Ep2、子供だけどさ。
「ふはぁ…」
ぺふんとベッドに倒れ込んだ。いつもなら服が乱れるとか言ってくるルリアも今日は何も言わない。たぶん、何気に僕のことをめちゃくちゃ心配してるんだと思う。
…母親を亡くした12歳の主人にポッと出の継母と7歳の義弟ができたらまあ、心配だよね。
「ルリアぁ…。僕はだいじょぶだからさ、ちょっと一人にしてくれないかな」
「はい、リユ様」
今回はすんなり引き下がってくれた。そうなるとは思ってたけどちょっと意外。
「…よし!」
ルリアが外に出たのを確認して、僕は跳ね起きた。母様のことは今でもモヤモヤするけど、それはあとでいくらでもできる。一人になれたこの隙に、覚えていることを整理してしまわないとだ。
◇◇◇
手帳を引っ張り出して、ペン先にインクをつける。何から書けば良いかわかんないから、思い出したことたくさん書いていこう。
まず、先程僕が回避した対面からかな。
と言っても、全部覚えてるわけじゃないんだよね。ちなみに今日を覚えてたのは僕の経験した中で最悪の誕生日だったからである。実際に聞かないと思い出さなかったしね。
まあ、ここが最初のポイントだったと思う。僕はヴァリアンが落ちた時に何もしなかった上に、義弟を突き落としたという噂が広まっても「やってないんだから」と我関せずを貫いた。
もともと荒んでて当たりが強くなっていたこともあり、あまり僕を知らない人がその「悪役像」を信じるのは自然だったんだろうなと今なら思う。腹は立つけど、これに関しては僕も悪いしなぁ。
この辺はまだ記憶がしっかりある。僕のペンだったり、ぬいぐるみだったりを使われた。僕が学んで逆上しなくなってからは、ヴァリアン自身の持ち物を使われたこともあったな。
「…ん〜」
今改めて考えても、まだ幼いヴァリアンがここまでできたのは謎である。たぶん黒幕がいるんだろうとは思っているけど、レギルアスとこの時点から交流があったのだろうか?ヴァリアン一人に任せるのは不安だろうし、なんなら家の中に指示役or監視役がいる可能性もありそう。
もう少し黒幕いるかも、と矢印で書き足しておく。
この時点で僕はもう15歳くらいかな?いや、違うな。あの期間だから、まだこのときは13歳だ。
13歳から15歳の間は、数年間隔離状態で、塔に軟禁されていた。謹慎のため、それから病が流行しているからみたいな理由だったけど、あれは世間と僕を遮断するためでしかなかった。
出された後は嬉しくて、遊び回った。仕事を任せてもらえたことで興奮して、色々なものに署名をした。内容をろくに確認しなかった報告書もたくさんある。その中には麻薬の取り扱いに関しての書類や、想像よりも高価な品物の請求書だってあったんだろうな。記憶にないやつは大体あの時のせいだ。
世間知らずだったのが、悪評に拍車をかけた。世の中が飢饉で財政難にも関わらず、僕はそれを知らなかったし見れなかった。貴族の社会は何ら変わらず、むしろ華やかに見えていた。積極的に貧しい場所に行っては救済をしていたヴァリアンとは雲泥の差だったのだろう。
レギルアスと婚約したのもこの辺りだと思う。16かな?優しくしてくれるレギルアスにすぐに惚れて依存して、貢いで…。まったく、今考えるとどうかしてる。で、身に覚えのない不貞の噂が出たのと性別絡みで色々あったのは17だ。
そして全てが動く。僕の処刑を要求する反乱、レギルアスの裏切り、麻薬密売の容疑。その他もろもろが重なった結果、僕は処刑されたのだった。
◇◇◇
「うぁ〜…」
とりあえずそれを全部書き留め、僕はベッドにダイブする。一応夢であって欲しいという願望はあるものの、あの恐怖は間違いなく現実だった。
まあ、後半の方は追い追い考えればいいだろう。それまでに僕の行動で何かが変わるかもしれないし。
今のところの大きな目標は3つ。
1.みんなと仲良く
2.飢饉を防ぐ
3.レギルアスとの婚約回避
である。
これができたらなんとかなりそうな気がする。…気がする。
