Ep9、てめぇ一発殴らせろ。
カーペットは足音が吸収されていいね。必要以上に人を起こさないで済む。月明かりのおかげで明るく、歩き慣れた家であることもあって、僕はすんなりと書庫にたどり着いた。
案の定、明かりが付いている。出入り口の名簿は僕の記録で止まっていた。
「……あれぇ、こんな時間に電気がついてるなぁ。名簿に名前もないみたいだけど、誰だろう?」
そっとドアを閉めて音を周りに漏らさないようにして、僕は声を上げる。
どこにいるかはわかってるよ。わざと置いてったの僕だし。逃がさないよ。
「何をしていらっしゃるんでしょうか?」
帳簿を持ったカルカートスの前に立ち、通路を塞ぐ。僕が大したことなどできないと思っているのか、顔色ひとつ変えずに、薄らと小馬鹿にするような笑みを浮かべていた。
「……すみません、名簿にチェックが必要だったのですね。次回からそうします」
そう言って帳簿を棚に戻し、僕に向かってくる。誰かが気づく手がかりはないと確認して安心したのだろう、やましさの影もなかった。
油断してるね。
「良かったですね。その帳簿が合っていて」
「…ほぅ?」
ぴく、と眉が小さく動いた。上から足掻きを見て楽しむつもりかな。別にいいけど。
「トルーク領での5年前の飢饉での死者数は、17人ですよね。じゃあ質問です。これは、あなたの領地の監督者が書いていた手記なんですけど__。なぜ同じ年の報告なのにこっちは餓死者数が186人なんでしょうか」
手記。それをチラつかせた瞬間、表情が険しくなった。驚いた?不慮の事故に見せかけて殺したはずなのに、ね。
「あなたの領地は芋の名産地であるはずで、畑の面積だって減らしていないはずだ。飢饉対策用に新たな物を作り始めた。なのに大量に死者が出ましたね」
「…害虫が発生したのですよ。芋を苗のうちに食べてしまう」
「そしてトキャールは食べない?」
畳み掛けるように問う。初めてカルカートスの表情に焦りが見えてきた。僕が何もできないと思った?
「…あくまで僕の仮説ですけど。ギルザルーテ家から仕入れたトキャールは、栽培に広い土地が必要だった。幸い、根っこや葉は芋に似ている。だから新種の『芋』として、飢饉対策用に育てさせた。そして増やさせた『芋』を、本当に根こそぎ買い取った。でもそのあとに残る土は毒性が強く、その『芋』しか育てられない」
そう。だから芋の栽培面積は変わらなかった。飢饉対策用だから、違うものも違和感を抱かなかったし、見回っても気づかなかった。でも虫が発生して、本来育てていて食を支えていた芋が取れなくなってしまった。
「けれど、飢饉が村を襲った。すぐに冬が訪れ、村人たちの食料は底を尽きる。残っているのは収める『芋』だけ。となれば食べるしかない。でもそれは食べられる代物じゃなかった。強い毒を取り込んでしまった村の人々は亡くなった。でも飢饉対策という体で植えていたものを調べられてはいけない。それに気がついた領主は死者を少なく報告した…とか__」
あくまで、仮説。僕の想像にすぎない。でもそろそろ、裏付け作業が終わる。証言者はいっぱいいる。
「なんで収めなければいけない税の負担が増えるのに、死者数を少なく報告したのか謎だったんです。領主がその死因に気づかれたくなかったと考えたら、整合性がとれますよね」
表情を大きく歪め、僕を睨みつけるカルカートス。何も表情で答え合わせするつもりはなかったんだけどな。僕を舐めまくってくれていたようで、思ったよりも楽だった。言い逃れされるかと思った。
「それと、あなたの交友関係についてなんですけど…。モニカが話してくれるそうなので、会ってくれませんか?」
「…構いませんよ。ちなみに先ほどあなたが述べたことはあくまで仮説でしょうか」
ここまでやってて尚、僕を下に見られるのすごいな。もういっそ尊敬しちゃうよ。
そりゃあまあ、公爵令息とはいえ、さすがにこれをすぐ調べられる権限はなかったからね。舐める気持ちもわからなくはないけどさ。あとこの仮説を咄嗟に思いつきで言えるだけの頭は12歳の僕にはないけど。中身17歳ですし、一応。
僕にそれ以上追い詰める手段がないと判断したのか、カルカートスが口の端を持ち上げて笑った。いちいち腹立つなあ。ムカつく度の記録更新しなくていいんだよ?
