第二十話
「さて、これが例の金庫だよ」
店の奥に通されると、そこには1メートル。
いや、それより低いか。
70cm四方の黒い塊が、存在感を放ちながら鎮座していた。
前面にはカギ穴がついていて、他には開けるときのハンドルしかない。
素材は普通の金属で、特別なものじゃなさそうだ。
それと、この大きさで床が抜けてないのなら、100kgちょっとぐらいかな。
表面に製造元を示すような刻印もないから、どうやって開けるかは、調べても無駄になりそうかな。
でも、これだけじゃあ魔法が使われているかわからない。
どうやって鍵屋は、こいつに魔法が使われているってわかったんだ?
そんな疑問が頭に浮かぶが、調査を進めていく。
そのほかの面も見ていくが、魔法が使われている気配はない。
となると、この鍵穴くらいしか手がかりがない状態か。
俺は持ってきた道具の中から、ヘッドライトとルーペを取り出す。
これで、鍵穴の中を見てみる。
そこには機械的な機構が一切なく、代わりにうっすらと光っている。
そうか、これを見て鍵屋は、自分の領分じゃないことに気づいたのか。
だが、現状では一部しか魔法回路が見えていないので、これが何の役割を果たしているのかわからない。
「マスター、配管カメラを使用してはいかがでしょうか」
胸ポケットから声が聞こえてくる。
そういえば、持ってきていたっけ。
「サンキュ、クロエ」
「感謝は不要です」
三段になっている道具箱の一番下から、配管カメラを取り出す。
そう言えば、二人は店の方に戻って行ったみたいだ。
仕事の邪魔をしないよう、彼女たちは気をまわしてくれたのだろう。
この場所に一人にしても問題ないと判断されたのか、それとも元々とるものなどないのか。
どっちにしても、少なくとも信頼してくれてのことなんだから、その信頼には応えないといけないな。
持ってきたタブレットに配管カメラを取り付け、鍵穴の中に入れていく。
すると、魔法回路の構造が見えてくる。
どうやらこれは、何かを検知して、開く仕組みになっているようだ。
そこで、センサになっている部分を見るが、その部品は見たことがない。
つまり、肝心の何を検知させるのかが、わからない。
「クロエ、このセンサについて調べてくれないか?」
「はい、マスター。検索を開始します」
そう言うと、タブレットの中のクロエが静かになる。
そして、数秒もすると口を開いた。
「マスター、この検知器は一定以上のアルコールに反応します。販売元のホームページを見たところ、呼気に0.2mg/L以上のアルコールが検知された場合、反応するようです」
「アルコールぅ!? えっ、これアルコールを含んだ息をはくと開くってこと!?」
「はい、マスター、その通りです」
ゆっくりと目を金庫に戻す。
おまえ、なんちゅう代物なんだ。
こいつの前の持ち主を知りたいとは思うが、リサイクルショップに売られていたなら、辿るのは難しいだろう。
それはそれとして、開錠方法が分かったのなら、あの二人に知らせなくては。
俺は店の方に戻ると、二人がカウンターに横並びになって談笑している。
「開錠方法、分かりましたよ」
二人がこっちを見てくる。
「そうかい、それで何だったんだい?」
「もったいつけてないで、教えてよぉ」
五里さんからの命令は、なるべく聞いた方が身のためだ。
すぐに答えなくては。
「はい、あの金庫、アルコールで開くみたいです」
この部屋の時計の音だけが聞こえる。
「……まだ、酒は入ってないんだけどね。それで、なんだって?」
「年ですもんね。詳しく言うと、呼気にアルコールが基準以上になれば開くようです」
馬場さんがこっちを睨んでいるが、無視する。
……いや、忘れてたけど、酒おごってもらうんだから、ちゃんとしないとか……。
「それで、その基準ってのはわかるのかい?」
「クロエ、どんくらいだっけ?」
さっき聞いたが、まともに聞いていなかったので、覚えていない。
「はい、マスター。0.2mg/Lです。一般的な表現をするなら、泥酔状態がこの基準に当たります」
「だ、そうです」
となると、かなり飲まなくてはいけない。
「クロエちゃん、その検知器って、アルコールを直接かけたりしたら開かないかしらぁ」
五里さんが、クロエに質問する。
「はい、五里さん。結果から言うと、開きません。この検知器は、呼気に含まれるアルコールを検知します。呼気は、二酸化炭素や酸素、窒素がほとんどを占めています。そこで飲酒をすると、全体のわずか数万分の1程度の超微量な変化が起き、それを検知器は観測しています。アルコールを直接、霧吹き等で吹きかけても、呼気と比較して莫大な量のアルコールのため、検知器は動作をしないようになっています」
クロエの説明を聞いて、なんとなくは理解した。
「クロエ、つまりはこの金庫を開くには、下限で0.2mg/L、上限がわからないが、その間にあるアルコールを含んだ呼気が必要ってことか?」
「はい、マスター。単純に言うと、そういうことです」
そういうことなら、俺はこの先役に立ちそうなことはないな。
「じゃあ二人とも、俺は仕事を全うしたので、これで帰りますね。あとで依頼料は取りに来ますんで、そん時にお金と一杯奢ってもらうって形でお願いします。それでは……」
そう言って、出口に向かって歩いて行こうとするが……、前に進めない。
俺の背後には、大樹がそびえ立っている。
それほどの気配を感じる。
その大樹が枝を伸ばして、肩に引っ掛かっている。
後ろを振り向くと、五里さんが今日一番の笑顔を浮かべている。
その眼差しは、森の賢者をほうふつとさせる。
「それじゃ、飲むわよ」
カウンターの向こうから、馬場さんが話しかけてくる。
いつの間に移動したんだ……。
そして、五里さんの力に勝てるわけもなく、俺は仕方なく酒を飲むしかなかった。
そうだ、これは仕方のないことなんだ。
「マスター、顔が緩んでいますよ」
おっと、いけない、いけない。
ん? クロエに顔は見えてないはずだが……。
まあ、いっか。
いつものことだから、そう突っ込みをしたんだろう。
この店は酒の種類も豊富なんだ、楽しく飲まなきゃ損だ。
「それじゃあ……」
一番気になってる、フィール・ナ・イシュケは、頼んだら財布どころか、貯金もごっそり消えそうだから、おごってもらうことにして……。
俺は二番目に気になっていた酒を注文した。




