#3 同じクラスの神々
「君が、主席入学を果たしたっていう黒智海見って子?」
望琉の編入から数日が経ったある日の昼休み、私は一人の青年に声をかけられた。
「一応、そうだけど?バルドル…君」
私はその青年から放たれる光のオーラに苦笑いを浮かべながら、答える。
自分でも、“勉強ができる”という自覚はないけどね…。それにしても…
教室で声をかけてきたバルドルという青年を見上げた。
光の神バルドル――――――「美しいもの」と称される彼は、オーディンとその妻フリッグの間に生まれた神々の貴公子。多くのものに愛されている彼は誰よりも美しく、賢く、雄弁だという。それが、彼を知らない人々による噂等で浮かぶ人物像らしいが、実際は――――――
「…超ナルシストな男よね」
「あはは…否定はできませんね」
「確かに…」
バルドルと面会した後、望琉や武人と教室移動をしていた時に彼の話題があがっていた。
というのも、私が仕切っている”部活応援会”に入会したくて来たバルドルは、早速オーケストラ部の応援として、数日だけ参加したのだった。すると、ビオラの演奏技術は優れているが協調性がなく、まるで「自分は何て上手い演奏をするのだろう」と己を誇示しているような行動が目立ったのであった。
「…というか、本当に特殊催眠って恐ろしいね。認識できたのはほんの数日前なのに、周囲は既に入学当初からずっといたような扱いを彼にしているのだから…」
望琉や武人との会話の中で、特殊催眠の話題が持ち上がる。
「まぁ、神々が学校に突如現れれば、怪しまれる可能性が高いです。故に彼らは、特殊催眠で”ずっとここにいる生徒”と人間たちに錯覚させる事で、面倒事を避けている訳ですから…必要最低限のマナーみたいなモノですよ」
「…という事は、海見にだけは彼らの特殊催眠が効かないって事なのかしら?」
「そうみたい…」
武人の説明に対し、望琉は私だけが特殊催眠にかからない事を指摘した。
知恵の巨人だからなのかな…?
私はその理由を自分がミーミルだからなのだろうと仮定する。
私たちが移動した先は、化学室だった。実験の講義を受けている間は皆が普通だったが、いざ教師の説明を終えて実験が始まると、事態が変わった。
「ねぇ、バルドル君!ここをちゃんとやるには、どうすればいいのー?」
「ちょっと!彼に対して先に声をかけたのは私なんだから、後にしてくれない!?」
こんな具合で、バルドルの周りには女子生徒が集まり始めていた。
「ちょっと、待ってねー!」
しかし、女子生徒から一斉に群がられている割に、嫌そうな表情を見せず、手際よく彼女達を相手にしていたのである。
「愛されキャラなのかもね、彼は」
「…みたいね」
私がクスクスと笑いながら見守っていると、隣にいた望琉は冷めた口調で呟く。
「望琉…どうしたの?」
私は彼女が冷めた表情をしていたのが気になったので、問いかけてみる。
「よりによって、面倒そうな神ばっかり、同じクラスなのね…」
「バルドルやフレイヤはともかく…ホズやイズンも??」
望琉がげんなりしている理由は、半分わかってもう半分が不明だった。
バルドルは先に述べた通り超ナルシストな性格の持ち主に対し、フレイヤと呼ばれる女子生徒。彼女は神界では愛と豊穣の女神。外見も美しく、この学園に来て瞬く間に“学園一の美少女”の地位を獲得するくらいだ。しかし、彼女は性的な事にルーズで、相当の男好きらしいというのがもっぱらの噂だ。
男子からの人気は高そうだけど、私が見ても悪女にしか見えない…
見かけには騙されない私ならではの第一印象であった。
一方、ホズはバルドルの弟に当たり、盲目の神。まだ話した事がないので知らないだけかもしれないが、黒髪で眼鏡をかけ、制服の第一ボタンを締めているという外見だけを見ると、非常に真面目な優等生タイプの青年だ。それに対してイズンは、青春や春を司る女神。肌が白く誠実な人柄という噂だ。フレイヤほど美人ではないが、ハーフアップしても肩まで伸びている黒髪を持つ彼女も一見すると優等生タイプなので、オタクとかには人気のありそうな少女だ。
巫女である望琉が言うくらいだから、何かありそうだけど…何故、面倒なんだろう?
