第4話:モノクロの放課後、カラフル
な声
季節は巡り、夏から秋へと少しずつ風の温度が変わっていた。
放課後の特別教室。二人きりの室内には、遠くで練習する運動部の掛け声と、秋虫の鳴き声が心地よく響いていた。
「ねえ、瞬。今日のノート、私の『声の教科書』で復習する?」
「お願い。先生の板書、全然追いつかなかったから助かるよ」
葵の車椅子の横にパイプ椅子を寄せ、僕は耳をすませる。
葵の「目のナビゲーション」は、街の景色だけにとどまらなくなっていた。彼女は放課後になると、その日に授業で習った大切なポイントを、まるで物語を語るように僕に読み聞かせてくれるのだ。
「次は歴史ね。えーっと……『この時代の王様は、ちょっと威張っていたけれど、実はとても臆病でした』」
「そんなこと教科書に書いてあるのか?」
「書いてないけど、私の解説! その方が覚えやすいでしょ?」
葵が楽しそうに笑う。
顔の輪郭すら判別できない僕にとって、彼女の声のトーンや息遣いは、何よりも雄弁に彼女の感情を伝えてくれた。
語尾が少し跳ねるときは、何か面白いことを思いついたとき。
息を少し呑むような間があるときは、僕の体を気遣って言葉を選んでいるとき。
(……ああ、声だけで分かるんだ)
僕にとっての葵は、もう単なる「目の代わり」ではなかった。彼女の声そのものが、僕のモノクロだった世界を色鮮やかに染め上げる絵の具だった。
「ねえ、瞬……?」
突然、葵の声から弾むような響きが消え、少し低く落ち着いたトーンに変わった。
「なあに?」
「……瞬、最近ちょっと痩せた? それに、車椅子を押す手が、時々すごく熱い気がするの」
僕は一瞬、息を詰めた。
最近、夜になると理由のない倦怠感と微熱が続いていた。けれど、葵に心配をかけたくなくて、ずっと隠していたつもりだったのだ。
「気のせいだよ。秋になって、少し涼しくなったからじゃないかな」
つとめて明るく答えたけれど、葵は僕の手をそっと包み込んだ。
「嘘。声がほんの少しだけ、震えてる」
「……」
「顔は見えなくても、私には分かるよ。瞬が私の声を聴いて私を理解してくれるみたいに、私も瞬の声で、瞬の気持ちが全部わかるんだから」
葵の指先から、温かな真摯さが伝わってくる。
隠し事はできないのだと悟り、僕は苦笑した。見えない僕と、歩けない葵。けれど僕たちは、誰よりも深く、声と温度でお互いを感じ合っていた。
「……心配かけてごめん。今度から、ちゃんと葵に言うよ」
「うん。……二人で一人前なんだから、隠し事はナシね」
葵の声が、いつもの優しい温もりに戻った。
窓から差し込む夕暮れの光の中、僕たちは言葉を交わしながら、静かに互いの絆を確かめ合っていた。




