Ep7、黒幕。
疲れたぁ…。
絵本を読んでいるヴァリアンに抱きついて、うりうりうりとする。髪に顔を埋めて香りを嗅いでいたら、くすぐったいと笑われた。
「にぃさま、どうしたのですか?」
「僕は疲れたよ…」
今、下が密かにバタバタしている。父様は嗅覚と思考力が低下していて、記憶障害を発症しているようだ。
父様の部屋で焚かれていた香は、粉にして加熱したら毒性のある気体を発生させるものだった。確か名称はトキャールだっけ?芋のような根っこの部分に毒性があって、それを粉にして香として使用させていたようだ。香を焚くのは使用人の仕事である。
どこだよ生産地。てか誰だ実行犯。
まあ、それは今の僕の仕事じゃないからどうでもいいか。
◇◇◇
深夜。
父様の部屋から、一人の女性が出てきた。
月明かりの下で光る紫色の髪。遠くからでもわかる花の匂い。
…本当にすごいな。
つい感心してしまう。そんなことができるとは思っていなかった。
舞い降りてきた白い鳩を手に止まらせ、彼女が鳩の脚から手紙を取る。
この辺で、いいか。
「…手に持っているのは何かな、モニカ?」
動きが止まった。ゆっくりと、整った顔がこっちを向く。
モニカの目が、僕を見る。
改めて見ても、顔以外はカーミーラにそっくり。本当に変装が上手だ。匂いと歩き方でなんとかわかったけど、かなり難しかった。
「…」
冷たい顔だ。いつもの明るい笑顔の赤毛の少女の面影はなく、鋭利な冷たさがある。よく知っている顔が全然知らない表情を浮かべているのは、やっぱり違和感があるな。
「連絡、そうやってしていたんだね。カーミーラは知っていたの?」
「…あの馬鹿女が気づくはずないじゃない」
ようやく口を開いたモニカが、淡々と言った。おお、意外と毒がある…。
「カーミーラが意識不明の状態なのも君が毒を盛ったのかな?」
「そうよ。邪魔者は早く退場してもらわないと。カルカートス様の手をこれ以上煩わせるわけにはいかないわ」
…ふーん。意外だな。カルカートスって確か、カーミーラの兄じゃないか?
えっと、カーミーラはライラ家の人間だから…やっぱりライラ男爵だよね。いまいち目的が読めなかったんだけど、もしかして…。
「連絡相手はカルカートスかな。…もしかして、カルカートスが好き?」
「好きに決まってるじゃない。あんな優しい領主様は他にいないわ。月の申し子みたいに美しくて、内面だって太陽みたいにあたたかいの。でも残念なことに、たくさん女が群がってくるのよ。カルカートス様に釣り合うはずもないのに」
…あれま、ずいぶん語ってくれている。目がハートになる勢いで褒め出したね。
「ヴァリアンに手をあげようとは思わなかったのかな」
「カルカートス様の許可があれば殺そうと思っていたわ。あんな豚との子なんてね。でも大切な駒だから、許してくれなかった。それで、あの馬鹿女から守らなきゃいけなかったのよ」
「…そっか。ちなみにこれだけ語ってくれるってことはもしかして」
「殺すに決まっているでしょう。なかなか一人になってくれなくて苦労したわ、邪魔者さん」
ひどい言われようだと思っていたら、いきなり踏み込み音が聞こえて、目の前からモニカが消える。
…うっわ、身軽…!
