第十七話
次の日、いつものように店を開ける。
今日は、この時期にしては太陽も出ていて、いい天気だ。
店のカウンターで、スマホを触りながら暇をつぶしている。
テレビからは、よくいらない有名人が不倫したとかで、騒いでる。
「世の中、平和だねぇ」
こんなことがニュースのトップになっているんだから、世間にはでかい事故が起きてないんだろう。
そんな風に、一時間ほど時間を潰していると、店の扉が勢いよく開かれる。
突然のことに、体がビクッとなってしまう。
「こんにちは! 時計どうなりましたか!?」
元気な女の子、あかりちゃんが飛び込んできた。
「直ったよ、ちょっと待っててね」
棚の引き出しを開いて、中から懐中時計を取り出す。
それと、一枚の紙を持って、あかりちゃんの元へ向かう。
「お待たせしました。この中に入ってるから、中を確認してみて」
そう言って、布に包まれた懐中時計を渡す。
あかりちゃんは、恐る恐る布を開いていく、そして中から、銀色に輝く懐中時計が姿を現した。
「きれぇ……」
あかりちゃんは、思わず口から洩れるように、そうつぶやいた。
「それじゃあ、中も確認してみて」
懐中時計の蓋を開くと、そこには、この前まで止まっていたとは思えないほど、滑らかに時を刻んでいる文字盤が姿を現した。
「動い……てる……」
懐中時計をギュッと握りしめて、胸の前まで持ってくる。
かすかに、カチカチという音が聞こえてくる。
今は、おじいちゃんとの幸せな思い出に浸っているのだろう。
「そうだ、あかりちゃん」
「はい?」
目を開けて、こちらを見上げてくる。
その彼女の前に、一枚の紙を差し出す。
そこに写っているのは、昨日、組み上げる前に撮影した一枚の写真だ。
「これ、懐中時計の中に刻んであったんだけど、何か分かる?」
そこには、八桁の数字が五つ刻み込まれていた。
なんとなく予想はできるのだが、確信はなかったので、あかりちゃんに確認してもらう。
「うーんと、ちょっとよく見てもいいですか?」
「うん、いいよ」
そう言って、手に持っていた写真をあかりちゃんに渡す。
「これ……」
そう言って、一つの文字列を見ると、あかりちゃんは固まってしまう。
そこには、20530821と書かれている。
「私の……誕生日……」
やっぱり、そうだったか。
なんとなく、そんな気がしていた。
そして、他は……。
「一番上は、わからないけど。これは、たぶんお母さんかな? こっちはお父さん、これはお兄ちゃん。それで、私の誕生日……」
そう言った声は、かすかに揺れている。
「もしかしたら、一番上はおばあちゃんじゃないかな? あかりちゃんのおじいちゃんは、みんなの誕生日をそこに刻んでたんだと思う」
あかりちゃんは、静かにしゃべり始めた。
「おじいちゃん、いつもこの時計を見て、笑ってたの……。私がなんでって……聞いても、秘密って……言って、何も教えてくれなかったの」
「入院した時も……この時計だけは、いつも持ってたの……。止まっちゃっても、もってたの……」
「おじいちゃん……が……みんな一緒だって言って……これくれたの……。だから……おじいちゃん……がいなく……なってもさみしくない……よって……」
「でも……もらわなかったの……。おじいちゃん……いなくな……ってほしくなかった……から……」
「ごめんね……おじいちゃん……」
そう言い切ると、あかりちゃんは大声を出して、泣き始めてしまった。
俺は、近くにあった椅子にあかりちゃんを座らせてあげて、タオルを渡した。
その隣に座り、背中を叩いてあげる。
俺には、それくらいしか彼女にできることはなかった。
十分くらいすると、あかりちゃんは落ち着いたようだった。
「ありが……とう……ございまし……た」
そう言って、タオルを返してくれる。
「いや、大丈夫だよ」
そのタオルを受け取る。
あかりちゃんの目は、赤くはれている。
けれど、どこかスッキリしたような表情をしている。
「そうだ……お金」
あかりちゃんは、カバンからお財布を取り出す。
「いや、お金は大丈夫だよ」
「でも……」
「本当に大丈夫。このお店を開いた時に、一番最初のお客さんには、お金をもらわないって決めてたんだ」
あかりちゃんは、困ったような表情で、こちらを見ている。
「だから、早く帰って、おじいちゃんにその時計を見せてあげて」
そう言って、あかりちゃんを家へと送り出す。
昨日と同じように、背中が見えなくなるまで見送る。
「マスター」
サイネージから、声がする。
袖で顔をぬぐってから、店内に向き直る。
「どうした?」
「いえ、なんでもありません」
そう言ったクロエの表情は、いつもより優しいような気がする。
「……そうか」
そうつぶやいて、店の中に戻る。
会社時代は、製品の寿命を短くしていたのに、今度は直して、寿命を延ばすなんて。
皮肉なことだ。
だけど、ここでは、会社では見れなかったお客さんの顔が、しっかり見える。
そのことが、一番うれしかった。
こうして、この工房を開いて初めて来たお客さんの依頼が、終了した。




