第十一話
不動産屋に戻ってきて扉を開けると、田島さんが奥で仕事をしていた。
物音で気づいたのか、こちらに近づいてくる。
「おかえりなさい。それでは、こちらにどうぞ」
そう言うと、先ほどの席に案内してくれる。
席に座り、俺は家の鍵を渡す。
「はい、確かに受け取りました。……それで、いかがでした?」
田島さんは、恐る恐る聞いてくる。
その顔は、少し期待しているようだった。
「はい、原因は分かりましたよ」
「本当ですか!? それで、原因は何だったんですか? やっぱり幽霊でしたか!?」
ダンっとテーブルに手をつき、身を乗り出してくる。
長袖で分かりづらかったが、その腕は、俺の二倍くらいの太さがある。
クロエが言っていたことが、思い出される。
『古武術の心得がありそうですね』
その言葉で、あの腕で殴られたら、一瞬であごは粉砕されるだろうなと嫌な想像をして、血の気が引いた。
「伴さん。聞いていますか?」
「ああ、すみません。その前に質問なんですが、あの家のお値段って、どうなります?」
田島さんは、ハッとした表情で答えてくれる。
「もちろん、そのままの値段で大丈夫ですよ。ご心配でしたら、一筆書きましょうか?」
「いえ、大丈夫ですよ。それを聞いて安心しました。その値段であれば、購入したいと思います」
「はい、承知しました。それで、結局原因は?」
子供のように目を輝かせて、聞いてくる。
「実はですね……」
そう前置きをして、調査した結果を説明していった。
「なるほど。そんな部屋があったのですか。確かに、あそこに空間があることは分かっていたのですが、壁を壊すわけにもいきませんし、どうしようもなかったのですよ」
「それを先に教えてくれても、よかったんじゃないですか?」
「さっ、それじゃあ、契約の方に移りますか」
そう言うと、田島さんは裏に戻っていった。
「マスター。田島さんは、なんとなく気づいていたんではないでしょうか」
「気づいてた?」
「はい、マスター。この物件を出してきたときのことを、覚えていますか?」
「まあ、覚えてるけど……事業の話をした後だったよな、確か」
「はい、マスター。魔法に関する事業を始めると言った後に、この物件を出してきたのです。それまでは、他の物件を紹介しようとしていましたよ」
「お待たせいたしました。それでは、手続きの方、進めていきますね」
田島さんが、手にいくつかの書類を持って戻ってきた。
もしかして、田島さんはあの家の持ち主と、知り合いだったんじゃないか。
そんな考えが、頭に浮かんでくる。
その人の趣味も知っていて、魔法事業を始める俺に見つけて欲しかったのではないか。
その家を相応しい人に渡してほしいと、田島さんに頼んだのではないか。
色々な考えが浮かんでくる。
確認するべきだと考え、田島さんを見ると、朗らかな笑顔を浮かべている。
いや、これはただの想像だ。
何の根拠もない。
でも、大きくは外れていないような気がした。
「それじゃあ、田島さん。契約の方、お願いします」
そう言って、出された書類にサインをしていった。
そこで、ふと気付く。
「そういえば、田島さんの奥さんは、どうしましたか?」
「は? 私の妻ですか?」
「ええ、ここに来た時に、いらっしゃったでしょう?」
田島さんの顔が、少し暗くなる。
何かあるんだろうか?
「いえ、妻は一昨年に……」
その言葉に、ぞっとする。
それじゃあ、お茶を出してくれた女性は誰だったのか。
そういえば、顔色が少し青白かった気がするが、もしかして……。
「それじゃあ、来た時にお茶を出してくれたのって……」
「はい……」
その時、田島さんの顔が、一気に明るくなる。
「パートで来ている、近所に住んでいる方ですね」
……はい?
頭の中が、真っ白になる。
「マスター、言いにくいですが、間抜けな顔になっていますよ」
ゴホンと、ひとつ咳ばらいをする。
「それじゃあ……奥さんは?」
「いやぁ、家でゆっくりしてますよ。なんかね、ぎっくり腰になっちゃったみたいでね、家で横になってますよ」
いたずらが成功して満足したのか、田島さんは大笑いをしていた。
俺も、つられて笑ってしまった。
そんな話をしつつ、契約は進んでいった。




