第十九話
「リサイクルショップで買った、開かずの金庫を開けてくれと……」
「ああ、そうだよ」
馬場さんは一通り説明し終わると、電子タバコの本体をテーブルでコンコンとたたく。
そして新しいタバコをセットし、また吸い始める。
隣の五里さんが、テーブルの上に残った残骸をきれいにふき取る。
何も言わずにこの連携ができるなんて、俺にはわからないほど長い付き合いなのだろう。
「……いや、何、人んちのテーブルで電子タバコの詰まり取ってんだよ! このテーブル、新しいんだぞ!」
テーブルに頬をつけて、さっき叩いていた場所をよく見ると、少しへこんでいるような気がする。
「物はいつか壊れるもんだよ。年寄りからのアドバイスだ」
そう言って、新しくセットしたばかりのタバコをふかしている。
このババア、うちのテーブルちゃんを傷物にしやがって、どう処理してやろうか。
「OK、クロエ。このババアを倒せる確率は?」
目の前のババアを睨みつけながら、クロエに聞いてみる。
「はい、マスター。0%です。殴りかかった瞬間、五里さんのこぶしをよけることができず、そのまま生命活動を停止します。試してみますか?」
右に視線を移すと、それまでの笑顔より一層笑みを深くした五里さんが、こちらを見ていた。
何も言わずに姿勢を正す。
「そう言ったものでしたら、鍵屋さんに話を持っていくのがいいのではないですか?」
先ほどまでのことはなかったことにして、話を進める。
命は大切にしないと。
「そりゃあ、最初に行ったさ。でもね、金庫を一通り調べると、無理だって言って帰っていったよ」
「そうですか。それでは、その理由はお聞きしましたか?」
「……そろそろ、その話し方やめないかい。見な、鳥肌が立ってきた」
ちらりと五里さんを見ると、先ほどまでの一段深い笑みではない笑顔になっている。
どうやら危機は脱したようだ。
「わかったよ。で、そこんところどうなん?」
「魔法が使われてるから無理って言って、逃げてったよ」
そうだったのか。
確かに、そうなると俺の領分になってくるな。
そもそも、法律ができたのも、何の知識もない人が勝手に魔法をいじって事故を起こしたからで、その鍵屋の対応は極めて正しい。
「それじゃあ、現物を見たいんで、店まで案内してくれるかい?」
俺は立ち上がって準備を始める。
確か、出張修理もあるかと思って、事前に道具をまとめておいたのが、この辺りにあったはずだ。
おっ、あった。
客が来なさ過ぎて、存在を忘れるところだった。
「それじゃあ、行きますか」
そう言って戻ってくると、ちょうど馬場さんは吸い終わったのか、大きく煙を吐いた。
五里さんは、もう立ち上がって準備をしている。
そして、馬場さんに手を差し出し、立ち上がるのを補助する。
その光景に、改めて二人の絆の深さを感じていた。
二人の店は、商店街の端の方にひっそりと存在していた。
商店街は買い出しのために来ていたが、ここまで来たことがなかったので、ここに店があるなんて知らなかった。
店名は『第三形態』。
これは、馬場さんなのか、五里さんなのか、どっちなんだ?
それとも、まだもう一段階進化を隠しているのか?
「何やってんだい、早く中に入りな」
そんなバカなことを考えていると、声がかかり、慌てて店内に入った。
「いらっしゃ~い」
五里さんが出迎えてくれる。
中は、カウンターと二つのテーブルがあるだけの小さい店だ。
店内は薄暗く、壁には深紅の壁紙が貼られ、床は石材で清潔感がある。
カウンターは、樫の一枚板だろうか。
長年使われ、手入れがしっかりされているのか、深い色合いでありながら、いい艶が出ている。
そして、注目するべきはこの酒棚だ。
常連のボトルが並んでいるのとは別に、酒の種類が異常に多い。
俺もいろんな酒を飲んできたが、見たこともないものがかなりの数を占めている。
「あらぁ、魔法屋さんはいける口のようねぇ」
「おや、そうかい。それなら、依頼が終わったらいっぱい奢ってやるかね。もちろん、依頼料とは別に」
「本当か!! これはやる気が出てくるなぁ」
そう言って酒の銘柄を眺めていると、その瓶から目が離せなくなる。
あれは……あのウィスキーは……フィール・ナ・イシュケじゃないか?
もう、世界にも何本存在するかわからないと言われる幻の一本。
そんな代物が、こんなところにあるのか?
恐る恐る、馬場さんを見ると、不敵な笑みを浮かべる。
「本物だよ」
その一言に、俺はこの仕事が絶対に失敗できないものになっていた。




