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Ep3、糖分補給。





「グルテっ、スコーンちょうだい!」


「お、リユラル様!ちょうど出来上がったところです」


グルテはコック長だ。僕の専属コックと言っても過言ではないくらい、ずっとご飯を作り続けてくれているおじさん。や、まだ三十代だと思うけど。


 ヴァリアンの告げ口で、カーミーラ様にクビにされた人の一人だった。にこにことした笑顔が、昔も今も大好きだ。


「いつもありがとね、おいしいの」


「…!ま、それが仕事ですからね。むしろ感謝するのはオレの方です」


 目をふぃっと逸らして真っ赤になりながら言っている。あら、照れちゃった。


 …僕の周りにいる人、褒め慣れてるけど褒められ慣れてないね。きっとエメリックもだけど。


 前回はありがとうを正面から伝えることができなくて、心残りだった。当たってしまったことも申し訳なく思っている。


 ので、今回はもう、前回分も合わせて伝えまくるって決めたんだ。


「おいし…!」


ざくっと熱々のスコーンを口に入れると、バターの軽い塩味と甘酸っぱいイチゴのジャムがびっくりするくらいに合う。


 ルリアもグルテからこっそり小さいのを貰って食べていた。怒んないし、一緒に食べた方が美味しいから隣に来てほしい。


 来い来いと手招きをすると、ルリアたちが来た。グルテの持っているちょっとへちゃっとしたスコーンは試作のだろう。いろいろやってくれるの大好き。


 みんなでザクザクと頬張る。やっぱり美味しい物を食べるのって幸せで、あっという間に一個を食べ終わってしまった。


 この後も、いろいろ考えなければいけないのだ。つまり、糖分は必要!


 もう一個に手を伸ばす。ほく、と半分に割ったところで、ルリアとグルテが後ろを向いた気配がした。


「ん?どしたの…」


 つられて振り返って、ちょっと頬がこわばる。おおう、と小さく呟いてしまった。


「…ヴァリアン、どうしたの」


そう抑えめに声をかけると、びくんとまた肩をすくめた。演技なのか判断がつかないな。


 …ん〜、何が目的だかわからないから慎重に行動しよう。そう思ってとりあえず、営業スマイルに切り替えておいた。


「あの、先ほどの、ペン…。本当に申し訳ありませんでした」


ぺこりと泣きそうな顔でヴァリアンが頭を下げる。


 …ここで何かしてくるとは思ってなかったな。義兄としてどう答えるのが正解だろうか?


 気にしてないよって言ったら、たぶんヴァリアンは聡いから気がつきそうだ。かと言ってここで責めるのもなあ。


「…うん、そうだね。悪いけれどすぐにいいよとは言えないな。でも怒っているわけではないから、次からはもうしないでね」


「…はい」


…及第点じゃないだろうか?


 なかなかじゃない?うん。流石に怒ってないとは言えないし。僕普通に怒ってるんで。まあカーミーラにだけど。


「さ、いったんこの話は終わりね。おいでよ。半分食べない?」


いずれにせよ、ヴァリアンからの接触は珍しい。このチャンスを活かそうと思って、僕は声をかけた。


 ほくっと半分にスコーンを割って差し出すと、ヴァリアンがパチパチと目を瞬く。さあ、どう出るかな?


