逆襲 第3章 調査隊
みなさん、おはようございます、こんにちは、こんばんは、お疲れさまです
キルリック教国があるメルヘリム島。
メルヘリム島は群島諸国の中では1番大きい島である。島の半分はキルリック教国を含めて複数の都市国家がある。
農業に恵まれた土地であり、各都市国家の産業は農業がほとんどである。
一面に広がる平原は、心地いい風が流れ、草が揺れる。
雲1つない晴れた空は、人を爽やかな気持ちにする。
小休止で、車輛から降りた笠谷尚幸2等空佐は大きく伸びをしながら、心に浮かんだ言葉を口にした。
「日本では、これほどの景色は拝めないな」
「そうですね・・・」
同じく感嘆した声で久松正吾2等陸尉が答えた。
「・・・しかし、これだけが浮いてますね」
久松の軽口に笠谷は苦笑した。
彼らが乗っているのは、陸上自衛隊の最新鋭装備である近接戦闘車(AFV)だ。
AFVは89式装甲戦闘車の後継である。
強力な40ミリ機関砲、7.62ミリ同軸機関銃、2連装中距離多目的誘導弾発射器を備えた砲塔を持った、装輪歩兵戦闘車だ。車内には3人の乗員と8人の兵員を乗せる事ができる。
まだ、配備段階になっていないが、第1任務団には実地試験という事で配備されていた。
戦闘能力は極めて高く、主力戦車にも匹敵すると言われている。
ケ”号作戦で中止したキルリック教国訪問のため、笠谷は再びメルヘリム島の土を踏んだ。
案内役のキルリック教国聖騎士団の騎士たちを先導にAFV、近接戦闘車(APC)、燃料、武器、弾薬等を満載した装甲補給車、クーガーH、しんがりにミニガン(M134連装機関銃)を搭載した軽装甲機動車(LAV)だ。連れている隊員も普通科だけではなく、施設科、衛生科等の混成小隊だ。
今回の任務はレギオン・クーパーについて調査する事だ。
今さらながら、自分たちは何も知らないのだ。この世界のこと、成りゆき上、敵対する事になってしまった、ミレニアム帝国のこと。
自分と佐藤の仮説が正しければ、帝国を支配しているのは、過去の亡霊、恐らく自分たちと同じレギオン・クーパー(異世界の軍勢)という事になる。
わからない・・・自分たちを召喚したあの女性は、過去に彼らを召喚したのだろうか・・・それが、手に負えなくなって自分たちを召喚したのなら、迷惑な話である。しかし、それだけなのだろうか・・・
それに、キスカで陸自の遭遇したⅣ号戦車と自分たちが遭遇したSu-27、時代も兵器もバラバラで、統一性がない。とにかく、謎だらけだ。
笠谷がここにいるのもそのためだ。もちろんそれだけではない。
笠谷はケ“号作戦での航空作戦の全責任を取る事を上官である板垣に進言した。板垣は彼の申し出に首を振り、責任は自分にあると言った。
しかし、笠谷は責任を取る事を強く進言したため、やむを得ず、職務停止処置にした。
むろん、笠谷だけではなく、佐藤、神谷、松来も責任を取った。
笠谷は[やまと]で着るデジタル作業服ではなく、旧式の作業服姿である。
「笠谷2佐、久松2尉。聖騎士団の騎士さんの話ですと、この先にアルテウス市国があるそうです」
AFV車長の浅木准陸尉が報告した。
「地図によると・・・ああ、あった、あった」
久松がこの世界で入手した地図と方位磁石を見ながら確認した。
笠谷も確認し、うなずく。
「騎士さんが言うには、今日はアルテウスで宿泊するそうです」
「そうか、それじゃあ、出発するか」
そう言って、笠谷と久松は車輛に乗り込んだ。
(しかし、陸自の次期歩兵戦闘車に部外者が乗っているのもおかしな話だ)
笠谷は今さらと言うべき事をつぶやいた。
AFVの兵員室には、マレーニア女王国の王女アルシア、護衛兼従者のフィオナ、海自の樹村慶彦3等海尉、陸自の高井直哉3等陸尉、久松にくっついてきたクリスカだ。
わざわざ、AFVに乗り込んでいる、変な人たちだ(高井は除く)。
(そして・・・)
笠谷は隣を盗み見る。そしてもう1人。
海自のデジタル迷彩服ではなく、陸警服を着た幼さが残る少女、松野彩海士長がいた。
どうしても笠谷と同行したいと、無理を言ってついてきたのだ。
松野は狭いと言っても、必要以上に笠谷に身を寄せていた。
車内を一見すれば、陸自の人間は久松、高井の2人と乗員3名だけだ。他は部外者で、たしかに笠谷の言う通り、おかしいものだ。
ちなみに後続の車輛に乗車しているのは全員陸自隊員だ。
