#27 これまでの事を振り返りながら
「…成程。その戦乙女が巨人族の者なら…行動を共にしても大丈夫でしょう」
「武人…。それって、どういう意味?」
放課後、女子トイレの前で私と武人が会話をしていた。
「僕も、父上と同様で巨人族の血を引いております。同じ種族ならば、ゲルズという方も少しは安心できるのでは?…という事です」
「そ…っか」
首を傾げた私に、武人は耳元でこっそりとその理由を告げたのだ。
「それにしても、ヴァルキュリヤってオーディン直属っていうから、アース神族の奴等ばかりかと思っていたけど…存外そういう訳でもなさそうね」
「…ええ。我ら戦乙女は、多くの部族出身の者から成り立つ神ですから」
「あ…ゲルズ!」
望琉が皮肉めいた口調でつぶやいていると、彼女の後ろからトイレに入っていたゲルズが現れる。
すっかり学校の制服に慣れたといった所だ。
「…この男は?」
武人の存在に気がついたゲルズは、疑惑の眼差しを向ける。
「僕は、九頭竜武人…と申します。貴女と同じ、巨人族の血を引く者です」
すると武人は、たどたどしい口調で自分の名前を名乗った。
同じ種族とはいえ、大蛇である事を話すのは避けようと私が彼に提案した訳だが、どうやら成功のようだと思われる。
「では、参りましょう…。と言いたい所ですが、何処から探しますか?」
「何処って…思い当たる場所が複数あるの??」
ゲルズの言い方を不思議に思った私は、彼女に問う。
「…トイレに入っていた際に気配を探ってみたのですが…。何とも判明しづらい波長を複数感じました。…なので、それらをたどって行けば、おそらくは…」
「成程。それでは、手分けして探しましょう!」
武人の台詞を皮切りに、私の胴体探しが始まったのである。
「ここ…見た目は普通だけど、血なまぐさいわ…」
「あはは…。ここで、何か争いでもあったのかね…」
私達が最初に訪れたのが、保健室。
一見しただけだと特に異変がない場所だが、この保健室は人間に化けたニーズホッグと、人化の術を半分解いた武人が死闘を繰り広げた場所でもある。
それに、私も魂を砕かれそうになった場所だから…”死の匂い”を彼女が感じるのも当然…か
私は、保健室を見回しているゲルズを見つめながら、そんな事を考えていた。
「…貴女、妙な連中に好かれていたのね」
「えっ…!?」
気がつくと、目の前にゲルズがいたので、動揺を隠し切れなかった。
「”死の匂い”の感じた所では…実際、その場所に立てばそこで何が起きたのかが手に取るようにわかる。…だから、隠す必要はないわ」
「…そうやって人間に起きた事を知り、戦死者の魂…エインヘリャルを選定するという事ですね」
「そういう事だ。人化の術を行使する者よ」
武人が関心しながら呟いていると、彼女は彼の事を迷うことなく口に出した。
彼もそれを聞いて一瞬動揺したが、すぐにいつもの状態に戻る。
何だろう…。スキー場から帰ってきてからの武人…。いつもの彼とは違うような…?
