#26 空から現れた使者
私の胴体…か…
授業中、教師の講義を聞きながら、私は考える。
今は3月となり、春が訪れようとしている。校庭にある桜の木が少しずつ花開こうとしているのがよく見える。巨人族の娘スカジらと共にスキー場へ行き、帰ってきてからは、特に問題もなく毎日を過ごしていた。
あの日以来、ロキやフェンリルを学校で見かけなくなった事に気が付いていたが、武人には敢えて追求しなかった。というのも、私自身も彼らに明かしていない事が多いからだ。
武人が「灯台元暮らし」ということわざを口にした後、私は「切断された首から下の胴体が、この学校の何処かに眠っているのではないか」という仮説に行き着く。
しかし、物的証拠もないため、それ以上の手がかりを見つけられないまま、1か月が経過していたのである。
「やっぱり、かなり大切な物だったのね、それ…」
「望琉!…うん」
お昼休み中、久しぶりに屋上で食べていた私の元に、望琉が現れる。
お弁当を膝の上に置いて食べる中、傍らには彼女がヨトゥンヘイムから持ち帰ってくれた角笛がある。
「…角笛といえば、虹の橋ビブレストで会ったヘイムッダルも、似たような物を持っていたわね!」
「…それが、ラグナロクの合図…か」
望琉は口を動かしながら、私の隣に座る。
その際、私は不意に呟いていたが、制服と地面のコンクリートが接触する音のせいか、彼女はその台詞を聞き取れなかったのであろう。
「海見…最近、どうしたの?」
私の呟きに対して追求はしてこなかったが、様子がおかしい事を気にして望琉は私に問う。
「うーん…。多分、この角笛が私の元に戻ってきてから…と言ったら都合が良すぎるけど、今まで知るはずのなかった事が、少しずつ判明しているの。だから最近は、他の神々と交流したくなくて…」
「それで、こんな屋上でご飯を食べている…と?」
望琉に言われ、私は黙ったまま首を縦に頷いた。
「それと、ここだけの話…。推測の域を出ないんだけどね…」
私は一呼吸置いてから話し始める。
望琉も真面目な話だと察したのか、神妙な面持ちで私の話を聞き始める。
「知恵の巨人たる私を、この仮想世界に閉じ込めたのは…ユミルなんじゃないかって」
「ユミルって…確か、“原初の巨人”と云われている…あの…?」
「…うん。でも、そうだとすれば、私がなかなか神界に帰れない理由も、何となくわかる気がして…?」
「多分…」
私の言葉に耳を傾けながら、不意に望琉が呟く。
「どういった考えを持って、ユミルが海見をこの世界に閉じ込めたのかは知らない。…というより、“何処から生まれたかわからない”私には、理解不能かもしれない」
「そっか…。そう…だよね」
私は、少し寂しげな表情をしている彼女を見た途端、この話はここまでにしようと決めた。
というのも、私ですら、望琉らニブルヘイムの巫女が如何にして生まれた存在なのかを知らないからだ。最も、それは彼女だけに限らず、冥界の女王ヘルを除くニブルヘイムに住まう生物がどういった経緯で誕生したのかを知らない。
当の本人すら、出生を知らないのだ。人間の親が子供に対して持つ“情”なるものを知るはずもないという事を意味する。
私たち二人はその後、その場で黙り込んでしまう。一方で時計の針は、次の授業開始の10分前くらいを指していた。
「あ…!そろそろ戻らな…!?」
時計の針を確認した私の頭上から、何かが落ちてきた。
「白い…羽…?」
「望琉…あれ…!!!」
地面に落ちた白い羽を拾い上げる望琉。
落とし主が誰か気が付いた私は、声を張り上げる。
そんな私たちの頭上には、1羽の白鳥が空を飛んでいた。
何故、こんな場所に…!!?
白鳥を目にした途端、私はすぐにそれが“白鳥に化けた何か”だと悟る。
しかし、変化の術を得意とするロキの魔力ではない。それこそ、今まで出会ってきた神々のものでもない。
白鳥は私たちの頭上を何周か飛び続けた後、ゆっくりと屋上のフェンスに降りて来る。
「わっ!!?」
降り立った直後、突如目の前が光りだし、咄嗟に私たちは腕で躱す。
「あんた…何者…!?」
「“白鳥の羽衣”…。という事は…」
光の中から現れた人物を目にした私たちは、それぞれが心の中で思った事を口にしていた。
その人物は、鎧兜を身にまとった美しい女性。マント代わりなのか、先ほど私が口にした“白鳥の羽衣”を身に着けている。
「…オーディンから、何か言伝を賜ったって所かな?…戦乙女ヴァルキュリヤ」
「ご明察、恐れ入ります。ミーミル殿」
その場で突っ立ったままの私に対し、ヴァルキュリヤは地面に片膝をついて言葉を返した。
「海見…。この女は…一体…??」
何が起きているのか把握できていない望琉は、首を傾げながら私に尋ねる。
「…彼女は、“戦死者を選定する女神”ヴァルキュリヤ。オーディンに仕え、本来は戦死者の魂をアスガルドへ運ぶ役割を担っているの」
「この魔力…。貴様、ヘルの手の者か!!?」
望琉を視認した途端、片膝をついていた戦乙女は、殺気を露わにする。
「ちょ…ちょっと!!彼女は味方…!!だから、そんな今にも殺し合いするような目で睨まないで…!!!」
今にも、腰に下ろしている剣を取り出そうとするヴァルキュリヤに、私は慌てて止めに入る。
成り行きを見守っていた望琉は、呆れ顔で口を開く。
「…あたしは確かに、本来はヘル様に仕えていたわ。でも、今はオーディンの命で動いている。だから、あんたがあたしに攻撃する理由なんてないはずだけど…」