反射的に、目の前に迫ったナイフを隠し持っていた短刀で防ぐ。
カンカンカンっと打ち合う音が響くけれど、モニカは汗ひとつかいていない。ナイフが頬と首を掠めた。
やばっ。
一瞬意識がそっちに行った。それがまずかった。
どんっと腹に衝撃がくる。白い寝巻きが赤に染まっていく。
「ぅあっ…」
どっと崩れ落ちた。地面の冷たを感じながら、モニカを睨み上げる。口の中から温かい液体が垂れる。
「脱走したカーミーラに殺された哀れな長男さん、さよなら」
モニカがナイフに指紋が残らないように拭き、カーミーラの手袋で握りながら言う。かつんと音を立ててナイフが落ちた。
…あー、そういう設定か。遠目から見たら確かにカーミーラだもんな。この傷は確実に死ぬし。よく考えたもんだ。
勝負、ありみたい。
「それは、どうかな?」
その言葉に目を見開き、モニカが背後を振り返る。
一瞬だけど、唖然とした表情が見えた。
「残念だね、僕の勝ちだよ」
ガンッという派手な音をさせ、エメリックがモニカを組み伏せた。体格差にはさすがに敵わないらしく、モニカが暴れている。
「あぶなかった〜…」
お腹から破れた血糊袋を出し、ルリアから袋をもらって周りが汚れないようにいれた。
頰と首に滲んだ血を軽く擦り、モニカを見下ろす。
「今の話は、あとでじっくり聞かせてもらうからね」
◇◇◇
作戦、大成功。
頰と首の手当てをしてもらった後、僕はヴァリアンを起こさないようにベッドに滑り込んだ。
いやまあ、モニカに12歳が敵わないのは一目瞭然だったから、最初からエメリックがやっても良かったんだけどね。あんまり交流のないエメリックよりは僕の方が話を引き出せるし。
さっきの目的は録音と、あとできれば僕が致命傷じゃない怪我をすること。そしたら公爵家の人間に手を挙げたことになるからね。要するにカーミーラと同じだ(あれは故意じゃないけど)。
信頼っていう面ではルリアが一番交流あったんだけど、ちょっとさすがにルリアが怪我でもしたら怖すぎる。
ちなみにあの血糊袋は昔々に、ルリアを驚かそうと思って買ったものだ。人生何が役に立つかわからないね。
しかし、人間って怖いな。嫉妬であそこまでやるのか…。
静かに狂った目を思い出して今更だがゾッとしてしまう。ちょっとやりすぎかとも思ったけど、ヴァリアンに危害が及ばないのが一番だしね。
「にぃさま…?」
「あ、起こしちゃった?ごめんね、ちょっとお手洗いに行ってたんだ」
「ん…」
きゅ。
静かに腰に抱きつかれた。あーもう、寝ぼけてるヴァリアン可愛い。天使。癒し。
「ボクね、いつかね、おっきくなってにぃさまにキスするの…」
「…んん?」
何やら爆弾発言を聞いたような…。ちょっとルリア。説明してくれたんじゃないの?
◇◇◇
「…あ〜…」
朝だ。起きなきゃ。
抱きしめたら、すかっと腕の中が空っぽでびっくりした。あれ、ヴァリアンがいない。
「おはようございます…」
「あ、おはよう」
そういえばヴァリアンに説明とか一切考えてないんだけどどうしよう。本当の子じゃないってことは言わないはずだけど、それ以外なんも打ち合わせてない。レイルドーシャがなんとかしててくれたりしてないかな。でもあの人も薬吸っちゃってるかな。
「…誰かから何か聞いたりした?」
「あ、はい…。母さ…、カーミーラのことと、あとモニカのことを、ルリアから」
そっか。さすが大人は対応が早い。
「ごめんなさい、にぃさま。ボクのせいでまた、怪我を…」
「ん?ああ、全然大したことないから平気だよ。僕が油断したのが悪いんだし」
あ〜…。そっか。気にしちゃうよね。そこまで思い至らなかったな。ごめん。
…まあ、怪我する前提で計画組んでたし…、とは流石に言えない。言ったら余計心配されちゃう。
「優しいね、ヴァリアン」
頭を撫でて僕は服を着替え始める。ルリアに手伝ってもらいながら(いや、自分でできるけどね)、僕はルリアから静かに報告を受ける。
父様は治療中で、レイルドーシャは若干薬の影響はあるものの無事。モニカは一回拘束されていて目下取り調べられ中、カーミーラは意識を取り戻した。でも、そのままだと政治が回らないからカルカートスが来るらしい。わー…。
情報量多いな。あとなんか、嫌なんだけど…。
モニカがあそこまで心酔してる人だ。怖すぎる。僕にとっては義理の叔父上にあたるはずだった人だ(ほぼ他人だろ)。
それに、今回の仕掛け人は大元を辿ればカルカートスっぽいんだよね。めんどいな。頭良さそうだ。
「ルリアぁ、カルカートスってどんな人?」
ルリアは確か、カルカートス子爵の領地出身だよね。そう思って聞くと、嫌そうな顔をされた。
「…目が笑ってない人です…」
ああ…。
それはだいぶ、苦手だ…。
「眉目秀麗で優しいお人です。ですが、美麗な顔立ちゆえに遊び人との噂も絶えず、その実冷酷…。あくまでわたしの感想ですが」
苦笑しているのを見るに、なかなかになかなかな人だ。モニカのセリフから察するに、ヴァリアンは不義の子なんじゃないだろうか。
「ん〜…。嫌だなぁ」
「頑張りましょう…」
ルリアも気が進まない顔をしてる。
というか、女好きって…。
メイドに声かけられたら困るな。うちのメイドは全員可愛いから。ルリアとかは特に美人さんだし、いろいろできちゃうし。そう考えると、ルリア危ないな?
…でも、グルテとの恋路は僕が守るんだから!
「ルリア、安心してグルテを好きになってね!」
「なっ、何をおっしゃるんですかリユラル様!?いくらあいつが面白くて優しくて料理上手で真剣な顔がかっこいいからって、ないですから!」
めちゃくちゃ真っ赤になったルリアに否定されてしまった。
…うーん、絶対好きだと思うんだけどな?




