第十六話
「そうか……おじいちゃんが……」
こんな大変な時に、あかりちゃんは、最後におじいちゃんを喜ばせたくて、この懐中時計を直そうとしている。
この純粋な思いに応えなくてはと思い、クロエを見る。
クロエも同じことを考えていたのだろう、少しため息を吐くような動作をしてから、こくりと頷いてくれた。
「あかりちゃん、また明日来てくれるかな? おじさん、この時計を頑張って直してみるよ」
先ほどまで暗かった顔が、一気に華やぐ。
「ほんと!? よろしくお願いします!!」
はち切れんばかりの勢いで、頭を下げる。
「うん、任された。それじゃあ、お父さん、お母さんが心配するから、早く戻ってあげな。……それと、おじいちゃんも、天国から心配してると思うよ」
あかりちゃんは、壁にかかった時計を見ると、ハッとする。
「早く帰らなきゃ!! おじさん、お願いね!!」
そう言うと、入り口の扉を開いて、外に出る。
そして、こちらを振り返る。
何か忘れものかと思って、座っていたところを見るが、忘れ物は無い。
あかりちゃんに目を向けると、深々と頭を下げて、走って行った。
俺は、その背中が見えなくなるまで見送った。
どのくらいかわからないが、立ち尽くしていた。
あの子の年齢で、親しい人が亡くなったときの悲しみは、人一倍だろう。
その子が気丈にも、形見の時計を直してほしくて、ここまで来た。
優しくて、強い子だ。
「マスター」
クロエの声が、現実に引き戻してくれる。
そうだ、俺もできる限りのことをしなくちゃな。
「さてと、じゃあ直しますかね」
軽く伸びて、ストレッチをする。
そういえば、腰が痛くない。
神様……いや、あかりちゃんのおじいちゃんが、今回の報酬をくれたんだろうか。
「こりゃ、直せなかった、じゃ済まされないな」
「マスター? 今、何か言いましたか?」
「いや、なんでもないさ。じゃ、気合い入れてやりますか」
そう言って、作業台へ向かう。
用意するものはっと。
まずは、細かい作業になるだろうから、ルーペは必要だろう。
それに、細かい作業になるから、ピンセット、それと、分解するためのドライバー、それに、裏蓋を開けるためのオープナー、あとは、固定のためのホルダーと、こんな感じかな。
「さて、クロエ。今回必要な部品は何がある?」
道具を用意しながら、クロエに声をかける。
「はい、マスター。今回は、部品がいくつか破損しているので、それらを交換する必要があります。スキャンデータから、抵抗一つに、増幅器が一つ必要になるかと思います。その二つでしたら、棚の一番左の列の上から三番目と、その二つ隣に入っています」
「了解。ありがとな」
軽い感じで、クロエに感謝の言葉を述べる。
「マスター、感謝は不要です。それと、魔法回路に問題はなさそうと言っていましたが、一部劣化している箇所があります。直ちに問題になることはなさそうですが、いずれは不具合が発生します。補修するのであれば、棚の一番右の最上段に、導体が入っています。それで補強することで、解決できそうです」
「おっと、それは見落としてた。じゃあ、ついでに補強しておきますかね」
クロエに言われた棚の引き出しを開け、必要な部品を取り出していく。
よし、これで全部だな。
ホルダーに、懐中時計を裏向きにしてセットする。
そして、開くためのくぼみがあるので、そこに道具を滑り込ませ、開く。
そこには、機械と魔法回路が入っている。
使い方がいい加減だと、汚れがあるものだが、この懐中時計はきれいだ。
よほど大切に使ってきたのか、もしかしたら、自分でオーバーホールをして手入れしていたのかもしれない。
ここで、ルーペを目に取り付ける。
ここからは、細かい作業だ。
まずは、魔法回路があるまでの機械を、取り去っていく。
順番がわからなくならないよう、クロエに途中経過の映像を取っておいてもらう。
そして、いくつかの部品を取り外すと、魔法回路が外れた。
これを、また別のホルダーにセットする。
……よし、固定できた。
ここからは、部品を取り換えていく。
まずは、抵抗からだ。
魔法回路の抵抗を、ピンセットで挟み、少しずつ力を加えていく。
ふぅ、うまく取れた。
そして、取り換える抵抗を設置する前に、一応問題ないか、検査はしておく。
ちゃんと抵抗値は出ているようだ。
確認できたので、設置する。
増幅器も、同じように取り換えていく。
こちらも、うまくいった。
次は、回路の補強だ。
クロエが言ってたのは、この辺りだが……。
これか。
周りと比べると、少し薄くなっている。
ここの部分を導体でなぞることで、周りと同じような色に戻る。
これで、魔法回路の修復は終わりだな。
一応、他の場所で壊れそうなところがないか、確認して……。
「ん? なんだこれ? クロエ、これ撮っといてくれないか?」
「承知しました、マスター。撮影して保存しておきます」
よし、他は大丈夫そうだな。
それじゃあ、戻していきますか。
オーバーホールとは逆の順番で、組み上げていく。
「……最後にこれをはめて、完了と」
文字盤を見ると、また時を刻み始める。
動作にも、問題なさそうだ。
最後に磨き上げてから、布に包む。
これで、俺にできることは、明日、あかりちゃんにこれを渡すだけだ。
あかりちゃんが少しでも……。
「クロエ、サイネージを『close』にしておいてくれ」
「はい、マスター。お疲れさまです」
懐中時計を大事に棚にしまって、今日の営業を終了した。