「…ぇ、あ、りがとう、ございます…」


戸惑いまくりといったような様子ながらも、恐る恐るヴァリアンが僕の手からスコーンを受け取った。


「…!」


そっと少しだけ口にいれたあと、ぱあっと顔が華やぐ。お、と思わず顔を動かしてしまった。


「おいひぃ…!」


目をぎゅっと細めて、ふわんとした笑顔を浮かべるヴァリアン。


 …意外。そんな年相応の笑顔、できたんだ。




◇◇◇



「…リユラル。カーミーラから、お前の物を壊してしまったと相談があったのだが、何があった?」


やっと帰ってきた父様の部屋に入ると、重厚な机の奥に父様が座っていた。どうやって話すのが一番良いんだろうか。


 というか僕より先に伝えるとか、カーミーラはそういうとこはちゃんとやるよね…。まあ僕が脅した影響かもしれないけど。


 なんか花っぽい匂いが漂っていて、ちょっと気が散る。あの花の香水に近い匂いだから、この部屋にいたのだろうか。


「ヴァリアンがうっかりペンを折ってしまったようです。誰にも怪我はありませんでした」


「そうか」


あれだけ啖呵きっておいてなんだけど、僕、父様苦手なんだよなぁ…。喉が苦しくて言葉が出てこないや。


 中身が変わっても苦手意識は変わらないようで、キリキリと胃が痛い。きっつ…。なんか頭くらくらするし。


「では代わりの物を買う金を渡そうか?」


「あ、いえ…。代わりはいらないので、修理をしたくて」


「なぜだ?」


そこで初めて父様の目が僕を見た。そう言えば最近、よく目が合う。前世では抜け殻のようだった目に、まだ正気がある。そのぶん威圧も増し増しだけど…。


「あれは、父様から頂いた物です。大切な思い出がこもっている物ですのでまだ使いたくて…」


「…ふむ。では修理師を呼んでおく。金は私が負担しよう」


「ありがとうございます」


カーミーラのことをちょっと言いたい気もしたけど、証拠もないのに何か言っても無駄だな。本格的に気分が悪いし、退室することにしようと思う。


「…リユラル」


「はい?」


一礼してドアの前に立っていた僕を、父様が呼び止める。振り返ると、父様が僕を見ていた。


「ヴァリアンとは仲良くやっているか」


「まあそれなりに…、ですかね」


可もなく不可もなくだけど、前世と比べたらだいぶ良好だ。この辺りでもう修復不可能レベルで仲悪かったもん。


「そうか。…下がって良い」


「失礼いたしました」


父様の側近であるレイルドーシャがドアを開ける。ありがとうと小さく呟いて通り過ぎると、なぜか案じる眼差しを送られた。


 なんでだろ、と思って、窓に映る僕をふと見る。おう、とちょっと呟いてしまった。かなり顔色が悪い。


「…ぅあ〜、気持ち悪…」


客観的に自分の状態を見たのがいけなかったのか、いきなり吐き気が込み上げてくる。思わず蹲って口に手を当てた。


 ここまでの体調不良、前はなかったはずなんだけどな。


 そう思いながら、ぎゅっと目を瞑る。


「…さん、義兄さん!」


遠くで幼い声が呼ぶのを感じながら、僕はゆっくりと意識を手放した。



◇◇◇



「…ぅ、…」


小さく呻いて目を開けた。見慣れた天井が目に入り、ゆっくり意識がついてくる。


「リユラル様っ…!」


まだ痛い頭を押さえながら体を起こすと、横でルリアが声を上げた。ずっと詰めていてくれたのだろうか。


 体の中が熱くて怠い。ぽやぽやする視界は発情期の時と似ているけど、僕は12歳だ。発情期がきたのは15歳だからフライングにしては早すぎるし、お腹がきゅっとなる感覚はない。


 …単純に発熱っぽいな。


 オメガだし12歳だからだろうか。ちょっとびっくりするくらい弱っちい体だ。ここ数日、あんま寝てないもんね。17歳と一緒にしちゃいけなかったようだ。


「リユ様が書庫の前で倒れていた、と、ヴァリアン様が…」


僕のおでこの布を替えながらルリアが教えてくれる。ひんやりしてて気持ちいけど、僕そこまで高熱じゃないよ。


「…あ、やっぱヴァリアンか」


まあ、幼い声だったもんね。うちの書庫は母様の趣味で絵本とかいっぱいあったし、それを見てたんだろうか。


「ヴァリアンはどうしてるの?」


目の前で人がぶっ倒れてたら刺激が強すぎるんじゃないだろうか。そう思って聞くと、真っ青でしたと返された。だよね。ゴメン。


「にいさんっ」


おや、噂をすれば。


 ばたんっとドアが開いてヴァリアンが飛び込んできた。その背後からエメリックとグルテも覗き込んできてる。なんか賑やかだ。


「義兄さんっ、だ、大丈夫…?」


ぷるぷると目に涙をいっぱい溜めて聞いてくるヴァリアン。


「まあ平気だけど…」


そう答えると、みんなの空気がほっとしたように緩んだ。


 …前は(今もだけど)、自分の父親とカーミーラとの子供ということに生理的嫌悪感があるからヴァリアンが嫌いだった。でもそれはヴァリアン自身になんも罪はないんだよね。いや僕殺すのに加担してるけどさ。


 今目の前で泣いてるちっちゃい男の子を見てると、ちょっと前世での自分行動に罪悪感が湧いてくる。


「ヴァリアン様、ずっと隣の部屋で待ってたんですよね」


「えっ、僕そんな寝てたの?」


体感では10分くらいだったんだけど、倒れて3時間くらい経ってたらしい。まあ大半寝てたしなんとも言えないけど、それは確かに心配になるね。


 それだけ待っててくれてたのか。ぎゅーっと泣くのを堪えているヴァリアンを見ていたら申し訳なくなってきてしまった。


 手をそっと伸ばして頭を撫でる。ふわふわの髪の毛は、思ってたよりずっとあったかくて柔らかかった。


「大丈夫だよ。心配してくれてありがとう。ごめんね、びっくりさせちゃったね」


「…っ!」


ぶんぶんと首を振るヴァリアン。よいしょと抱き寄せると、ちょっと固まったあとにぎゅっとしがみついてくる。


 …弟って、こういう感じなのかな。


「リユ様、暫く練習は停止しましょう」


「うぇあ」


そして当然ながら、エメリックとの稽古は中止になってしまった。少し落ち着いてきたヴァリアンを抱きしめながら、僕は倒れてた間の報告を受ける。


「身体的な疲労と肉体的な疲労が重なって、リユ様の体が限界を訴えているらしいです」


だから休めって言ったのにというルリアの視線から目を逸らしつつ、僕は頷く。しばらくの療養が決定してしまった。


「じゃあ本ちょうだい。読みたい」


「「「リユ様がっ…!?」」」


どうせすることもなくて暇だし、知識をつけておいて損はない。そう思ってルリアに言ってみる。


 ただ前世では本が嫌いだった&今回も全くもって読んでいないため、本嫌いだと思われていたようだ。みんな仲良いなあ。そこで声揃えられてもだけどさ。


 …僕だって文字の価値と力がわかるようになったもん!


 結局、これから二日間ほどは座学が決定したのだった。




 

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