今さらだが、武人の様子がおかしい事に私は気がつく。
「…ロキに似てきたのかしらね?」
「!!」
すると、私の考えを代弁するかのように、望琉が耳打ちする。
あまりに突然だったので、私の表情が強張る。また、心を読まれたような気分だった。
「でも、ここは違う…みたい」
「ゲルズ・・・?」
それからゲルズは、再び周囲を見渡しながら感覚を研ぎ澄ましたが、「ここに胴体はない」という結論に行き着く。
「次へ行きましょう」
彼女に促され、私たちは保健室を後にする。
「え…」
次なる場所に到達した途端、私と後ろにいた武人が、驚きの余り固まる。
そこは、学校の敷地内にある体育館の裏だ。ただ話をするだけだったはずが、武人や望琉らにも話せない事が起きてしまった場所といえる。
「トール神…。馬鹿力だけの男神ではなかった…という訳か」
「!!!」
壁際の地面を見下ろしていたゲルズが、不意に呟く。
「確かにそうだけど…。もしかして、あいつがここで何かやらかしたのでも見えたの?」
ここで何が起きたのかを知らない望琉は、不思議そうな表情をしながら、ゲルズに尋ねる。
「ニブルヘイムの巫女たるそなたには縁なき話だろうが…ここでは、トール神とミーミルが…」
「わーーーーっ!!!」
その続きを口にしようとした戦乙女を、私は必死になって止めた。
「…どうやら、訊かない方が良さそうね」
私が必死にゲルズの口を塞ぎ、いろんな意味で殺気立っている武人を見た望琉は、何かを察したような言葉を口にしたのである。
「…で?ここはどうなんですか?戦乙女ゲルズ」
明らかに不機嫌そうな口調で、武人はゲルズに問う。
「先ほどより強い思念や死の色を感じたが…少し違ったようですね」
ため息交じりの声で、ゲルズは答えた。
「じゃあ、次に行きましょう!」
望琉がを先頭になって歩き出し、ゲルズや武人もそれに続く。
一番最後に足を動かし始めた私の頬は、僅かに赤く染まっていたのである。
「小屋はそのままなんですね…」
「武人?…何か言った…?」
「いえ…」
次なる場所を訪れた時、武人が不意に何かを口にした。
しかし、その声はかなり小声だったため、私は最後まで聞き取る事ができなかったのである。
次に訪れたのが、フェンリルが犬として滞在していた警備員室。いつもは部屋にいるはずの警備員さんも、今日は何故かいなかったのである。
「特別な物はなさそうに見えるけど…ここが一番、“死の色”が溢れている…」
室内にある物に触れながら、ゲルズが検証する。
「ここでよく、いろんな事を話していたけど…。思えば、フェンリルがいた事を除けば、何故この場所に集まっていたのかが謎なのよね」
「確かに…。別に、武人か誰かがフェンリルを連れ出せば、ここでなくても大丈夫だったはずだけど…。そういえば、何故だろう?」
望琉の台詞に対し、私も同じような疑問を抱いていた。
フェンリルはどうやら、しばらく校内にはいないみたいだし…。本人に直接聞ければよかったんだけどな…
そんな事を考えながら、私はフェンリルが使っていた犬小屋に触れる。いつも見ていた際は彼の名前が刻まれていたが、今はもうそこに名前は記されていない。武人は何も教えてくれないが、この時改めて、もうフェンリルと会う事はないだろうと、私は改めて直感したのである。
「きゃっ!!?」
「海見…!!?」
すると突然、ほんの3秒ほどだったが、周囲の景色が変わる。
武人が私の名前を呼んだようだったが、その刹那、私の視界には青く暗い液体が映り込んだのである。泡立つ音。そこは水の中を連想させる景色だった。そうして、何か固いものに手が触れた直後――――――――
「海見…!!!」
「望…琉…?」
私は、ニブルヘイムの巫女の声で我に返る。
瞬きを1・2回はしたが、ほぼ目を見開いたままの私は、“何か”に触れた自分の掌を見つめた。
「この感覚…は…」
「…どうやら、“それ”が貴女の胴体…のようですね」
「ゲルズ…!?」
見上げると、そこには真剣な表情でしゃがみこんだ私を見下ろす戦乙女がいた。
「兄さんがいた犬小屋が…まさか…!!?」
予想外の展開に、武人も動揺を隠せなかったようだ。
驚きで体が硬直している私たちに構う事なく、ゲルズはフェンリルの犬小屋に手をかざす。銀の光に包まれた“それ”は、木でできた小屋の形から少しずつ変貌していくのだ。
「これは…!!」
異様な物を見たような目で、望琉は見下ろしていた。
銀の光がなくなり、そこに現れたのは、私そっくりの顔立ちだが、洋服も着ていない姿から男の姿をした者が現れた。術の行使のために瞳を閉じていたゲルズはこの直後、閉じていた瞼をゆっくりと開いた。
「ミーミル。貴女を生み出した原初の巨人ユミルは両性具有と、主神から賜っていましたが…。貴女も、同じ存在だったのですね…」
静かにそう語った。
これが…私の胴体…。そして、分裂していた半身…!!