「だが…主神が下界に使者を送る際は、我々の中から選ばれるはず…!」
「…彼女が受けている使命は、他の神々には絶対に明かせない任務なんだって」
困惑している戦乙女を宥めるように、私は言葉を選んで発言する。
こうしてようやく、誤解が解けたのであった。
「さて、ヴァルキュリヤ。私たちの元を訪れた理由を訊いてもいいかな…?」
「…無論です。それと、私の事はゲルズとお呼びください」
「う…うん…」
己の名前を名乗った戦乙女に、私は少し困惑しながら答える。
彼女達、戦乙女は、人間や巨人族といった、出自が異なる者達で構成されているって聞いた事があるけど…。まさかね…
困惑していたのはこの時、アスガルドの平和を乱す巨人族の一人だったのではないかという仮説が私の中に浮かんできたからであった。
「主神オーディンからの言伝です。“私と共に己の胴体を探し出し、共にアスガルドへ帰還せよ”…と」
「…もしかして、オーディン。巫女の存在を忘れているのかしら!?」
オーディンからの伝言を聞いた望琉は、少し不服そうにつぶやいていた。
その直後、少し気まずそうな表情を浮かべながら、ゲルズは話を続ける。
「いえ…。主は“ミーミルと共にいる者も引き連れて戻ってこい”と、私に命じられました。それがおそらく、貴女ではないかと…」
その口調からして、オーディンから望琉の存在を知らされていたのに、当の本人は忘れていたとみえる。
この戦乙女は話し方からして、真面目そうなのは一目瞭然だ。しかし、申し訳なさそうに語る所を見ると、本当に生真面目な神なのがよくわかる。
「…でも、オーディンも知っていたのね。胴体が、この世界にあるかもしれないって事を…」
「…多分、私の首を見つけた際に、本当は胴体も見かけていたんじゃないのかな?そうでもなければ、今頃こんな話してこないだろうし…」
神々の王からの伝言を聞いた私とニブルヘイムの巫女は、口々に話し始める。
「…で?あんたが海見の胴体探しに、協力でもしてくれるっての?」
望琉は、皮肉めいた口調で、戦乙女を見下ろす。
おそらく、先ほど喧嘩を売られそうになった仕返しのつもりだろう。
「…そうです。話を聞いていて思ったのですが…我々ヴァルキュリユルは、人々にもたらされる“死の色”を見定める目を持っております。それは目の前にいる者に限らず、ある程度離れた場所からでも力を発揮します。ミーミル殿の体とは、実際はまだ死してはいなくても、今は魂から離れた“死体”。目の力を最大限に活用するがために、私をこの世界に寄越したのだと思われます」
「成程…。筋が通っている…わね」
私は、彼女の考えを聞いて、何故派遣されたのかをはっきりと理解したのである。
「もう一つ…」
「…もう一つ…?」
ゲルズはこの時、不意に何かを呟いたが、それを私は聞き逃す事はなかった。
「これも、あくまで私の仮説に過ぎませんが…。おそらく、オーディンは貴女に相談したい事でもあるような…そんな慌てぶりを垣間見た気がします」
「海見に…相談したい事…?」
言葉の意味がわからず、腕を組んで考える望琉。
しかし、私にはこの時、オーディンが自分を呼び寄せて何を相談したいのかが、おおよそ分かったのである。
ユミルが言っていたのは、こういう事…だったんだな…
一方、ある時に夢で聞いた台詞の真意を理解したのであった。
「…じゃあ、早速、彼女にも協力してもらい、手分けして探したい所だけど…」
その先を言いかけた私は、腕時計の針を確認する。
「流石に、授業をずっとサボる訳にもいかないから、放課後になってからにしようか!」
「放課後…?」
聞きなれない言葉に、瞬きを数回するゲルズ。
私の隣にいた望琉は、ため息交じりで言葉を紡ぐ。
「あんたも…そんな甲冑姿で校内をうろつかれたら、不審者扱いになっちゃうしね…。フレイヤにでも頼んで、制服の用意と特殊催眠を頼むしかないかしら…」
「…私も望琉も、“特殊催眠”だけは使えないし…ね」
私も苦笑いを浮かべながら、彼女の呟きに答える。
こうしてフレイヤに制服の用意と特殊催眠をお願いし、戦乙女も校内を歩き回れるように手配をしたのである。しかし、この時、戦乙女をいぶかし気に見つめていたフレイヤの表情がどうしても頭から離れないのであった。
いかがでしたか。
物語の後半となり、ようやく(北欧神話でも有名な)ヴァルキュリヤを出せました!
ゲームの主人公とかでも使われたりしたのがきっかけで、多分有名になったのかな?
本文には書きませんでしたが、彼女を海見らの元に寄越したのは、「ラグナロクが近づき、切羽詰まっている」というオーディンの心情も表しているという事を意味します。また、ゲルズという名前ですが…本文でも述べた通り、戦乙女とは、いろんな種族の女性から成り立つ神々で、必ずしもアース神族の者ではない。そこから思いついた名前で、同名の巨人は妖精界の王フレイの心を奪うくらい美しい女巨人で、スキールニルからの脅迫に屈して、フレイの愛を受けたとか…。
ただ、この戦乙女が元がその巨人だったのか。それとも、今後そうなっていくのかは、まだよく考えていません。
さて、次回ですが…
本人も自負していた通り、"死者の色"を見極める目を持つゲルズが活躍してくれるでしょう。…とまでしか書けませんが、彼らが平穏な学園生活が送れるのもあとわずかといった所でしょうか?
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