私は今思った事を巫女に聞こうかとも思ったが、何だか聞いてはいけないような気がしたので、問い詰めるのは断念したのである。化学による実験の時間だったというのに、私は授業そっちのけでこのクラスにいる神々(かれら)について、いろいろ考えていたのであった。
わっ!!?
放課後、偶然1年生の教室がある階の廊下を歩いていると、思わぬ事態を目撃してしまう。
「ん…ぁっ…」
女子生徒による吐息混じりな声が耳に入ってくる。
事の経緯としては、生徒がいないはずの教室から声が聴こえたので自然と視線がそちらへ向くと教室の扉が少しだけ開いていて、その隙間から机に座っているフレイヤとしゃがみこんでいる男子生徒らしき青年の後ろ姿が見えたという次第だ。目で見たのは一瞬だったので、すぐには理解できなかったが、フレイヤの声と微かに聴こえるリップ音から、彼らが何をしているのかが手に取るように解ったのである。
男好きって、本当だったんだぁーーー!!!
私は廊下に潜みながら、頬を真っ赤に染めていた。本当ならば高校生としてあるまじき行為だが、フレイヤの事だ。仮にバレても、特殊催眠で誤魔化してしまうだろう。それは、仮に私が教師へ告発したとしても、同じ結果で終わるに違いない。
さ…さっさと帰ろー…
厄介事に巻き込まれるのが嫌な私は、彼らに見つからないよう足音立てずにその場を去ろうと足を動かし始めたその時だった。
「っ…!!?」
突然、首を絞められたような感覚に陥ったのだ。
しかし、私の周りには首を締めている相手はいない。それなのに、何故こんなにも激痛が走るのかがわからず、苦しさの余り地面に膝をついていた。
「…フレイヤ先輩。何か、物音がしませんでしたか…?」
「うふふ…気のせいじゃない?…でも…」
廊下で私が痛みに苦しんでいる一方、教室にいた男女は何食わぬ顔で会話をしている。
「…今日の所は、帰ってくれないかしら?」
「えっ…!!?」
フレイヤの台詞に対し、男子生徒に動揺の色が走る。
「放課後の教室っていうシチュエーションはいいけれど、技術としては…ねぇ…」
「そ…そんな!!」
「…ふふ。ほら!!あたしはこれから次の約束あるんだから、さっさと帰った帰った!!」
「は…い…」
意地悪そうな口調で言い放つ女神に、下級生は楯突く。
しかし、次の一言で観念したのか、残念そうな表情をしながら、男子生徒は教室を出て行った。この時は首の痛みでそれどころではなかったが、フレイヤが彼に対して、精神操作みたいな事をしていたのだろうと、今では解る。
「さて…と」
男子生徒が去った後、ため息混じりの声でフレイヤが呟く。
その声音は、先程取っていた態度の時のものとはまるで違う低くて張った声音だった。彼女による第一声と同時に、首に感じていた痛みが消えた。
「こそこそと盗み聞きしていた子猫ちゃんは誰?」
「!!」
息切れしている私の耳に、壁ごしでフレイヤの声が響く。
この術、やっぱり…
私はこのまま逃げるのは不可能だろうと悟り、その場から立ち上がって教室のドアのぶに手をかけた。
「あんたって確か…2年でトップの成績を持つ…?」
教室に入ってきた私を、フレイヤはまじまじと見上げていた。
そんな彼女の制服はリボンはもちろん、Yシャツのボタンがいくつか開いたままだったので、胸元が顕になったままだった。
「その術は…セイズ呪術の一種…?」
私はその場で立ったまま、机に座っている女神を見下ろす。
神界では首から下のない私なので、こうして他人を見下ろす事ができるのはおそらく、今だけだろう。そんな複雑な気分になりながら、この場に立っていた。
「一発でわかったという事は…あんたも、アスガルドの神?」
「…そんな事、術をかけた段階でわかっていたんでしょ?」