笠谷は立ち上がり、狭い車内を移動し、砲塔ハッチを開けて上半身を出す。すぐ隣のハッチには戦車帽を被り、ゴーグルをつけた浅木がいる。
「2佐。横から見ますと空自の人間というよりかは米兵に見えますよ」
浅木は冗談を言う。
笠谷は小さく笑う。
浅木の言う通り、空自の旧式の作業服を知らない人が見れば米軍の迷彩服と誤解されることがある。
「しかし、何で来島3曹も一緒に来なかったんだ?」
いまさらながら、久松は高井に聞いた。
「俺はあいつの保護者か?」
「いや・・・相棒だろ・・・」
ジト目で睨む高井に冷汗をかきながら言い訳する。
「・・・今、あいつはそれどころじゃないからな・・・」
「?」
「救出作戦の後の・・・防空戦と水上戦・・・覚えているか?」
「ああ・・・」
あの時[しれとこ]の艦内で、自分たちは嵐が過ぎるのを待つしか出来なかった。
海自の隊員は、難民たちを守るため、自分たちが生き残るために、必死に戦っていた。
戦う場所が違うとはいえ、自分たちのできる事は無かった。
「・・・何だったんだろうな・・・陸自だ海自だって、変な縄張り意識を持って・・・俺たちは、生き残るにはお互い必要だったってのに・・・」
久松はボソリとつぶやいた。
陸自と海自で広がっていた亀裂、久松自身は関わらなかったとはいえ止める事は出来なかった、というより、しなかった。
その結果が、陸海空合わせて23名の戦死者だった。
「・・・多聞のねーちゃんが、[しれとこ]で5人死なせた事で相当参ってるらしくてな・・・それでそっちに付き添ってる」
「そうか・・・」
[あさひ]は防空戦で20機以上を単艦で撃墜している。水上戦でも中央突破の最先頭で敵艦の砲撃にさらされながらも30隻近い敵艦を撃沈している。
その戦闘指揮を執り続けた来島3佐を責める者はいない。
逆に言えば、責められない事が来島を苦しめているのかもしれない。
南場1尉も同じだ。今だに悩み苦しんでいる、高井はかつての自分を思い出していた。
都市へ入るため、巨大な門の前に並んだ馬車や荷車の車列の後ろに、OD色のAFV、APC、装甲補給車、クーガーH、LAVがエンジンを響かせながら並んだ。
唸り声のような音を響かせ、馬等が引いている訳でもない巨大な鉄の塊が現れると、周囲にいた人々は度胆を抜かれて慌てふためいた。
「うわわわわ!?な、なんだありゃあ!?」
「化け物だぁ!」
「お、おい聖騎士様たちのお姿があるぞ」
鉄の化け物を先導する聖騎士たちの姿に、人々は無用な混乱を招く事はなかった。
人々は聖騎士たちの前を行く白馬に乗った長い黒髪の女性騎士の姿を見て、気付く。
「お、おい、もしかして、あの聖騎士様、ブレア様じゃねーか?」
「た、たしかに・・・」
商人や農夫たちは、驚く馬等を落ち着かせながら、口々に言った。
国連軍のマークを付けた自衛隊の車輛を聖騎士たちが先導する姿は異様とも言えるが、彼女たちがいれば、ある程度の問題は解決する。
「そこで、止まってください!」
正門の衛兵たちがエンジン音を響かせながら進む装輪戦闘車群に驚きながら制止した。
武器を構える等の動作をしないのは、やはり聖騎士たちの姿が効力を大きくしているのだ。
「驚かせてすまん」
黒髪の女性騎士が騎乗のまま、衛兵たちに言った。
「私はキルリック教国聖騎士団所属第3聖騎士隊隊長ブレア・レイホルトだ」
「ブレア様!?」
「あのモンバル会戦の英雄のブレア様ですか!?」
衛兵たちが絶叫した。
モンバル会戦とは、メルヘリム島中央部にある広大な平原で行われた会戦だ。
メルヘリム島の北半分はパルスリク神聖国の領土だ。
パルスリク神聖国はメルヘリム島統一を国家目的にし、たびたび南進してくる。
「ブ、ブレア様。この怪物はいったい!?」
「これは怪物ではない。乗り物だ」
ブレアの言葉に衛兵たちが顔を見合わせた。
「こんな乗り物は聞いた事もありません!?」
「馬等を使わず、動く乗り物等・・・」
口々に不信を口にする彼らにブレアは当然の反応だと思い、答えた。
「それもそうであろう。この乗り物は違う世界から来たりし軍勢。レギオン・クーパーの物なのだ」
「れ、レギオン・クーパー・・・」
「これが・・・」
衛兵たちが濃い緑色に塗装された、無骨な装甲板を晒す自衛隊車輛は奇妙な一言で、どちらかと言うと、鉄の化け物と、言った感じだ。