「会ってくれますか?」
「はい、まぁいいですよ」
僕に明確な切り札はないと判断したのだろう。ここは乗って、そして僕を名誉毀損だなんだで評判を落とすつもりかな。ここは二人きりだし、証人もいない。いざとなればバックれるんだろう。
まあどちらにしろ、好都合だ。モニカに会わせるだけなんだから。
地下に降りると、モニカはちゃんと起きていた。目がゆらりと月明かりで輝く。
「…これで満足でしょうか?」
意外にもカルカートスは何かしようとはしなかった。モニカの目がカルカートスの手に一瞬向けられる。指文字か?指示をしたんだね、きっと。
そうか、目的は隠蔽。モニカが僕に何か話さないようにすればいい。だからカルカートスも会う必要があったんだろう。
こうすると、モニカが何も話さない場合、僕たちは情報源を失うことになる。これは痛い。
モニカが何も話していなかったら…。尚且つ、証言者がモニカだけだったら。
強くカルカートスの背中を押す。不意をつかれたのか、簡単に牢の中に転がった。襲われないように手早く鍵をかける。
「ライラ男爵…__カルカートス・ライラ。あなたに刑を言い渡す。毒物の栽培、および村人との不貞行為、殺害。以上の罪より、サーサントール公爵家を代表し…、爵位剥奪とする」
僕の胸に、公爵家を代表するバッジが光るのを認め、カルカートスが青ざめた。父様からこのために借りた、バッジだ。
「…っ、証拠もないのに爵位剥奪とは」
「証拠?あるよ。モニカの証言。悪いけど、モニカから話は徴収済みなんだ。引っかかってくれてありがとう。それに」
後ろのドアを開け、そこに立っている女性を招き入れる。レイルドーシャがそっと手を引いて入ってくる。僕を守るように父様、そしてエメリックが横に立った。ヴァリアンも、僕の隣にそっと立つ。本当はヴァリアンとこいつを同じ空間にいさせたくないのだけれど、公爵家の人間だからいてもらわなければならない。爵位剥奪というのは、僕の一存ではできない。
「なっ…ぜ、ここに」
そう呟いたカルカートスを、女性が…クララさんが、冷たく見下ろす。元夫を見るその目に一切の情はなく、心底軽蔑しきっていた。
「離縁の許可を得ました。…愚かな方で残念です。さようなら」
それだけを端的に告げると、もう視界にも入れたくないというように目を背ける。その気持ちわかります。ということでとっとと終わらせようと思う。
「クララ夫人より、毒物栽培と不貞の証拠を教えていただいた。王様にその旨も伝えてる。…つまり、もう言い逃れできないよってこと」
爵位剥奪のついでに、個人的に刑を付け足した。モニカと結婚することだ。一生離婚は許さない。平民として生きるといい。
その条件を付け足したことで、モニカは全部話してくれた。
殺す選択肢もありはしたけど、それよりは生きて税を納める苦しさを味わうといい。お前が食べ物を栽培できなくした土地で、生涯恨まれれろ。それが、僕の課す刑だ。
事の大きさを理解したらしい顔が歪む。やっとこれで終わりだ。僕たちは崩れ落ちるカルカートスに背を向け、ドアから出ようとした。
「…ヴァリアン!」
突然、大きな声が響き渡る。嫌な予感がした。ヴァリアンを外に出そうとする。けれど、間に合わなかった。
「お前のっ、お前の父親は私だ!いいのか!?唯一の肉親だぞ!?あの酒場の女は死んだし、私しか家族はいないんだ!助けろ!息子だろう!?」
大きく目を見開き、ヴァリアンが固まる。お腹の底からふつふつと湧いてくる熱が、僕の体を、騒ぎ立てるカルカートスのところに運ばせた。
「こんなオメガなんかより、お前の方がよっぽど権力が」
牢のドアを開け、中に入る。数瞬遅れてエメリックが静止の声を上げるのをどこか遠くで聞きながら、僕は手を振り上げた。
ガッ!
鈍い音が響く。右手がジンジンと熱い。殴られたことがないのか呆然と頬を押さえるカルカートスの胸ぐらを掴み、押し殺した声で言った。
「それ以上喋るな。お前のその口が、二度と言葉を話せないようにしてやろうか?」
散々、見て見ぬふりをした。母親にも当人にも愛情を向けずに見捨てたくせに、今更、血のつながりを盾にしようとするのか。許せない。
「にぃさま!」
水が入ったようなぼんやりとした耳に、いきなりまっすぐに声が入ってきた。ヴァリアンの、声だ。
「ボクは、大丈夫です。だって、そんな人は家族じゃない。にぃさまと父様がボクの家族です。怒ってくれるのは嬉しいけれど、にぃさまが痛い思いをするのはイヤだ」
ゆっくりと、声が入ってくる。周りの音が戻ってくる。まっすぐに、ヴァリアンの声が落ちてくる。
水をかけられたように冷静になった。カルカートスをもう見ることもせず、僕は部屋を出る。
そっとヴァリアンが抱きついてきた。その髪を撫でようとして、手が切れて血が出ていることに気がつく。ヴァリアンが躊躇わずにハンカチを当ててくれた。
「…ごめん」
「無茶しすぎです〜」
軽く流そうとしてくれているのがわかって、申し訳ないのが半分、助かるのが半分。とりあえず、ありがたく甘えることにした。昔からキレちゃうクセがあったんだよなぁ…。直さなきゃ。
「…ね、さっきさ」
「はい」
手当てを待っている間、そばにいたヴァリアンにそっと言う。
「家族って言ってくれて、ありがとう」
そう伝えると、ヴァリアンが驚いたように目を丸くし、ふふっと笑う。
「だって、ホントの事ですもん」
カーミーラから聞いてました、とヴァリアンがぽつりと言った。
「カルカートスはぜんぜん、お父さんって感じがしなかったです。いろんな女の人を騙してるし、にぃさまを酷い目に合わそうとしたんだってわかって、すごく嫌だった」
血が繋がってるあいつよりも、ボクは、今の家族の方がずっと好きです。
ヴァリアンがにこっと笑って言う。笑ってるのに泣きそうな表情に、胸がギュッとなり、強く抱きしめた。
おずおずと、でもしっかりと、小さな体が僕を抱きしめ返してきた。