瞳を閉じたまま倒れているその男に手を伸ばしたが、私の手は震えていた。
「僕たちの前にいた彼女が女性の姿をしていたのは…こういう理由だったのですね…」
私とつきあいの一番長い武人が、感慨深そうに呟いていた。
「海見…。これでやっと、アスガルドに戻れるわね…」
「うん…!」
望琉がそう呟きながら、私の肩に優しく触れた。
その気遣いが何だか嬉しそうで、涙が出そうになった。人間とは違い、涙なんて流すはずないだろうと考えいていたが、神にだって感情はある。それを改めて思い知らされたのである。
「肉体はおそらく、もうくっつけられない可能性はないけど…」
そう呟きながら、私は自分の半身を抱き上げる。
「うわっ!!?」
直後、私を中心に蒼く光だし、武人達は目をつむる。
魂が満たされていく…。これで…私は…!!!
胴体と一つになろうとしている私は、その間に走馬灯のようなものが脳裏に浮かんだ。
それは映画のフィルムのように素早く動き、全てを把握する事はできなかったが、それが自分の中で失われていた記憶の断片だという事に直感で悟ったのである。
「男の方が消えた…。という事は、無事に一つとなったという事ですね…」
蒼い光が消えた直後、ゲルズは私に何が起きたのか悟ったらしく、それを思わせる台詞を発していた。
そんな彼らの視界には、地面に座り込んだ私の姿が映っている。
「…では、早速、貴女にはアスガルドへ向かってもら…」
「…待って!!」
早速連れ帰ろうとする戦乙女を、私は制止する。
「いずれにせよ、このミッドヴェルガでどれだけいようとも、神界はさして時間は経過していない…。だったらせめて、明日にでも…いいかな?」
私は懇願するように、ゲルズを見上げた。
「…私も、別にそこまで急かす必要はないと思うわ。仮にもこの世界は、ユミルが生み出した世界だし…ね」
「望琉…」
彼女は、私の気持ちを代弁するかのようにして、戦乙女に進言する。
武人も口には出していないが、彼女と同じ想いなのだろう。黙ったまま真っ直ぐな瞳で見つめていた。
そんな私たちを見て呆れたのか―――――――――――戦乙女はため息交じりで言葉を紡ぐ。
「…わかりました。まだ半身と一つになった直後でしょうしね…。仕方ありません。明日、アスガルドへ帰還しましょう」
「ゲルズ…。ありがとう…!」
自分の我儘を通してくれたゲルズに、私は満面の笑みで礼を述べた。
こうして、私たちは翌日に、この世界を去る事となる。望琉は「己を生み出したユミルが作った世界に、少し未練があるのだろう」と解釈してくれたのだろうが、それだけではない。毎日一緒にいたのでそれが当たり前だったが、アスガルドに帰れば、望琉や武人にはもう会えないのを直感していて、それが寂しい――――――――という想いもあっての我儘だったのである。知恵の巨人とニブルヘイムの巫女。そして、世界を覆い尽くすほどの大蛇ミドガルズオルム。この3者が一つの世界の同じ空間にいる事など、本来はありえなかったのだから――――――――――
いかがでしたか。
やっと海見は、アスガルドへ確実に帰れる事となりました!!
そのため、ミッドヴェルガ編もそろそろ終了となります。
ちなみに、海見の胴体が男の姿になった事ですが…。あれは単に、首がない胴体をそのまま書くのはあまり良いかんじがしないため、姿かたちを変更させていただきました☆
少しこじつけ感はありますが、(首が)男であるはずのミーミルが何故女性の姿かたちをしていたかは、こうして分裂していたためだとご理解戴ければ、幸いです。
さて、この展開だとこの章も終わりとなりますが…
「アスガルド編」へ移行する前に、ワンクッション置くかもしれません。
今は、その構想を考え中。
それでは、ご意見・ご感想があれば、宜しくお願いいたします( `・∀・´)ノ