「何か問題でも起きましたか?」
鉄の乗り物から2人の若い男が現れ、ブレアに話かけた。
2人の服装はデザインが異なるが、緑やら茶色やら黒やらが混じりあった斑模様の奇妙な服を着ている。
「カサヤ殿。すまぬ、たいしたことではない」
ブレアは笠谷に振り向き言った。
「紹介しよう。この方はレギオン・クーパーの鉄の竜騎士団の参謀カサヤ殿だ。その横にいるのは騎士隊長のクマツ殿だ」
「航空自衛隊笠谷2佐」
「陸上自衛隊久松2尉」
2人の男は額に手をかざす、奇妙な動作をした。
「鉄の竜騎士団参謀!?」
「これは失礼しました!」
衛兵たちは慌てて敬礼した。
「それで、我々を町に入れてもらえないだろうか?」
ブレアの言葉に衛兵たちが慌てて、対応した。
「はっ!ただちに!」
「お、おい!開門、開門だ!急げ!!」
エンジン音を響かせて門をくぐるAFV等を、そこに居合わせた者は呆気にとられて眺めていた。
「なんか、注目されてるような・・・」
久松がAFVの小さな覗き窓から人々を見ながら、つぶやく。
「されているだろうな・・・しかし、鉄の竜騎士団て・・・何だ?」
笠谷が苦笑する。
城塞都市・アルテウスは、メルヘリム島に数多くある都市国家の1つだ。
ちょうど、世界史の教科書に載っている挿絵のように、都市の周りをぐるりと巨大な城壁が囲んでいる。それは、この島の政情が不安定な事を如実に物語っている。
この城塞都市・アルテウスを治める市長シプラ・アルテウスは野心家だった。
常々、自分はこんな小さな国の支配者で終わりたくないと思っている。
強力な力を手に入れる事ができれば・・・メルヘリムを手に入れゆくゆくは、群島諸国を全て手に入れたい・・・
そんな彼女に、好機とも言える情報が伝えられた。
シプラは隣の客人を見る。
彼らは今日この街へ来たので、早速歓待を兼ねて自分のお気に入りの場所へ招いたのだ。
レギオン・クーパーの竜騎士団参謀と聞いたから、どんな貴族の殿方が来るかと思ったが、いざ、顔を合わせて見ると、飾り気のない奇妙な服装にどこにでもいる平凡な風格な男だ。
たしかに、かなりな美男子で、立振る舞いに品格があるのは認めるが、それだけだ。
シプラは微笑を浮かべてカサヤと呼ばれる男に話しかける。
「丁度良い時に、お越しいただきましたわ、今日は4年に1度ひらかれる闘技大会の最終日ですのよ」
古代ローマのコロッセオを思わせる重厚な建築物。その中で行われる闘技大会と言えばもちろんアレだ。
「4年に1度って、オリンピックみたいだな・・・」
「オリンピックで死人はでねーよ」
目前で行われる剣闘士たちの試合というより殺し合い、そしてそれに熱狂する観客。
露骨に嫌悪感を浮かべながらも、一応言葉は選んだ眼鏡をかけた男と、一切の嫌悪感を隠さず言葉にする男の囁きが聞こえたが、シプラは無視した。
(所詮、田舎者。この素晴らしさが理解できないようね)
と、心の中で毒づいた。
「この大会では、世界各地からの強者が集いますのよ、命と誇りと名誉を賭けて。何しろ優勝者には、莫大な賞金と、このアルテウスの市民権が与えられるのですから」
得々として、説明したものの今回の貴賓室の観客たちは、今まで招待した上流階級の者たちとは、反対の反応を示していた。
「誇りと名誉は神にのみ捧げられるもの・・・金目当ての・・・それも、このような殺し合いで軽々しく使ってほしくない」
「同感ですわ、私も王家の一員として民を戦場へ送らねばならぬ時もあります。このように民の命を見世物にするなど、王家の一員として許せませんわ」
(・・・直哉以上にコワいよこの人たち・・・市長さんブチ切れ寸前じゃないか・・・)
ブレアとアルシアの言葉に、久松は首をすくめた。
シプラは相当立腹したようだが、相手が相手だけに礼儀正しく無視する事にきめたらしい。
「ところでそちらのお嬢さんは、顔色がすぐれないようですが、ご気分でも悪いのですか?」
笠谷は自分の腕にしがみついている、松野を見た。
「松野海士長。大丈夫か?」
「はい、笠谷2佐・・・」
松野と呼ばれた少女は顔面を蒼白にして、答える。
「ご気分が悪いようでしたら、控室でお休みになられては」
シプラの言葉に笠谷は頭を下げた。
「ありがとうございます。我々はなにぶんこういう物には慣れておりませんので」
「笠谷幕僚、久松小隊長。私が松野海士長と同行します」