ちなみにレギルアスとの婚約はまだ先だろうけど、僕の死因にめちゃくちゃ関わってくるしあいつと婚約なんて二度としたくないので重要である。大っ嫌い。
まあ先だから、まだ考えなくていいんだけどね。
ちなみに最終的な目標は、僕の死刑の回避と使用人たちを守ることだ。
そのためにはヴァリアンと仲良くしなきゃなんだけど。
…もう12歳の体は限界らしいから、今日は寝ようと思う。
◇◇◇
「っ、たぁっ!」
がきん、と音がして、僕の剣が止められる。同じくらいの力の入れ方で、うまく剣が動かせない。
少し睨み合ったあと、唐突に均衡が崩された。いきなり引かれて、かけていた力で勢い余って僕は転ぶ。そのままぴたりと首筋に剣を当てられ、勝負がついた。
「うぁー、強いよエメリック」
「どうも」
眉一つ動かさないまま、転んだ僕をエメリックが起こしてくれた。さすがにかなり動いたので、エメリックも軽く汗ばんでいる。
「ちょっと!僕もう子供じゃないって!…ふふ」
ひょいっと抱き上げられて、足をパタパタさせた。僕はそもそもこの時点で12歳だし、中身は17歳だ。そんな抱き上げられる年齢ではない。
でも意外と不器用なエメリックの心配の形だともわかるから、抗議するだけで甘えさせてもらう。
手早く擦りむいたところを手当してもらっている間、僕はエメリックをじっと見ていた。
いつも僕以上に無愛想で、何考えているのかわからないとも言われがちだけれど、僕に一番味方してくれた人の一人だ。公爵家付きの騎士なんていう役職を投げ打ってまで僕を守ってくれて…それゆえ、殺された。
前回、明確に死んだとわかっているのはエメリックだけ。今世ではもう絶対、死んだりなんてさせない。
とりあえず目の前にエメリックがいるのが嬉しくてなでなでしてみる。
たしか処刑時に25歳だったから、今だと20歳くらいかな?でもびっくりした顔になったものの嫌がりはされず、嬉しそうだった。
というか実年齢だと3歳年上?嘘でしょ。かっこよさと頼り甲斐が半端ないんだけど。
服を着替えて部屋に戻る。エメリックにまた明日、と言って別れたあと、僕はベッドに倒れ込んだ。
「う〜、動きづらいよ…」
昨日も思ったけれど、12歳の体は勝手が違いすぎる。筋力も体力も足りないし、体が思い通りに動かない。まだあんまり馴染めなくて、結局今日も模擬戦は負けてしまった。
「むぅ…」
負けて悔しいというのはあるけれど、ちょっとそれよりも強くなりたい理由は切実かもしれない。
もともと運動があんまり好きじゃなかったのもあって、戦いは強くなかった。処刑の時だって、軽く組み伏せられてしまったからね。あそこで反撃できれば、処刑回避とまではいかなくてもレギルアスに一矢報いることができたんだろう。
…思い出したらムカついてきた。あいつ絶対ぼっこぼこにしてやる。
もう、僕を守ってくれる人を死なせない。強く、賢く生きる。そう決めたんだ。
「…さて、と。そろそろやるとしますか」
◇◇◇
大切なもの、がこの時期の僕には二つあった。父様が昔、僕にくれた羽ペン。母様が死ぬ直前に完成させてくれたクマのぬいぐるみ。
両方、ヴァリアンによって僕派の人を炙り出す道具にされた。
羽ペンは正直言って、もうそこまで執着していない。父様が僕にそこまで関心がなかったのはもう、一度目で痛いほど分かっている。だから、それは罠に使うことにしよう。
ベッドから起き上がる。微妙に空いている引き出しを引くと、筆ペンがあった場所は箱ごと空だった。
「ルリア、僕がエメリックと稽古してる間に誰か来た?」
「ヴァリアン様がいらっしゃいましたが…」
何かあったのかとルリアが顔色を変える。そうか、これ、ルリアが自分を責めちゃうじゃん。…あとでどうするか考えよう。ごめんね。
まぁ、今は取り返しに行くとしましょう。
前回のこの件での問題は、僕が暴力を振るったことにある。ヴァリアンを突き飛ばして叩いたから、僕は完全なる悪者ってわけ。そこでヴァリアンが僕を庇うようなフリもしたから、僕の支持は急落してその分ヴァリアンに回った。
「要するに、逆手に取ればいいんでしょ」
