い訳としては、修理のための参考に買ってきたといって、はぐらかそう。
最後まで、あがいて見せるさ。
その時ふと、見知った姿を見つけた。
カバンに、遠目にもわかるほど目立つ死にゲーのクリーチャーキーホルダーをつけている女子なんて、あいつしかいない。
「おーい」
そいつに手を振って、声をかける。
相手はこっちに気付いたようだが、顔を背けて、足早に逃げて行ってしまった。
他人の空似だったのか?
そうなると、相手からしたら、知らない中年のおっさんが笑顔で自分に手を振ってきている状況。
そりゃ逃げるわ。
自分で納得して、家路につく。
でも、頭の片隅では、退職した日、涙を浮かべて引き留めてくれた後輩としか思えなかった。