久松小隊に所属する女性自衛官の宮林可奈陸士長が立ち上がった。
松野より背が低く、かなりの童顔で、身体が小さいため松野より幼くみえる。
細見で小さいと侮っていると痛い目に会う。宮林は高校時代、女子合気道のインターハイで上位に入った猛者だ。教育隊時代も、格闘術で元特戦群の隊員を唸らせたほどの実力を持っている。
「久松2尉。構わないか?」
「ええ、構いませんよ」
久松はうなずくと、宮林に振り向いた。
「後で迎えに行くから、それまで付き添ってやってくれ」
「了解です」
ちなみに松野と宮林の仲は良い。
笠谷は松野が立ち上がるのを補助し、後を宮林に預けた。
「頼むぞ」
「はい、お任せください」
松野は宮林に連れられ、控室に向かった。
「私も行こう、これ以上は見るに堪えん」
「私もそうさせて、頂きますわ」
(だから、トドメを刺すような事を言うな~)
久松の心の叫びを嘲笑うように、裏切者がさらに2名、樹村と高井だ。
「あ、自分も」
「俺もだ。こんなものが娯楽ショーだと、野蛮人の心理はわからん」
高井は、どう考えてもシプラに聞こえるように言っているとしか思えない。
「3尉・・・本当のことでも言っていいことと悪い事があると思うよ」
(お前ら、ワザとだろ!!絶対ワザとだろ!!)
シプラは、完全に頭にきているようだが、それでも平静を装っているのは、ある意味さすがといえる。
「カサヤ殿。次の試合は見物ですよ」
シプラは会場を見下ろしながら言った。
立場上、中座出来ない笠谷と逃げ遅れた久松は、精神的苦痛に耐えねばならなかった。
(このような、者たちがレギオン・クーパーとは・・・聞いて呆れる・・・やはりあの方たちの言っている事は本当のようね・・・)
シプラは内心でつぶやいた。
笠谷たちに嵐の影が来ようとしてきた。
巡航ミサイル原子力潜水艦[フロリダ]は深度70メートル、速力6ノットでミレニアム帝国領に入っていた。
艦長ケイリ―・エヴァンズ大佐は艦長室で書類整理をしていた。
コンコンと艦長室のドアからノック音がする。
「どうぞ」
彼女の言葉にドアが開き、副長のクリストファー・ロジャース中佐が入ってきた。
彼の背後にはコーヒーカップを乗せたトレイを持った水兵がいた。
水兵はケイリ―とクリストファーにコーヒーの入ったカップを渡し、退出した。
「艦長。現在順調に航行中、ミレニアム帝国の警戒域に入りましたが、数隻の帆船を発見しただけで、他は特にありません」
「わかったわ。今のところは順調のようね・・・」
クリストファーの報告にケイリ―はうなずきながら言った。
「副長。下士官や兵たちの様子は?」
ケイリ―はコーヒーをすすりながら尋ねた。
「報告によれば、下士官や兵たちの内心では動揺していますが、みな職務に専念しています」
「そう。私は優秀な部下たちに恵まれていたようね」
ケイリ―は部下たちに誇りに思った。
アメリカ海軍軍人たちでこれほど苦境に立たされた者はいないだろう。それでも彼女の部下たちは己の職務をはたしている。
「艦長。お休みのところ申し訳ありませんが、目標海域に入りました」
発令所から先任士官の報告が入った。
「今から行くわ」
ケイリ―はそう言うと、立ち上がり、デジタル迷彩服と同じ柄のハットを被る。
新月の夜。
[フロリダ]は闇に紛れて浮上し、水兵たちが2隻の高速ゴムボートの準備に取りかかっていた。
ミレニアム帝国に来た目的はノインバス王国、マレーニア女王国の間諜とアメリカ中央情報局(CIA)の工作員、NavySEALsチーム0ブラボー小隊に所属する隊員を潜入させる事だ。
2隻の高速ゴムボートに彼らが乗り込むと黒色のゴムボートは[フロリダ]から離れていった。
ケイリ―は艦橋から双眼鏡を覗きながら彼らを見送った。
「艦長。作業班、艦内に入りました」
「総員、艦内へ」
ケイリ―はうなずくと、艦橋要員に艦内に戻るよう指示した。
「深度50メートル」
「アイアイ、艦長」
発令所に降りたケイリ―はすぐに、潜航を指示した。
クリストファーが復唱し、潜航指揮官に指示する。
「潜航、潜航」
艦内に潜航を知らせるブザー音と放送が流れる
この後、[フロリダ]は戻って来たゴムボート2隻を回収し、帰還した。
逆襲第3章をお読みいただきありがとうございます。
誤字脱字があったと思いますが、ご了承ください。
次回の投稿は9月6日までを予定しています。