やってくれたこと、全部返してやろうじゃないの。まだまだ終わらせるつもりはないんだからね、ヴァリアン。
独り言で呟いてくつくつと笑っていたら、ルリアに心配そうな目を向けられてしまった。いや、通常運転なんだけどね?精神は健常です、きっと。
一旦ルリアには前で待っててもらって、コンコンとヴァリアンの部屋のドアをノックする。
「やあ、僕だよ。リユラルだ。ドアを開けてくれるかい?」
「っ、はい!」
元気な女の子の声がして、ドアが開いた。
顔を出したのは、家の制服を着たメイドの子だ。16くらいか?おさげの三つ編みの、そばかすのある元気そうな子だった。
前回も見たことある…。名前は確か、モニカ?ヴァリアンの専属メイドだったはずだ。
「僕の羽ペンがなくなってしまってね。知らないかい、ヴァリアン」
父様から貰った、大切なものなんだけれど。そう付け足すと、部屋の中央で立ちすくんでいたヴァリアンがびくんと肩をすくめた。何か言いたそうな顔でモニカが奥をチラチラと見ている。どうしたのかな?いや、なんとなく香水の人工的なキッツイ匂いと雰囲気でなんかわかってしまったけども。
「…!カーミーラ様ではないですか。お邪魔してしまいましたか?」
あんたはなんでヴァリアンの部屋で突っ立ってるんでしょうか?
おっといけない、口が悪くなってしまった。絶対に顔に出さないようにしなくては。
…ん〜、前はいなかったよなぁ。何、僕を嵌めるために作戦会議中だった?
カーミーラの前に立っているヴァリアンが握りしめているのは、お察し通り僕の行方不明のペンだった。
「そちらは僕の物だと思われるんですが…」
「ああ、そうなの。ヴァリアンが持ってきてしまって困っていたのよ。はぁ、だから返しなさいと言ったのに」
ため息をついて、カーミーラがヴァリアンの背を押す。ほら、返してきなさいと言われ、恐る恐るヴァリアンが近づいてきた。
「あの…、ごめん、なさい」
震える手で渡されたそれは、先が大きく欠けていた。ん〜っと、ちょっとこれは想定外。
「ボクが、落としちゃって、それで」
「そっか…」
…どのくらいの高さから落としたのかな?そんな脆いものじゃないと思うんだけど…。
でもまあ、この青ざめてる感じはホントに落としたっぽい。これだけ壊すにはそれ相応の高さが必要だから、台かな?もしくは抱っこ?いずれにせよ、大人も関与してそうだ。
「子供がしたことだし仕方がないじゃないの。どうせ大した物じゃないでしょ」
いきなりカーミーラが話に入ってきた。とんでもないことを聞いた気がして一瞬思考が停止する。
…これキレていいよね、僕。うん、耐えてる偉い。
「…父様から貰ったものなのです」
「ふん。一丁前に良い物を持っているのね」
オメガのくせに。その腹立たしい唇がそう動くのを見て、一気に頭に血が上った。今、それ関係なくない?僕もだけどさ、この家には他にもオメガの人がいるってわかってる?
つい口をついて言葉が溢れそうになった。
…落ち着け、僕。ここでキレても良いことはない。
「…。この件は父様に相談いたしますね。子供がしたこととは言えど、僕の思い出を踏み躙って良い理由にはならないと思いますし。責任の所在も追々…ね」
計画の内だったとはいえ、目の前で壊された物を乱雑に扱われるのはそれなりに傷つく。これだって、母様と父様と一緒に笑い合えた、その時間の象徴だった。
「…ヴァリアンがしたことでしてよ」
「そうですか」
それだけ返して、僕はヴァリアンの部屋を出る。くっと服が引っ張られるのを感じて振り返ると、青ざめたヴァリアンが僕の服を掴んでいた。払い除けようとするのを思いとどまって、足を止める。けれど、カーミーラの声にヴァリアンが弾かれるように手を離した。
…ふぅん。
カーミーラには相変わらず腹が立つけど、面白いものが見れたしまぁいいか。このあと、父様が帰ってきてからも勝負だし、ちょっと作戦でも練ろうかな__
「リユラル様、グルテがスコーン作ったって言ってましたよ」
「え、行く!」




