第3話:ひまわり畑の見えない地図
「瞬、もう少しだけ左!……そう、そこで止まって」
葵の声に導かれ、僕は車椅子のブレーキをかけた。
電車とバスを乗り継ぎ、二人が辿り着いたのは、葵がずっと行きたがっていた郊外のひまわり畑だった。
「すごいよ、瞬……! 一面にひまわりが咲いてて、まるで黄色い海みたい!」
彼女の声は、まるで小さな子供のように弾んでいた。
僕の目には、相変わらず眩しい光の塊と、不揃いな影が広がっているだけだ。けれど、車椅子を押してきた僕の掌には心地よい汗が滲み、鼻腔には青々しい葉と土の匂いが満ちていた。
「黄色い海、か……。葵、僕をその海の中へ連れて行ってよ」
「うん! 任せて!」
葵が前方を指差し、僕が力強く車椅子を押す。
背の丈ほどもあるひまわりの迷路を進むたび、大きな葉が僕たちの肩や腕をかすめていく。ガタガタと揺れる車輪の振動が、僕たちの生きている実感を心地よく揺さぶった。
迷路の奥、小高い丘の上で足を止める。葵が「手を出して」と言った。
差し出した僕の手のひらに、少しザラついた、大きな温もりがぽんと乗せられる。
「これ、一番大きく咲いてたひまわり。触ってみて」
指先を滑らせると、中心のびっしり詰まった種の感触と、放射状に広がる柔らかい花びらの形が伝わってきた。
「……大きいね。太陽の形をしているみたいだ」
「ふふ、正解。瞬、いま私の手も重ねていい?」
葵の温かい手が、僕の手とひまわりの花びらを包み込む。
見えないはずの黄色が、僕の胸の中で一気に爆発するように広がった。目が見えなくても、葵の指先と言葉があれば、僕は世界で一番綺麗な景色を見ることができる。
「ねえ、瞬。約束して」
葵が僕の手をギュッと握りしめた。
「来年も、再来年も……私をここに連れてきて。ずっと私の『足』でいてね」
「……当たり前だろ。葵が僕の『目』でいてくれる限り、どこへだって車椅子を押すよ」
二人で笑い合ったその瞬間、一陣の夏の風が吹き抜け、無数のひまわりが一斉に葉を揺らした。
ざわめく緑の音と葵の笑顔の気配を、僕は心の中の特別な地図に、鮮烈に書き留めた。
ひまわり畑での特別な思い出を描いた。