おどけた声で問いかけるフレイヤに対し、私は皮肉めいた口調で返す。
ただでさえ、首の痛みは嫌な思い出しかないってのに…最悪だわ
皮肉じみた台詞の裏には、そんな心情が入り混じっていた。
「…名前は?」
「黒智海見。…別に、今日の事は教師にも言わないから、そろそろ帰らせて」
名前だけ名乗った後、私はさっさとこの場を去ろうと教室のドアの方に身体を向ける。
「痛っ!!?」
すると、フレイヤは背後から私の髪を掴み、思いっきり引っ張ったのである。
ショートカットのため髪の長さが短いにも関わらず、女神はすごい力で私を引っ張り出していた。
「ミッドヴェルガでの名前を聞いているんじゃないの。…神界での名前をさっさと教えなさいよ」
耳元で囁く低い声に、私は鳥肌が立つ。
後ろから髪をわしづかみされているので表情は見えないが、おそらく彼女はかなりご立腹なのだろう。言動からして自己中心的なのは言うまでもない。
もー…今日って何で、こんなについてないのよーー!!!
今さら言ってもどうにもならない事を、私は一瞬考えていた。そして同時に一種の諦め状態になった私は、髪を掴まれた状態のまま口を開く。
「…ミーミルよ。“知恵の泉”の管理者である巨人・ミーミル」
「ミーミル…?それって、和平条約の際、人質として差し出された…?」
「っ…!!!」
声音からしてフレイヤは困惑しているようだったが、“人質”という言葉に反応していた私は、それどころではなかった。
「そ…っか…」
フレイヤ…?
ポツリと呟いた女神は、すぐに掴んでいた右手を離してくれた。
私が振り向くと、彼女は何か遠くを見つめているような瞳をしていたのである。
「私と…同じ…」
その後、また一言呟いていたが、声が小さかったので私は聞き取る事ができなかった。
「あれ!?ちょっと…!!!」
その後、私と彼女は黙り込んでいたが、その沈黙はフレイヤの手によって破られる。
何かを思い立ったのか、私の左手首を掴んで突如走りだしたのだ。
何故こうなったのかが全く解らず、私は困惑していた。
「とにかく、ちょっと付き合いなさいっ!!!」
フレイヤは走りながら叫ぶ。
どこに行くんだろう…??
私は事態があまり把握できていないので、この後何が起こるのか全く予想できないでいた。
途中、部活の応援で別行動していた武人とすれ違ったが、フレイヤは止まることなく全速力で走る。
こうして、豊穣の女神に連れられて学校を後にする。何が起こるのかは全く分からないが、一つ言えるのは、今の彼女に私をどうしようという殺意はないという事だけであった。
いかがでしたか。
さて、この回からが第1章。ここでは光の神・バルドルと豊穣の女神・フレイヤに視点を当てて物語が展開します。
二人共北欧神話では有名だろうというのと、”輝かしい”というイメージが二人に持っていたので取り上げた次第です。
…ってか、同じクラスに神様が4人もいれば、ビックリですよね。笑
特殊催眠を神々が生徒に対してかけていなかったら、すごいパニックなんだろうな…
ちなみに、バルドルやフレイヤの性格については、手元にある資料から。イズンやホズに関しても、また然り…。ただし、バルドルのナルシスト設定は、作者のオリジナル。優れた神らしいので、ちょっとしたギャップっぽいものを持たせたかったんで。笑
さて、次回はというと…海見は、フレイヤによって何処へ連れて行かれたのでしょう?放課後なんで高校以外の場所になりそうですが、一応彼女に関係のある場所へ移動させるつもりです。
北欧神話をご存知のかたも知らない方も、学園生活を通して語られる神々の云々を楽しんでいただければなと思います★
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